第75話:巨魔試験(11)
「私はセレナードと申します。以後お見知りおきを」
俺が助けた幼女はセレナードという名前であった。
かつての知り合いと同じ名前だったので、少しだけ驚いてしまったが、特に不快感等は感じなかった。
この子とセレナードは他人だし、名前が被るということ自体、さほど珍しいことではないからだ。
エリスやジョージのようにありふれた名前だと一つの街に数人は存在する。
「先ほどはセレナード様を助けて下さり、私の方からも感謝の言葉を申し上げます」
彼女の従者と思わしきメイドが、セレナードに続いて俺に頭を下げた。
「人として当然のことをしたまでだ」
俺は驕らず謙虚にそう言葉を返した。
「なんて素敵な殿方なのでしょうか! セレナード様もそう思いませんか!?」
「え、ええ……。そうね……」
「強くてかっこいいなんて旦那様みたいですわ!」
知らず知らずのうちに一人のメイドを恋に落としてしまったようだ。
やれやれ、俺はなんて罪深い男なんだまったく。
「自意識過剰な男性はモテませんよ」
と隣のイェルが感想を述べた。
「だから勝手に俺の心読むなって。てか、本当に俺の心が読めるのか?」
「ルクスは考えてることが表情に出やすいだけです」
どうやら俺は考えていることが表情に出やすいらしい。
すでに現役を引退してるからさほど気にする必要はないんだが、武人なら大きな欠点だな。
のんきに自己分析してると、セレナードが上目遣いで俺の表情を伺っていた。
「あの、そろそろお話を始めてもよろしいでしょうか」
「ああ、会話を途切れさせて悪いな。全然構わないよ」
「私の父は砕月という巨魔で、普段はクエム地方で暮らしているんですが、巨魔試験の試験監督をするためにインフェルノへと向かっているんです。私はそんな父の付き添いです」
「セレナードの父は巨魔なのか。それは随分と大物の娘さんを助けたもんだ」
「ルクスには感謝の言葉しか見つかりません。お父様の方からも改めて感謝の品が送られてくると思います」
とセレナードが言った。
超特権階級である巨魔のプレゼントか。
ちょっと楽しみだな。
自分自身あまり欲深い性格ではないと思うが、娘を助けたわけだから自然と期待してしまう。
「あの、一つ質問なんですが、ルクスの隣にいらっしゃる方は?」
「この子は俺の友達のイェル」
「イェルです。普段は町医者をしてますです」
とぺこりと会釈した。
「えっと、医者にしては年齢が低すぎるような……」
「今年で千歳になるです」
「え!?」
イェルの言葉にセレナードは目を丸くしている。
セレナードの反応を眺めながらイェルは口元を隠してクスクスと上品に笑った。
「冗談です。外見はチビですが、一応今年で20歳です」
と簡単な嘘をついた。
20歳にしてもロリータ体型すぎるような気もするが、まあギリギリ通じるであろう。
「セレナードと同じで、俺達も知り合いの付き添いでこの船に乗ったんだ。巨魔試験は別の奴が受ける」
「他にも連れがいるんですか?」
「うん。あと二人いるよ」
「…………」
俺がそう答えると、セレナードは難しい表情を浮かべた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。なんでもありません。ルクスが報われて、少しホッとしただけです」
なんだか引っかかるような言い回し。
初めて出会ったはずだが、彼女は俺の事を知っているようだし、彼女には他にも秘密があるのかもしれない。
「それでは、そろそろ私は部屋に戻ります。少し疲れたので」
セレナードはそう告げると、別れの挨拶をしてスタスタと歩き出した……のだが、何歩か歩いたところで立ち止まり、崩れ落ちるように両膝をついた。
「セレナード様!?」
マチルダの反応を見て、俺とイェルはすぐさまセレナードに駆け寄る。
彼女は全身から大量の汗を噴き出しており、呻きながら心臓付近を手で押さえている。
表情もすごく苦しそうだった。
「むっ!? こ、これはまずいですね。走火入魔に陥りかけてます!」
「なんだと!?」
「すぐにでも治療が必要です。ルクス、急いでこの子を空いてる部屋に!」
イェルは強い口調でそう答えた。
俺は大きく頷き、セレナードを担いで治療のためにここから一番近くにある客室へと向かった。
そこには知らない武人が二人寛いでいたが、事情を説明して部屋から出てもらった。
イェルによる緊急治療の結果、セレナードの容体はすぐに落ち着いたが、彼女が先天的に心臓が弱い子であると判明した。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
セレナード:エメロード教の元聖女。前世ではロベルトに殺害されたが、なぜか7歳の少女に転生した。前世での行いを反省し、ルクスのような白道の武人を目指している。
イェル:仙人。外見は幼女だが年齢は千歳を超えている。「~です」という変わった語尾を使う。
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