願わくば、楽しい日々をこれからも。
女の子の足元で、星空が揺らぎました。
それは真冬の、透き通った冷たさに満たされた、年末の夜のことでした。
輝く星が散りばめられた暗い空が、より暗い海に映って、女の子の足元まで広がります。
まるで、すぐ傍まで星空が続いているようでした。
女の子はしゃがんでじっと、寄せては引くそれを見続けます。
思い返すのは、家を出てきた理由でした。
――お母さんはな、お星様になったんだ。
お父さんは、お葬式が終わって、そう言っていました。
――来年を迎えるためにね、準備をするのよ。
お母さんは、そう言って出掛け、帰って来なくなったのです。
「……来年なんて嫌いだ。来年がお母さんを連れて行っちゃったんだ」
女の子は、そんな来年を迎えるというのが嫌で、家を飛び出してきたのでした。
お母さんの形見だから、と渡されたお母さんの腕時計が、来年が来るまでもう一時間も無いことを示しています。
女の子は、空を見上げました。
ひょっとしたら、このたくさんの星の中に、お母さんがいるのかもしれません。
どこだろう、と探して、目線が空の端から続く海に降り、足元まで戻ってきます。
そして現れた砂浜に、女の子は前にお母さんから聞いた話を思い出しました。
それは『星の砂』という、星の形をした小さな粒のことでした。
これは砂浜に流れ着く、海にいるとある小さな生物が死んだ後に残る殻だそうです。
だから、もっと大きな人間も死んだら星になるのだ、と言われても納得できました。
そして、星が空にいるのは、残してきた人達を見守るためなのだそうです。
でも、女の子は遠くから見守られるよりも、お母さんの傍にいたいと思いました。
足元で、また夜空が波打ちます。
まるで、たくさんの星が流れ着いてくるようです。
そこで、女の子はふと思いました。
――もしかしたら、星の砂も最初は空にいて、でも海に繋がったところから流れ落ちてきて、砂浜に辿り着くのかもしれない。
それを肯定するように、一筋、流れ星が足元で煌めきました。
波が引いた後には、さっきまでは無かったヒトデという生き物の白い死骸が残っています。
女の子の目に、星のものではない光が映りました。
――もしかしたら、海から空へと渡って行けば、お母さんにまた会えるかもしれない。
女の子は、そう考えついたのです。
波が女の子を手招くように、寄せては引き、寄せては引き、星空を揺らします。
女の子の小さな一歩が、大きく星空を歪めました。
凍える程冷たいのを我慢して、女の子は暗い海の中へと入っていきます。
刺すように痛い冷たさに、身が縮こまる思いです。でも、そうやって小さくなれば、自分も星になれるような気さえしました。
体が固く凍りつくように、だんだんと動かなくなっていきます。それでも進んでいく内に、まるで殻にでも覆われたかのように、冷たさも波の感触も、何も感じなくなっていきます。
そんな時でした。
正面から抱き寄せてくるような優しい波が、ほんのり温かく感じられました。
それはまるで、お母さんのようでした。
――お母さんが、迎えに来てくれたのかもしれない。
女の子は嬉しくなりました。
そう思うと、頭まで海に浸かってしまっても、何も見えなくなっても、ちゃんと息ができているかわからなくなっても、何も怖くありません。
だって、すぐそこに、お母さんがいるのですから。
感覚と共に意識が遠退く中、女の子は夢を見ました。
微笑むお母さんと再会して、自分も笑って、抱き締め合う夢です。
いつものように、何気無いお喋りをして笑う夢です。
暖かくて、とても、とても、楽しい夢です。
そして、来年が来ることのない時間の中で、いつまでも、いつまでも。
女の子は、楽しい夢を見続けるのでした。