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1425年のとある籠城戦

作者: にお

*この作品は習作のために書いたものです。深い意味はないので軽い気持ちでお読みください。 

 朝露に濡れた雑草たちの青い香りが鼻腔をくすぐる。


 霧が立ち込め、敵の露営は霞程度にしか映らず彼らが今なにをしているのか判断がつかない。


 包囲されてから9日目だが、私の士気はまだ失われていなかった。


 それはもちろん未だ優勢であるが故にではなく、隣で歩哨の相方を務めるラザルスのおかげに他ならなかった。


 私とラザルスは常に共に生きてきたし、これからも続く事だと考えていた。

 

 ラザルスは私と同じ村の出身で農家の三男坊であった。


 地方の農村では家を継ぐのは長男と決まっており、それは私やラザルスの村でも例外ではなかった。

 

 私も長男ではなかったので独り立ちのために二人で将来の事を考えながら画策をする日々を過ごしていた。


 はじめに野鹿を獲ろうとしたり、熊に襲われそうになったりと専ら狩人の真似事をしていたが、教えも素質もない素人には無謀なことであった。

 

 幸運な事に怪我の類は一度も無く、五体満足で走ることもできる。


 次に考えたのは隣村にやってくる旅商のように交易を始めることであった。

 

 だが、こちらはさらに敷居が高くコネやツテといった風習や慣習などの低次元では覆せない問題があることを旅商に教わり、現実を知る良い機会となった。

 

 自分たちは必ず何かで独立出来ると信じており、若さゆえに無茶で無謀に動くことができた。

 

 しかし時間は許してくれることはなく、成人を迎えた日より私達は突如村の外へと放たれた。

 

 "故郷に帰りたくば嫁を連れてかえるか、財を成せ"、息子を5人も持つ父の最後の言葉であった。


 それから二人で大きな街へと移り、路上での生活を始めたが予想していた以上に過酷なものであった。

 

 雨風を凌げることはできず、安全の保証はない。


 田舎者というだけで足元を見られながら罵られる。


 嫌な表情や言葉を浴びせられるのはまだ良い方で、それらが発展していくと暴力に変わる。

 

 人目から離れた路地で殴られるのは非常に痛かったが、それ以上に人という本質を思い知らされた。

 

 転機はそれからすぐ起こる。

 

 その日もやはり物乞いに勤しんでいると重々しい甲冑を纏う一人の兵士が私達の前で立ち止まった。


 兵士からの施しは初めてでどこか期待を胸に手を差し伸べたが、返ってきた反応は違うものであった。


 丁度その頃この国では戦争が始まろうとしていた。


 何もしらなかった私達は自分たちの手が兵士に掴まれた時に、悪寒が走ったが今以上に悪くはならないだろうと確信があったため、徴兵に素直に従った。


 私は存外、今の生活に満足していた。飯は決まった時間にありつけ、寝る場所には屋根と壁がある。

 

 自由はほとんど無いが、それでも幸せを感じていた。


 しかしラザルスはどうなのだろうか、と時折不安になってしまう。


 私とは違う遠い場所を見つめる姿に人生の過ちを指摘されているようで怖くなる時があった。


「ああっ!」


 先程まで居眠りしそうになっていたラザルスが急に驚きの声をあげた。


「どうした?」


 私は胸壁に立てかけた弓を慌てて霧のほうへとかまえた。


 背負う矢筒から一矢取り出し、弦に番えて思い切り引く。


 霧が濃くて何も見えないが、動きがあったのだろうと固唾をのんだ。


「あそこを見ろ」


「どこだ?」


「お前の位置からだと右側だ」


 ラザルスが指差す先に草木が多く茂る場所があった。

 

 降り注ぐ陽光が緑達に当たり影を作り、地面にはまだら模様の影を描く。


 私はそこを注視することにすると、影が揺れ動く姿を捉えることができた。


 何かが通り過ぎる度に影が映し出されその数は尋常ではない。


 影だけで判断するのは早計だが途絶えることなく続く様にラザルスは地上へ降りるための階段がある、歩廊の先の小塔にむかって走り出した。


「あ、勝手に離れるな」


 私が手を伸ばした瞬間、無数の矢が迫ってきているのが横目に一瞬映った。


 膝が勝手に折れ曲がり胸壁を盾として私は四つん這いになって寸前で回避することができたが、頭の上で風を切る音をさせながら通過した矢を興味本位で見た際、歩廊から地上へと落下するラザルスが見えた。


 体は前を向き、不意に横腹に重い一撃を貰った時のような無垢な落ち方が目に止まり、地上に激突するまで私の目は片時も離れることはなかった。


「て、敵襲!」


 私は大声で叫んだ。


 その声は三方向の城壁の歩廊に立つ歩哨達にも聞こえ、城門で警備にあたる者の耳にも届いた。


 矢は止めどと無く放たれ続けられ私は一向に立てないでいたが、それでも豚のように四足で進み小塔へとたどり着くと落下するかのように階段を降りて、友の元へと馳せ参じた。


 矢はラザルスの左脇に刺さっていた。


 刺さる地点を中心として血は波紋のように赤く広がり、出血の多さを物語る。


 右側臥位から仰向けにしてやると、地上にぶつかった際に出来たのだろうか右頬に大きな青あざが出来ていた。


「て、敵は?」


 嘆息混じりのか細い声で虚ろな目のラザルスが私に問う。


「まだ攻めてきてない。だが、じきに戦闘となるだろう。とりあえずお前は城内に運ぶぞ」


 私は無傷のラザルスの右脇に腕をまわしてゆっくりと起こしてやった。


 痛みのせいなのだろう体を小刻みに震わせ足元をふらつかせながら、続々と城から兵士たちが出てくる場所を目指す。


「重くないか?」


「いいや、全然。お前は華奢であまり筋肉がないから、むしろ軽い方だ」


「くそっ」


 城壁の外側では怒声と罵り声がする。


「お前、兵士になって良かったか?」


 しっかりと支えながら、城壁に立っていた時に考えていた事がふと口から漏れた。


 ラザルスはその言葉に沈黙を貫いていたが、城内に入り医者の元へとたどり着くと口をひらいた。


「ああ。お前と兵士になった時から良かったと思ってるさ」


「そうだと思った。安静にしとけよ」


 次第に力が失われていくラザルスの手を私は両手で握りしめて言い聞かす。


 既に目から精気は失われ、顔面は蒼白となっている。


 餌をもらう魚のように口を動かし、聞き取れないぐらい小さな声で何かを呟いている。


「少し借りるぞ」


 私はラザルスが身につけていた薄い鉄板で出来た兜を被り、自分のものはラザルスの足元に置く。


 戦いが終わったら必ず返す、だからお前もその時返せと伝えようとしたが私の心は感極まり、持ち場へ逃げるようにして小走りで去った。

 

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