ケース2
明るい髪色の、若い女性が入店した。電話を片手に何やら怒ったような口調でまくし立てている。手にしている小さなカバンを座席に放り出すと、店主の許可も待たず、外からは見えにくい奥側の席に腰を下ろした。
座ってからも彼女は話を続けている。しかし、先ほどとは打って変わって口調は穏やかで諭すようだった。かと思えば、急に感極まって泣き出したり、頬を赤らめて喜んだりと忙しない。その移り変わり様は、はたから見ると狂気じみていた。
店主は動じる事もなく、更には彼女がどの部位をサッパリ切って欲しいのかあらかじめ目星が付いているのか、イソイソと機材の準備に取り掛かっている。
「すいません、今、電話が終わりました」彼女はそういうと店主の方を向いて、先ほどの態度とは打って変わってしおらしく頭を下げた。店主も「いえいえ、お気になさらず」と応じる。
「今見ていただいたように、私、感情の起伏が凄く激しくって」
「是非感情を司っている部位をサッパリ切ってもらえないでしょうか?」
言葉遣いはもとより、乱れた髪を直す仕草や目配せまで、電話をしていた時のどの感情とも違う、丁寧で上品さを感じる言葉づかいで彼女は希望を説明した。いわゆる、“本当の”彼女の人格は今現在のこの人らしい。
「ええ、何も心配ありません。私にお任せください」
店主は彼女を安心させたいからか落ち着きのある口調でそう言い、既に準備を終えた器具を手際よく取り付ける。
「ではまいりましょう、文明~?」
店主は音楽ライブのコール&レスポンスでもするかのように、片耳に手を当てて、耳を彼女の方へよせて応答を待つ体勢になった。
「か、開化」
彼女がそう声を出した瞬間、店主は頭頂部のボタンを押した。バチッと音が鳴るが、前回ほどの威力ではないのか、彼女はもとの姿勢のままガクンと首をもたげた。
しばらく経って顔を上げると、明るくにこやかだった彼女の表情は、途端に暗くなり、正面の鏡を見ていた二つの眼が、うつろになってどこも見ていない様に焦点を無くした。
「いかがでしょうか」
「いいですね」
店主の質問にはしっかりと応じて一見変化がないように思えるが、声には平仄がなくのっぺりとした印象だ。
「良かった、それではご一緒に! “いらない部分はサッパリ捨てて、文明開化の音がする~”!」
彼女も店主に合わせて声を出したが、目線も感情もそこには一切残っていないように感じられた。