ケース1
〇とある新聞記事の特集の切れ端
“新時代のざん切り頭!? 若者に話題の脳切りとは?”
いらない脳機能をバッサリ。などと聞いて驚くなかれ。ここ〇〇市に店を構える『文明開化美容室』では、なんと脳の部位を切り落とす、つまり『脳切り』を行うことでシンプルな人間になる事が出来ると話題だ。早速、話を伺ってみた。
「世の中が発達するに従って、人間の脳から余分なものを取り除こうという運動が盛んに起こるようになりました。当店は、そんなニーズに応えられるよう最新鋭の機器を取り揃え、脳のどの部位でも取り除くことが可能です。」
そう胸を張るのは店主のタケダ ヨウジ氏。氏は10年前に脳疾患の薬品開発を専門に行う会社、〇〇コーポレーションに入社。長く営業課で商品のPRを行うなど奮起していたが、……〇〇年、法の改正を受け、……一念発起し同社を立ち上げた。
施術を受けたAさんは「……」と喜ぶ(※言語野切除のため発言や記述できず。ゼスチャーや表情を基に記者が喜んでいると判断)。
店舗は朝10時から夜19時まで。月曜定休。
*****
“ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする”
そんな謳い文句ののぼり旗が、くるくる回るサインポールの周りを等間隔に並んではためいている。
“令和の今こそ文明開化 流行りの頭をいかが!” “大脳小脳海馬に脳幹、側頭葉に視床下部まで いらない部分をキレイサッパリ!”
『文明開化美容室』と名づけられた、外観上は一般の美容室と何ら変わりのない建物の前で、店主らしき男が威勢の良い声を景気よく振りまいている。
*****
「いらっしゃいませ。本日はどこのカットをご希望で?」
「言葉を司る部分をお願いしたいんだが」
「承知いたしました」
店内では、その日一人目の客が皮張りのソファ席に座っている。座席の前には姿見が置かれ、施術の用意をする店主と、それを待つ客をそれぞれ写している。
店主は頭の上半分を丸ごと覆うことが出来そうな、半円形の器具を手に持って客の元に戻ってきた。見た目には、単なる髪の毛のパーマ機か何かのようで、脳の切除に用いられるようなそれには思えない。店主はそれを客の頭に被せ、いくつかの操作をすると手を離し客の方に向き直った。もう用意は終わったらしい。
「では旦那、ちょっと痛みますので我慢してくださいね。ソレッ!」
店主はそう言うと、器具の上部、ちょうど客の頭頂部にあるボタンを押した。すると、バチッという静電気が走ったような音とともに、客の身体が座席から跳ね上がった。
「……いかがでしょうか、旦那?」
座席からずり落ちそうになった客の身体を支えて、元の体勢に戻らせながら店主がおずおずと伺い立てると、客はグッと親指を立てる。どうやら施術は上手く行ったらしい。
「ありがとうございます。では施術が無事終了したということで当店恒例の掛け声をやらせていただきやす!」
「いらない部分はサッパリ捨てて、文明開化の音がする~!」
店主は威勢の良い声を上げると、器具を取り外した客の頭をポンと叩いた。客はそんな店主の態度に特段怒る事もなく、ただ無言でニコニコとしているのだった。