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レジェニウム・パレスのよくある喧騒

 宝石洞窟と言うダンジョンを抱えている町、『ジェムラスタ』は、『プレシャー辺境伯領』における最大の町だ。


 宝石洞窟と言う、魔石ばかりが大量に出てくる巨大ダンジョン。それの実質的な実権を握っているプレシャー辺境伯に対して媚びる者は多く、それは報道関係にも言える。


 掲示板にはレジェニウム・パレスの専用ボードが存在する。

 新聞では、レジェニウム・パレスが獲得し、冒険者ギルド支部に納品した合計量の情報などが記載されることもある。

 雑誌では、ギルドメンバーへのインタビュー記事や、ギルドと連携している専門店からの広告が載ることもある。


 ただ、新聞や雑誌などは、その情報量と値段から『知りたい人が知る』ための情報媒体と化しているが、掲示板と言うのは、広場を通れば、誰もが無料で閲覧できることもある。


「……この町で広場に行けば、必ず掲示板があるわね。そこには大体、レジェニウム・パレスの専用のものが置かれてるわ」

「この町は大体そんなもんだ」


 エレナが掲示板を見ている。


『ジュエル園出身のミゼラス。過去最大量の魔石を獲得!』

『ゴールデン・テンス七位。ハイト! 最前線のマッピング完了!』

『ゴールデン・テンス三位。ブライトが巨大魔石を獲得!』

『時期ゴールデン・テンス候補とされるナーザ。ついに最前線攻略に踏み込む!』


 ……などなど、ほんの一例だが、数多くのものが張られている。


「……二十枚くらい張られてるのに、十枚以上がミゼラスなのね。九位なのに働き者」

「そうだな」


 記事のタイトルには序数が記載されていないが、記事の内容には九位と記されているため、序列はよくわかる。


「ジュエル園って何?」

「多分記事にも書かれてるが、孤児院のことだ」

「孤児院出身なんだ……」

「レクトも同じところの出身らしいぞ」

「面白そうね。ちょっと行ってみたいわ」

「もう存在しないから行けないぞ」

「えっ……孤児院がなくなるなんてこと、あるの?」

「いろいろあったんだよ」


 掲示板に背を向けて、俺はギルドホームに向かって歩く。


「……はぁ、存在しないならいけないわね。気になったけど諦めましょうか」


 エレナはそうつぶやくと、俺について歩いてきた。


 そこからは他愛もない話をしつつ、ギルドホームに戻る。


 ★


「おいミゼラス! ジュエル園の出身であることを書かせたようだな。何度もやめろと言っているだろう!」

「うるせえな! 俺の勝手だろうが! 侯爵家の嫡男だからって調子に乗ってんじゃねえぞユーシス!」


 エレナと共に帰ってくると、ロビーではミゼラスとユーシスが言い争いをしていた。


「……またアイツらか」

「あの喧嘩。いつもやってるの?」

「そういうことだ」


 喧嘩の場所がいつもロビーであることもいつも通りだ。


「何度も言っているだろう。このギルドは、アークフォルテ王国の中で最大のギルドだ。そんなギルドの看板メンバーが、もう存在もしない孤児院の出身だと? ふざけるなよ貴様!」

「ジュエル園のことをバカにすんじゃねえ! プレシャー辺境伯領の寄生虫みたいなザル運営の貴族が調子に乗るな!」

「なんだと!?」


 多くの個人ギルドの一階フロアは、一般向けにも展開されている。


 外部からやってきた一般人が、このギルドに対して直接依頼するということもあるからだ。


 そのため、一階のロビーでの喧騒というのは、ギルドメンバーだけに影響を与えるだけではなく、一般客にも見られる。


 あまり褒められた行為ではない。


 そして……。


「喧嘩なんてみっともねえことしてんじゃねえよ馬鹿共」

「いでっ!」

「づあっ!」


 こうして、二人の頭に拳骨が振り下ろされるのも、いつも通りだ。


「何すんだブライト!」

「こんな人が多い所で馬鹿なことすんなって言ってんだよ。裏口から取材チームが入ってきてるからお前はさっさと行け」

「うぐっ……」

「ブライト。この侯爵家の嫡男である俺に、平民が拳を振り下ろすなど……」

「おいおい。お前は貴族だが、俺は王族直下の宮廷騎士団に二十年いたんだぜ? 王族への貢献度はお前より俺の方が上だ」

「むぐっ……」

「最近はギルマスの代わりに社交界を回ってんだろ? こんなところでモタモタしてる暇ねえだろうが、さっさと次のところ行ってこい」

「……チッ!」


 ミゼラスとユーシスは再びにらみ合う。


 それを見たブライトは、右手の拳を左手で押してバキバキ鳴らした。


 それをみた二人はちょっと顔を青くして、そのまま反対方向に立ち去っていく。


「……で、ギルマス。見てたんなら止めてくださいよ」


 そういってブライトは俺の方を向いた。


 筋骨隆々。という表現がぴったりな五十代半ばの男性で、茶髪を短くした堀の深い顔立ちである。


 ……まあ、凄く大雑把な表現をすれば、門番として剣を装備しているだけで、やましいことをしている人間は大体ビビるような、そんな雰囲気を持つ男だ。


「いや、お前が止めるところまででワンセットだろ」

「まあ、最近はそんな雰囲気もありますがね……おや? 珍しい顔だ」


 ブライトがエレナの方を見て、珍しい物を見たような表情になる。


「元宮廷騎士団所属のブライト……もしかして、『風蛇(ふうじゃ)』?」

「騎士団引退は五年前なのに、この国の出身じゃない身でよく知ってるもんだ。さすが『神成権化』の嬢ちゃんだな」

「さすがにあなたの名前を忘れるなんてことは、高ランク冒険者の中じゃありえないわよ」

「そうかい」


 元アークフォルテ王国宮廷騎士団副団長にして、現在はレジェニウム・パレスのゴールデン・テンスの序列三位。


 それが、ブライトという男だ。


「このギルドにいたなんて知らなかった」

「プレシャー辺境伯やレジェニウム・パレスは、この国の侯爵とかから結構疎まれてるからなぁ。だから、『魔石の供給』の情報だけを広めてんだよ。『どんな奴が所属してるか』っていうのは、そのギルドの『価値』につながるからな」

「だから、あなたがこのギルドにいるという情報が広まってないのね」

「そういうこった」


 エレナは納得した様子。


「その様子だと、プレシャー派か」

「……その通りよ」

「なんだ今の()……ん? 嬢ちゃんの状態、聞いていた話と……ああ、そういうことか」


 ブライトと言う男は、王城で、魑魅魍魎の貴族たちの政争を俯瞰的に眺め、時に暗殺者をとらえるために頭を働かせることも多かった人間だ。


 レジェニウム・パレスも利権という点では頭の働かせ甲斐はある環境なのか、思考の鋭さは落ちていない。


 そんな彼にとって、エレナの『経緯』を考えることなど容易いということなのだろう。


「まあ、レクトはどこか……そう、『ズレ』があるから頑張りな」


 そういって、ブライトは背を向けて歩いていった。

 その姿が見えなくなると、エレナは溜息をつく。


「……はぁ。下手なことができなくなったわ」

「頑張れ。多分、敵にはならないからな」


 エレナも聡明な人間だ。


 そもそも頭が悪かったら、『紫電轟雷』の暴走性能に耐えきれず、既に壊れている。


 ただ、『実際に魑魅魍魎を観察し続けてきた』という経験において、ブライトはエレナが生きてきた年数を超える。


 権謀術数という戦場なら、エレナとブライトが真正面からぶつかれば、俺をそっちのけにした戦いの末にブライトが勝つだろう。


「敵に()ね……覚えておくわ」


 好き勝手はできない。


 まだエレナは、ブライトが何を優先する人間なのかを知らない。


 別に味方をしてくれるわけでもない。ということしか今は分からないだろう。


「安心しろ。君がこのギルドで実権を握りたいというのなら、ブライトを気にしていればいい。好き勝手しないならなおさらアイツだけ見ていればいい」

「……あなたって、ブライトには勝てないの?」

「そりゃそうだ。ユーシスは侯爵家の嫡男って武器で立ち回ってるけど、俺だって『宝石洞窟の権限』でかなり自分の身を守ってるくらいだからな」


 そういう意味では、俺もユーシスも大して変わらない。


 前世の記憶を取り戻す前の俺は、ユーシス以上にボロカスだからな。原作知識で補強していると言えど、限度はある。まずブライトには勝てません。


 ……前途多難だ。


「前途多難ね。あなた」

「言うなよ」


 わかってるけど、言われるのはもっと嫌です。

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