第46話:聖女の白刃(7)
すでに取り返しのつかない事態になっているが、これ以上被害を増やすわけにはいかない。
私は剣を跳ね上げてロベルトの顔面を拳で殴る。
ロベルトは小さく悲鳴を上げて数歩下がる。
即座に刀身をひっくり返し、剣の峰の部分にてロベルトの胴体を一閃した。
ロベルトが数メートル吹き飛んだ。
転がっていく奴から視線を外し、今度はスカーレッドに視線を移す。
足裏を爆発させて弾丸のごとく一直線に迫ると、すかさずスカーレッドに斬りかかる。
だが、腐っても一流剣士。
スカーレッドは私の接近に気づくと、反射的に剣を地面と水平方向にして私の攻撃を受け止めた。
お互いの白刃が空中でかち合い激しい火花が発生する。
「ぐっ!? セレナード! よくも私達を騙したわねぇ!」
「我々の役目は『魔王の討伐』であって、罪のない領民をいたずらに傷つけることではありません」
「黙れ偽善者! 今更良い子ぶるな! アナタも私達と同類よ! 外面は美しくとも、心はどす黒く汚れている醜い化け物でしょうが!」
「……否定はしません。ですが、私はアナタのように魔王討伐を諦めてはいない。人から後ろ指を差されようと、黒道に堕ちようと、『戦争を終わらせる』という信念だけは決して嘘ではありません!」
後世、正統な聖女として評価されたい。
自分のため、という理由ももちろんある。
だがそれ以上に、この戦争を終わらせれば世の中が平和になると信じている。
戦争こそが最も民を苦しめる行為。
だから早急に終わらせなければならない。
そして、先述の戦いを通して、改めて気づかされた。
私達だけの力では魔王軍に勝てない。
残りの四天王や魔王と互角に戦うにはどうしてもルクスの力が必要だ。
それなのに、
その事実に気づいていながら私はルクスを排除した。
当時の記憶が鮮明に蘇る。
彼の真っ当な信念よりも自身の歪んだプライドを優先し、四大門派を優先する選択をとってしまった自分。
悔やんでも悔やみきれない。
これは私がしでかした大きな罪だ。
これから一生を通して罪を償っていかなければならない。
四大門派ではないルクスを受け入れる。
幹部からの猛烈な反対も当然あるだろう。
だが、それはもう無視する。
自分の心に矛盾を抱えてしまっても構わない。
魔王を倒すことで民の心に安寧がもたらされるのなら、喜んでルクスに頭を下げよう。
きっとルクスは嫌がるだろう。
彼は私が刺客を差し向けたことを知っている。
ルクスとの関係はもう二度と修復できない。
それでも……、
私は、聖女だ。
どんなに心が黒く汚れようと、エメロード様の代行者として、世の中を良くしていかなければならない。
そこから逸脱したらもはや聖女ではない。
それにようやく気づくことができた。
人としてはもう手遅れだが、それでも正しい答えに気づくことができた。
修羅の宿ったスカーレッドの顔を真っ直ぐ見据える。
今の彼女はまさしく狂人である。
だが、かつては同じ志の下、魔王を倒そうと誓った仲間でもあった。
ルクス同様、今からでも遅くはない。
必死で説得すればきっと正気を取り戻すはず。
「スカーレッド。よく聞いて下さい。以前アナタが言っていたルクスを連れ戻す案ですが、いまは私もそれにさんせ………ッ!?」
突如、全身に激痛が走った。
見ると、腹部から血みどろの刃が飛び出ていた。
「セレナード。キミにはがっかりだよ。大切な仲間だと思っていたのに」
すぐ背後からロベルトの声が聞こえる。
「ロベルト……あなた……」
強烈な眩暈が襲ってきて意識が朦朧とする。
呂律も回らない。
急所を衝かれた。それがわかった頃にはもう手遅れで、体は岩のように重くなり、私は指一本動かせなくなった。
それから数秒遅れて、前方から、右肩から腰までバッサリと斬られる感覚が走った。
大量の血が視界全体に広がり、その先には剣を振り下ろしているスカーレッドの姿。
両膝からがくりと崩れ落ち、私はうつ伏せに倒れた。
90度に傾いた視界から見えるのは狂乱と地獄の風景。
「そうよそうよ! 地獄に堕ちなさい! アンタなんて聖女じゃないわ!」
もはや誰の声かも判別できない罵詈雑言が耳に届いた。
言い返す力も満足に残っていなかった。
私はもう助からない。
それが本能的に理解した。
意識が遠のき、視界も徐々に暗転していく。
「エメロード……さ、ま。ごめん…………な……さい……」
私の最期の言葉は、人の道を外れてしまった自分への痛悔だった。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
セレナード:エメロード教の聖女。腹黒。
ロベルト:勇者だったもの。
スカーレッド:貴族令嬢だったもの。
【読者の皆さまへ】
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