第8話 昨夜のことを振り返ってみる
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翔太郎が勇者召喚に巻き込まれ(?)た次の日の朝、用意された宮殿内の一室で近頃にはないスッキリとした目覚めを迎えていた。
「うわー、よく寝た。何年ぶりかね? 慌てて出勤しなくていいなんて、ここは天国か。ああ、クソ会社を辞める勇気があればいつでもできたのか」
宮殿の客間にふさわしい、昨日まで翔太郎が使っていた安物とは違う高級寝具の感触を堪能しながら自嘲していると、タイミングを計ったようにメイドが朝食を運んできた。
そう、メイドである。
昨晩は騎士やら魔法使いやら男ばかりに囲まれていたが、しかも癌告知、不良の襲撃からの、まさかの異世界転移といった人生で二度とはないだろう体験をしたために、女っ気がどうのとかは考えもしなかったのだ。
そんな翔太郎は突然の女性の登場に驚き、にこやかなメイドの挨拶にもしどろもどろに受け答えすることになる。
メイドは意味深な微笑を浮かべながら朝食を進めてくる。
食堂ではなく個室で食べることに違和感を感じながらも席に着く。
メニューは具材たっぷりのスープ、フランスパンのような固めのパン。たぶんファンタジー定番の黒パンよりは軟らかい王宮製だろうが。
王宮のメニューにしては質素に感じるが、ブラックな社畜の翔太郎にとっては十分御馳走である。
メイドに見守られながら翔太郎は食事を始めた。
『ん? なんか食が進むな。そこまで美味いってワケじゃないのに。あれかな、クソ会社に行かなくていいからストレスが消えたからかな? 昨日晩飯抜いたせいもあるかもな』
そんなことを考えながら、昨夜のことを振り返ってみる。
司祭一行が部屋を出て行ったあと、入れ替わるように新しい器材が運ばれてきた。
しかし、再検査するも翔太郎のステータスは表示されない。勿論他の人間が試したところ器材に問題はなかった。
では魔力はというと、似たような装置で計測したものの、ステータス表示と同じように無反応だった。これも器材の不具合でないことは確かめられている。
『何ということじゃ。これは前代未聞じゃ!』
フェロメール魔術師団総長が頭を抱えていた。
騎士団長の『魔力がゼロだからか?』という問いにフェロメールは否と答えた。
そもそもこれらの装置は対象の能力を数値化して表示するもの。数値がゼロならゼロと表示されてしかるべきである。それが翔太郎の場合うんともすんとも言わない。本気で器材が故障していることを願ったのは初めてだ、とは老魔術師の言である。
その後、これ以上は日を改めて別の検査を考えてみる、ということで解散となった。
時刻もかなり遅かったし、異世界に召喚されたばかりで精神的にも疲れているだろうと気を遣ってもらえた。
ふと不良5人組のことを尋ねると、既に元から用意されていた別館に移動し、今頃なら夕食が終わっているだろうという返事だった。
それに関連して夕食を勧められたが、胃弱のせいで食欲がなかったため丁重に断った。
その上で翔太郎は、あつかましいかなと小市民的感覚を覚えながらある要求をしていた。
それは不良5人組とは同じ部屋になりたくないというものだ。同じ異世界人だからと一部屋に押し込められる展開もネット小説にはあったからだ。
騎士団長は笑って『始めから個室を用意するつもりだった』と答える。
流石宮殿だけあって部屋の数は膨大だ。今いる宮殿も丸々余っているから国王に許可を取れば使ってもいいなどとからかうように言ってくる。
勿論それは冗談で、世話をする人間の関係で同じ別館の離れた部屋になると言われたが、それぐらいなら問題ないだろうと軽く了承したのだった。
魔術師団とはここで一旦別れることに。今後またお世話になるはずなのでしっかりと挨拶をしておく。
建物から外に出ると、闇の世界だった。
やはり異世界でも夜は暗いのか、などと考えながら空を見上げる。期待したカラフルな月はなかった。普通の薄き色の月もない満天の星空である。
この世界には月がないのか、既に沈んでしまったのか。しばし夜空を見上げながら思いを馳せる。
騎士団長に呼ばれたので我に返り、慌てて後をついていく。周りの騎士たちがランプのような照明を持っているので何とか逸れずに済んだ。
しばらく歩くと目的地に着いた。
星明りでぼんやりとしか見えないが、横長の長方形の建物、小学校の校舎ぐらいか。
翔太郎たちは中央の入り口から中に入る。
建物の中には照明があり、エントランスは先ほどの宮殿に劣らず豪華であった。
迎えに出てきたのは騎士団の団員。その報告によると勇者候補の5人は既に与えられた部屋に入り休んでいるとのこと。
顔を合わせずに済んだとホッとする翔太郎。
騎士団長は苦笑しながら翔太郎を案内する。
不良5人の部屋は2階の向かって右側に纏まっているとのことで、3階の左端を勧められる。それで構わないと翔太郎も頷いた。
館の向かって左側の階段を上り3階へ。
階段は中央と左右にあり、滅多なことでは不良たちと出くわすこともないと安心する。
案内された部屋は、先ほどの会議室よりは小さかったが、それでも翔太郎のアパートとは比べ物にならないほど大きかった。何より豪華である。
目立つのは天蓋付きのベッド。どこの貴族が使うんだ! と声に出しそうになったが、そもそもここは王宮の別館だった。
他に6人用のテーブルとソファーもある。その上バス・トイレ完備であった。
翔太郎は、『ファンタジーを舐めていた』と反省しきりである。
ネット小説からの知識は有用だが、反面先入観も持ってしまう。加えて、実際に目にした騎士や魔法使いの格好はネット小説の描写そのものであったので文明の低さを想像したのは仕方ないことだろう。
騎士団長は簡単に部屋の説明をするとすぐに帰っていった。明日の予定を告げるとともに。
翔太郎はわざわざ騎士団のトップが自ら案内してくれたことを感謝し彼らを見送るのだった。
翔太郎の感覚ではかなり恐縮ものの待遇である。
しかし、考えてみれば国王や第○王女とやらに案内されるよりかはずっとマシである。貴族社会のことはピンと来ないが、騎士団長を実務の責任者と考えると会社でいえば部長クラス、もし騎士団が複数あるなら課長クラスではないだろうか。
それに今の翔太郎の立場は一営業担当社員ではなく、勇者候補。実現しなかったとはいえ国王に謁見する予定もあったのだ。部課長クラスが直接案内するのも不思議ではないし、あまり日本人っぽく変に恐縮するのは逆に問題となるかもしれない。
教えられたとおり浴槽に湯を溜めながらつらつらとそんなことを考えていた。
『オレはもう地球に戻るつもりはない。なら、この世界のことをもっとよく学ばないといけないな』
風呂に浸かりながら決意を新たにする。
今の段階で色々考えても結局は想像でしかない。
ここは現実。この世界特有の常識や習慣を知らないとどんなトラブルに見舞われるかわかったものではない。
東南アジアのある国では子供の頭を撫でるのはタブーであり、その習慣を知らなかった日本人の特派員が派遣先の子供たちの頭を撫でまくり、結果村人たちから総スカンを食らって仕事に失敗するやら命を落とすやらという悲惨な結末を迎えた、というエピソードを翔太郎は某青年誌で読んだことがある。
その時の感想は『勇者がナデポできない』だった。
まあ、一方では『何故主人公は女の子の頭を撫でるのだろう?』と常に不思議に思っていたのだが。
つまりは、『知らないことは怖い』である。似て非なる言葉に『知らない方が幸せ』というのもあるが、ケース・バイ・ケースなのだろう。
思考が脱線し始めたところで風呂から上がり、用意されていた寝巻きに着替えた。
着るのに躊躇するデザインだったが、郷に入れば郷に従えと決意したばかりではないかと自嘲しながらベッドに横たわる。
ブラック企業から解放されたという安堵感は、癌罹患のショックや異世界転移の戸惑いよりも大きかったらしく、翔太郎はいつもよりも寝つきがよかった。
このような回想をしながら食事をしている翔太郎なのだが、服装は寝巻きのまま。メイドがそのままでいいと言ったからだが、微妙に恥ずかしい。
何故なら寝巻きのデザインが貫頭衣、というより男性版ネグリジェだったからだ。別にフリフリでもスケスケでもないし、サイズもたぶん男性用なのだから問題ないといえば問題ないはずだ。
だが、長年の日本での常識が邪魔をする。
『この世界の常識に慣れるって決意したけど、こりゃ難しいもんだな。
今日はこれから座学があるし、早いとこ覚えよう。しかし、あいつらと一緒ってのがネックなんだよな…』
笑顔のメイドの前で苦悩する翔太郎であった。
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