第73話:巨魔試験(9)
船の中にはすでに大勢の武人達が乗っていた。
年齢層は幅広く、10代前半の若い武人から、還暦を迎えた年配の武人もいた。
ここにやってきた経緯は人それぞれだろうが、皆が巨魔を目指していると考えると、巨魔という地位によほど魅力があるのだと改めてわかった。
知り合いはいないのでそのまま客室へと向かう。
船内なので特にやる事もない。
ボーっと座っていると、徐々に睡魔が襲ってきて眠たくなってきた。
「セレナード様。そちらにベッドがありますので、どうぞお眠りください」
「うん、わかった……」
私は布団の中に潜り込んでそのまま就寝した。
次に目が覚めた頃には、船は港を出航しており、部屋全体がゆったりと揺れ動いていた。
「時間は?」
「セレナード様がお眠りになって大体二時間程度が経過しました」
「あと一時間くらいか……」
父の話によると離島までは三時間程度で到着するとのことなので、気晴らしも兼ねて船内を散歩することに決めた。
父に出かける事を伝え、私はマチルダと共に甲板へと向かった。
外の景色を眺めてみたいと思ったからだ。
数分後、特にトラブルもなく甲板へと到着し、波打ち際に立って近くの手すりに捕まった。
辺り一面青い海で覆われている。
先程まで私達がいた港町はすでに見えなくなっていた。
波風は穏やかで嵐の気配もない。
上空を一匹のウミネコが通り過ぎて行った。
「まるで青い宝石のような美しい海ですね。セレナード様の横顔もいつも以上に大人びて見えます」
「実年齢はアナタと変わりませんからね」
「ふふふ、セレナード様は相変わらずご冗談がお好きですね」
今のは冗談ではないのだが、ただの冗談だと受け取られてしまったらしい。
まあ、今の私は7歳の少女でしかないから当然か。
視線を落とし、自身の腰に掛かっている剣にそっと手を触れる。
父より先日頂いた特注品の剣。
鍔の部分は平たく、剣頭は楕円形。
私の背丈に合わせて丁寧に調節されており、剣を握るとじんわりと父の愛情を感じた。
しばらくの間景色を眺め、そろそろ客室へと戻ろうとしたその矢先。
大きな水飛沫が遠くから上がった。
振り返ると、視線の先には超巨大なクラーケンがいのだ。
あれほど大きな巨体のクラーケンはこれまで一度も見たことがない。
それから数秒遅れて女性の悲鳴も聞こえてきた。
クラーケンが触手を巧みに操って乗客を襲い始めたのだ。
女性の武人が数名触手に拘束され、一瞬にして甲板全体が怒号と騒然に包まれる。
逃げる者や腰を抜かす者。
反応は様々であった。
「セレナード様! 旦那様の所へとすぐに戻りましょうっ!」
マチルダが慌てて私の手を握り、そのまま船内へと逃げようとしたが、私はそれを振り払う。
「それはできません。逃げるよりも奴を倒すことが先決です」
「し、正気ですか!? 相手は巨大な怪物ですよ! 勝てるわけありませんって! 旦那様が心配なさいますから早く!」
急かすマチルダに対して、私はそれも無視した。
前世では、自分の行動を正当化して、多くの罪を重ねてきた。
過ちに気づいた頃にはもう引き返せないところまで進んでいた。
(私は……自分の生き方にもう後悔したくない)
一度はロベルトに殺された身だ。
死はまったく怖くない。
むしろ、死よりも白道の魂を失ってしまうことがそれ以上に怖い。
鞘から素早く剣を抜く。
この人生でも、私が私であり続けるために、私は『戦う道』を選んだ。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
セレナード:エメロード教の元聖女。前世ではロベルトに殺害されたが、なぜか7歳の少女に転生した。前世での行いを反省し、ルクスのような白道の武人を目指している。
マチルダ:セレナードの付き人メイド。
砕月:クエム地方の領主。本名はレオパルドン=クエムディス。
【読者の皆さまへ】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思われたら、↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えて応援していただけますと嬉しいです!
多くの皆様に読んでもらうためには、どうしてもブックマークと星が必要となります!
よろしくお願いします!




