1章 1
てっきり、まだ夢の中にいるのだと思った。
目を開けて目に飛び込んできたのは、見覚えのない天井と、急に視界の端から飛び込んできた見覚えのない顔。
その顔は何故か、自分に覆いかぶさって泣き叫んでいた。
「グンティーヴァ様! ああよかった! お目を開けて下さった!」
その言葉を聞いてやはり夢だと思った。
彼が呼ぶ名前には、聞き覚えがなかったから。
だが、彼の目から零れる涙が自分の頬に落ちたのを感じて、初めて現実感を覚えた。
彼にしがみつかれたことで、その現実感は更に増す。
「お分かりですか、ギーダーです。ご心配申し上げました」
ギーダー。
と名乗られたが、誰なのかさっぱり分からない。
尋ねようとしたが、上手く声が出なかった。
「すぐにロイヴォ医師を呼びます!グンティーヴァ様は昨夜危篤に陥られた後、呼吸が止まっておしまいになり、死亡宣告が出てしまっておるのです。すぐにこれを取り消さねば!」
その慌ただしい青年が出ていったあと、当たりを見回してみると火の灯った蝋燭に照らされた窓のない部屋だった。
壁には赤い織物が掛けられている。
自分が寝かされているのは簡素な箱のようだった。
寝台かと思ったが、棺だ。
そしてここは霊安室だと分かった。
棺に寝ていることに対する嫌悪感が襲ってきた。
抜け出したかったが、体が思うように動かない。
辛うじて手を持ち上げることが出来たが、その手を見て驚いた。
茶色く爛れているように見える。
その手で顔を触ってみたがざらざらとした手触りだった。おそらく顔も、手と同じように爛れているのかもしれない。
何とか棺の縁を掴み、体を持ち上げる。
酷く背が重い。
体を起こしたところで赤い壁掛けから反対の壁に絵が設置されていることに気づいた。
そこに描かれていたのは、背に蝙蝠のような翼と、頭に山羊のような二本の角、茶色く爛れた皮膚をした姿だった。
何だ、これは。
もっと良く見ようと身体をよじって、驚いた。
その絵も同じように動いたのだ。
これは絵ではない、鏡だ。
棺から身を起こしている自分が映っているのだ。
だが、その姿に見覚えがないのはなぜだ?
自分の顔は、身体は、こんなではない。
元の自分の顔を思い出そうとして、愕然とした。
自分が本当はどんな姿なのか、思い出せない。
自分は、誰だ。