第11話 講義・1
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この世界に骨を埋める決心をした翔太郎にとって待ち望んでいた時間がやってきた。
情報を制する者は戦いを制す、というが、日常生活にも情報は欠かせない。
「では今日は私からこの世界について簡単に御説明しましょう」
講義の一番手は王都中央学院・学院長のマイコル・シャクソン卿。かつては歴史学科で教鞭を取っていたという下級貴族からの叩き上げである。
「この世界はこのテーブルのような平面ではなく、実は丸いということを知っていますかな?」
「アハハハハ! 何だよ、それ。ジョーシキじゃん」
「「「「ジョーシキー! ウェーイ!」」」」
導入部分で早くも不良どもが騒ぎ出す。
バカな奴らだ、何が常識だ。ここは異世界だ。逆に平面世界だったとしても納得する。偶然地球の常識と一致しただけじゃないか、と翔太郎は顔を顰める。
講義の相手が勇者だったからか、言葉遣いも一々丁寧だった学院長たちの顔色が変わる。同時にフェロメール総長が怒声を上げた。
「小僧ども! 黙らんか!」
「だって、常識じゃん。ガキでも知ってるっつーの。なに? 俺らのことバカにしてんの?」
「口の減らんガキじゃわい。バカだと思われたくなければ大人しく聞いておれ! じゃが、中央の学院長殿、簡単にと頼んだのはこちらじゃが、あまりに簡単すぎる。これでは時間がかかるばかりじゃ。もう少しペースを上げてじゃな……」
フェルメールは、不良どもの態度を叱ってはくれたが、内容に対する感想は同じだったらしい。
しかし、それではせっかくこの世界の常識を知るチャンスを失ってしまうと考えた翔太郎は発言の許可を求めて手を挙げる。
「あの、すみません!」
「何じゃ、ショータローまで文句があるのか?」
「いえ、そうでありません。説明のレベルはそのままでお願いしたいのです。何ならもっと落としてもらっても構いません」
「良いのか? それではまるで子供に教えるようなモンじゃぞ?」
「はい。それがいいのです」
「何だよ! おっさんまで俺らをガキ扱いすんのか?」
「そんなつもりはない。ただオレが常識を勉強したいだけだ。この世界の、異世界の常識をな」
「そんなの一人でやれよ。俺らは俺らのレベルがあるからさ~」
「ケンちゃんケンちゃん」
「あ? 何だよ?」
「ケンちゃん、俺、わかったかも」
「わかったって、常識だろ? そんなこと……」
「違うって。あのおっさんの言ってることがだよ」
「おっさんが何言ったんだよ」
「異世界の常識って」
「それがどうした?」
「だって異世界だぜ? 地球の常識通じないかも。魔法あるし、魔物いるみたいだし」
「そんなことはわかってんだよ。俺が言いたいのはレベルが低すぎるってことだ。何だよ、世界が丸いって。知ってるっつーの」
「ケンちゃんケンちゃん、それだよ、それ」
「どれよ!」
「知ってたのは地球が丸いことで、この世界が丸いかどうかなんて、さっきあの先生が言うまで俺ら知らなかったじゃん」
「……あ……」
『良し! よく理解した! 金髪A!』
翔太郎は、怪しげなスキルでトリップ中の人間とディベートして論破しようとは思わなかった。なのでオレンジリーダー改めケンジには逆ギレしないように控えめな表現を使ったのだ。
最悪昨日のように教室を分けて個人授業を受けさせてもらえるように頼もうと考えていた。
流石に5人もいれば誰か気付くだろうという仄かな期待もあった。金髪A改めカイトのファインプレーである。
「なるほどな。わしにもようやく理解できたわい。中央の学院長殿、これはわしの失言じゃった。どうか予定通り勧めてくだされ」
「ええ。了解しました。ショータロー殿、でしたかな? ご助言ありがとうございます。私も勇者様の世界のことなど全く存じませんからね、一つ一つ確認しながら進めようとしたのですが、いや、本当に助かりました」
「いえ。私も本当にこの世界について知りたかっただけですから」
「それから、カイト君だったね?」
「え? あ、はい……」
「知らないということを自覚することは恥ずかしいと思うかもしれないが、非常に大事だ。それが学問を、ひいては文明を発展させてきたのだ。これからもその調子で頑張りたまえ。
それから、ケンジ君」
「……なんだよ、わかってるよ。黙って聞いてりゃいいんだろ?」
「うむ……なんだ、その……他の勇者諸君も私の話がわからないときは是非質問してほしい。
では、講義を続けよう」
教師然としたマイコル学院長もあまりケンジを刺激したくなかったようだ。
だが、心なしか金髪4人は真面目な顔になったようだし、ケンジもニヤニヤ顔が消えている。どちらかというと不機嫌顔だが。
「さて、私たちの住む世界は丸い。それは宇宙という空間に浮かんでいて太陽の周りをグルグル回っているのだ。これを惑星と呼ぶ」
新しい単語が出てくるたびに学院長がチラチラと翔太郎を見てくる。
そのたびに頷いてやるが、少し意識しすぎだと翔太郎は苦笑した。
「その丸い私たちの住む惑星は『アーテラス』と呼ぶが……知っているかね?」
茶目っ気たっぷりに聞いてくる学園長。
これ以上ケンジを刺激するのはまずいと、翔太郎は再び手を挙げた。
「先生! スキルのおかげで一般名詞は理解できますが、固有名詞はわかりません」
「一般名詞と固有名詞ですか……なるほど、いいアドバイスをもらえました。ありがとうございます」
「ちょっと待ってくれ。スキルと言ったがどんなスキルですかな?」
翔太郎の発言に食いついてきたのは王都魔術学院・学院長のヴェッセル・バンダンだった。
もう一人、宮廷魔術師のフェロメール総長が反応したが、これは昨日翔太郎のステータスを表示させることができなかったため渋い顔をしている。
「えーと、たぶん神サマにもらったスキルですから、神サマに聞いてもらわないと……」
「ほう! 神のスキルですか! 是非詳しく教えていただきたい!」
また一人食いついた。
王都中央学院・神学課主任のジェラール・デプイ卿である。何故か主客転倒しているが、これでは講義ではなくて討論会だ。
うかつな発言をしてしまったと焦る翔太郎はフェロメール総長にアイコンタクトで助けを求める。
フェロメールもその意図を読み取り助け舟を出した。
「あー、そこの二人、今日は顔合わせみたいなものじゃ。基本的な説明は中央の学院長に任せると決まったではないか。興味があるのはわかるが、勇者の育成には時間がかかる。予定通りにしてもらいたい。それから勇者のスキルに関してじゃが、神殿と国から正式な発表があるまでは詮索無用で頼む。良いな」
「えー、皆さん、フェロメール卿の言われたとおりに。私が説明しますので、皆さんは専門分野での補足をお願いします。では再開しましょう」
マイコル学院長も講義の脱線の修復を図る。
しかし、翔太郎に対しては勇者側の常識とのすり合わせという名目で色々と質問してきたので、実際に講義の再開とは行かなかった。
「勇者様の世界での一般名詞と固有名詞について伺いたいのですが」
「構いませんが……そうですね、一般名詞は『空』とか『海』とか、およそ人類共通の概念を言葉にしたものだと私は思ってます。固有名詞は『人名』『地名』それから『商品名』などの下位分類でしょうか。でも、厳密に分ける必要はないと思い直しました」
「どういうことでしょう?」
例えば、と翔太郎は手元の紙と万年筆を取り上げる。
「これは紙です。こっちはペンです。どうですか? 意味は通じてますか?」
先ほどならケンジが怒りだしそうな質問だったが、言語上の確認ということで講師陣は冷静に『通じている』と答えた。
「スキルってすごいですね。でも、もう一つ確認しますが、ペンにも色々種類があるのではないでしょうか?」
「ええ、ありますね」
「では、これは『万年筆』ですか?」
「え? いや、それは『インク入りペン』といいますが……ああ、わかりました」
「そうですか、やはり名前が違いますか。
他にもありますよ。地球、私たちの世界にないものは、例えこちらの世界では一般的な概念だったとしても私たちにとっては『知らない』言葉です。
昨日聞いたんですが、こちらには『魔物』がいるそうで。言葉の響きで『魔物』の意味はわかりますが、その種類、これも昨日聞きましたが、『ゴブリン』や『オーク』でしたか? まさか二種類しかいないわけではないでしょう。
その名前を知っていたのは偶然としか言いようがありません。知らない種類の方が多いでしょう。
ですから、結局は『知らないか知っているか』は聞いてみないとわからない、ということになりますね。
ですから、私たちのことは子供か田舎の山奥から出てきた人間だとでも考えてください。
無知を晒す場面もあるでしょうが、よろしくお願いします」
営業で鍛えた翔太郎の弁が冴え渡った。日本では『魔物』のセールスを行っていたわけではないのだが。
「いや、よくわかりました。お若いのに見事な見識です。ショータロー殿、うちの学院で教鞭を取ってみませんか? あなたの説明は実にわかりやすい」
「え? いや、若いと言っても30過ぎてますから、社会人としての経験はそれなりにありますがこちらの常識も知らないのに人に教えるなんてとてもできません。学生としてならうれしいんですが……」
「え? 30? 見えませんなぁ。そちらの5人よりは年上だとは思ってましたが……」
異世界人一堂は驚きの顔をしている。
日本人は歳がわかりにくい、という定番設定はどうやら異世界でも通じるようであった。
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