第44話:聖女の白刃(5)
前述の言葉を告げるとエイルーンは激怒した。
横笛を激しく吹き鳴らして周囲に嵐を巻き起こす。
退路を断ち、私を確実に殺そうとしているのが伝わってきた。
私はなおも余裕の表情を崩さず、彼に問いかける。
「おやおや、返事がありませんね。笛遊びに夢中なのは結構ですが、今しがたあなたのお仲間が死んだばかりですよ?」
「黙れッ!」
私の挑発に憎悪の言葉を返す。
しかし、笛から一瞬口が離れたので、それは実質的な隙である。
私は先程まで見せていたゆったりとした速度とは一転して、霊力を解放することによる超加速で奴の膝元まで踏み込んでいく。
「!?」
どんなに優れた達人であっても、柔から快へと転じる際の動きに即座に対応するのは困難とされる。
ゆえに、武人は剣を抜けば常に冷静さを維持しなければならない。
たとえ白刃が自身の首に届き、次の瞬間には命が尽き果てようとも、心の刃は研ぎ澄ませ続ける。
それが乱れた時点で雌雄は決していた。
「さよなら、格下に敗北する化境。私の自伝では化境ってことに持ち上げておきますよ」
その一言ともにエイルーンの全身が細切れに切り刻まれた。
体が割れて噴き出した生々しい鮮血が私の全身に振りかかった。
首から上が地面に落っこちてコロコロと転がり、止まる。
生気を失った奴の瞳と目が合った。
奴の死を確認した私は、
「ふぅーっ………」
大きく息を吐いて、達人二人相手に五体満足で生きていることに心から安堵する。
今回で一生分の天運を使い果たしたかもしれない。
ここまで優勢に戦えたのは本当に運が良かった。
それほどまでに今回の勝利は奇跡的だった。
音功というものは、武功の中でも下から数えた方が早いとされる。
なぜなら、一般的な武器である剣や槍と違って物理的な要素が存在しないからだ。
どうしても威力が弱くなってしまい、制御も極めて難しい。
しかし、奴はその弱点を考慮した上でなお化境の武人として世に君臨している。
紛れもなく化け物である。
保有している霊力量もおそらく私の数倍あるだろう。
だが、私は勝った。
なぜなら奴は二つの重大ミスを犯していたからだ。
一つ目は、私よりも格下の仲間を抱え、さらにそいつが死んだときに動揺して我を見失った。
二つ目は、私を格下の存在だと勝手に判断し、私に分析をする時間を与えた。
私の剣式は敵の解析から始まる。
私に弱点を分析され、重要な局面で挑発に乗ってしまい、怒りのあまり柔快の恐ろしさが意識から抜け落ちていた。
これだけミスを重ねれば霊力で劣る私であっても充分殺せる。
奴は遊びの延長線だが、私は最初から殺す気で動いているのだ。
とはいえ……。
奴らと戦うのはもう二度と勘弁願いたい。
もし相対すれば今度こそ確実に殺されるだろうから。
まあ、そんなことはもうありえないのだが。
霊力に包まれて燃えていく奴の死体を見下ろしながら、私はゆっくりと剣を鞘に納めた。
◆ ◆ ◆
人間の狂気。
私がそれを知ったのはもうずいぶんと昔の事だが、久しぶりに人間の狂気を垣間見ることになってしまった。
「きゃあああああああああ!?」
「た、たすけてええええ! ぐああああああ!?」
「お父さーん!?」
私は夢でも見ているのだろうか?
炎に包まれた街中で、ロベルトとスカーレッドが闘志を滾らせて市民達を『殺戮』していたのだ。
「あっ……、え……?」
これまで保っていた冷静さが嘘のように、私の口から気の抜けたような声がもれた。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
セレナード:エメロード教の聖女。腹黒。
エイルーン:魔王軍四天王の一人。
ロベルト:傲慢な勇者。
スカーレッド:尊大な貴族令嬢。
【読者の皆さまへ】
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