洞窟浅層でAランク個体討伐。そして、レクトがヤバいと再度実感する。
宝石洞窟は、通路を構成する全てがゴツゴツした石で出来ている。
そのまま『洞窟』といえる見た目をしているわけだ。
「出てくるモンスターは一般的なダンジョンと同じ。ただ……本当に魔石しか出てこないわね」
「そういうダンジョンだからな」
俺とエレナは浅い階層でモンスターを倒していた。
ゴブリンが三体出現したのだが、エレナが左手の人差し指を向けると、そこから閃光が三回出てきて、ゴブリンの心臓を貫いた。
ゴブリンはバタリと倒れて、魔石を残して塵となって消えていく。
なお、ダンジョンの外で生まれたモンスターの多くは倒しても死体はそのままだが、ダンジョンで生まれたモンスターを倒した場合、ほぼすべてが魔石を残して消えていく。まあ、仕様としか言いようがない。
「やっぱり、全然感覚が違うわね」
「そうなのか?」
「ええ。どういえばいいのかしら、すんなりできるというか……」
「今までは一のことをするのに十のことを気にしていたのに、今は一のことをするのに一を気にする必要すらなくなった。みたいな感じか?」
「そう、そんな感じ」
すごく雑に言えば『ストレスがない』ということか。
とはいえ、『紫電轟雷』の暴走性能を考えるとそうなるのも無理はない。
その暴走を抑えるために、膨大な反復練習を積み重ねてきたのが今のエレナだ。
その枷から解き放たれれば、当然強くもなる。
その感動の原因となったレクトに対し、どんな感情をエレナが抱いているのかは正確には分からないが、今のエレナは凄く活き活きしているのは明白だ。
「それと……なんで今更、こんな浅い階層に潜っているのかしら? 功績を叩き出して発言力を上げないと、私としては不都合よ」
「まあ、そういうな」
エレナが言っていることはよくわかる。
冒険者にとって、発言力と言うのものは功績と今の実力によって支えられるもの。
エレナの実力は申し分ない。
ただ、『レジェニウム・パレス』に対して、どれほど貢献できるのかを示すことができなければ、いぶかしげな眼で見られるだけだ。エレナの異名は広まっているが、何故強いのかまでは広まっていないということもある。
極端な例を言うと、『めっちゃ強いスキルを使えます! でも、スキルを一回使うたびに、魔石が一キロ必要です!』なんて奴はいらない。
実力もそうだが、貢献、この場合は魔石を大量に集めて持って帰ってくることができる人材が求められるのだ。
そして、魔石の質は高い方がよく、深い階層に行けば行くほどその質も高くなる。
浅い階層をウロウロしていても質の高い魔石は得られないし、そもそもこの階層を軸に活動している新人に対して迷惑でしかない。
なので、エレナの言っていることは大変よくわかる。
わかるのだが、もしここで深い階層まで行ってしまうと、大変マズいことになってしまうのだ。
「そういうなって言われても……」
「功績が欲しいんだろ?」
「そうよ」
「じゃあ、あれ」
「え?」
曲がり角に差し掛かり、右に曲がったところにいるそのモンスターを指差す。
「……な、なんでこんなランクのモンスターが、こんなところに……」
銀色の毛並みを持つ全長四メートルの狼が、洞窟の壁から露出した『硬質魔石』にかぶりついている。
「『シルバーウルフ』のAランク個体……いや、ほぼSランク? いずれにしても、こんなところに出てくるようなモンスターじゃないわね」
「功績を出すにはこれくらいの相手の方が良いだろ」
「それもそうね。なんでアイツがここにいるのを知っているのかが気になるけど、まずは倒させてもらうわ」
エレナはそういいつつ、左腰から剣を抜いて構えつつ、シルバーウルフに向かって突撃する。
その足音を感じ取ったのか、シルバーウルフがエレナの方を向く。
「!」
次の瞬間、エレナとシルバーウルフは、常人には捉えきれないスピードまで加速する。
瞬き一つするよりも早く、双方の中央地点で、剣と爪が激突した。
そのまま空気を震わせて、鍔迫り合いになっている。
「……へぇ、あんまり怖がらないのね」
俺からは後ろ姿しかわからないが、ニヤッと笑っているのが分かるほどだ。
そして『怖がらない』という言葉の意味は、エレナが薄くまき散らしている電流だろう。
もしもそれらに触れたら、体が痺れて隙ができる可能性は十分にある。
なお、エレナは意識していないだろうが、シルバーウルフは体毛も皮膚も『銀』の性質が混ざっており、銀は電気を通しやすく、体の内側にあるコアの部分を雷から守ってくれないのだ。
ほぼSランクの個体なので弱点がそのままとはいかないだろうが、その状態でも『怖がらない』というのは、なかなかのもの。
「その程度じゃあ私には勝てないわ」
鍔迫り合いは終わりだ。
エレナはそのまま剣を押し込んで、シルバーウルフを下がらせる。
次の瞬間、エレナが持つ剣がバチバチと雷を纏う。
「フフッ、残念だけど、もう終わりにさせてもらうわ。時間をかける意味もないし」
そう、残念だが……この狼では、エレナには全く歯が立たない。
暴走状態を防ぐために絶大な反復練習を積み重ね、どう動くのかに対して何度も何度も計画して動いて、その状態でも『Sランク』に到達したのがエレナだ。
それが、今まで以上に『好き勝手』できる状態になったら、一体どうなるのか。
残念だが、Aランク程度なら、文字通り瞬殺できる。
「……っ!」
次の瞬間、エレナの姿は消えて、シルバーウルフのAランク個体の首が斬り落とされた。
そのまま、体の方は地面に倒れて、魔石を残して塵となって消えていく。
綺麗で大きな銀色の魔石がそこに残った。
「さて、討伐できたわね。それで……こいつを倒すために、私をここに連れてきたのかしら?」
魔石を拾うと、良い笑みを浮かべながら聞いてきた。
「……まあ、そうだな。俺よりも君の方が倒しやすそうだし」
現実的な話をすると、出現したシルバーウルフは、体重が重く、なおかつスピードも圧倒的と言う、文字通り『パワーとスピードを兼ね備えた存在』である。
俺も倒せるのだが、相性的にも、『別の事情』的にも、エレナに倒させた方が良いということに変わりはない。
「……で、俺が君に任せることはひとまず終わりなんだが、ここから深い階層まで潜るかどうかは任せる」
「そうねぇ……なら、今日はもう戻るわ」
「そうか」
何か考えた様子だったが、任せるといった以上、否定はしない。
★
多くのことを実感しているということ。
そして、俺がエレナの事情を理解しているということ。
それらが信用を担保しているのか、信頼になるのかはともかく、エレナの語りは帰り道でも続いた。
「正直、この補助スキルは凄いわね」
「ああ。俺も実感してる」
「本当に、レクトを追い出した後、運営側はどうするつもりなの? 正直、レクトが野に放たれたら、冒険者界隈の一つの市場が完璧に崩壊するくらいの才能よ?」
「俺に聞くな」
エレナが言っているのは、『補助スキルを装備に付与する』という行為がかかわる市場の話だ。
レクトが実演して見せたように、所有している補助スキルは、『付与魔法の魔道具を使えば何かに付与する』ことができる。
言い換えれば、『高ランク冒険者が加齢で隠居した場合、最後に付与魔法の魔道具を購入する』ことで、他人に自分が使ってきて、ランクが上がっている補助スキルを他人に使うサービスというものが成立するのだ。
しかも、毎日毎日レクトが使っているように、付与魔法は継続時間が短い。
二日連続で本来なら自分の手に負えないクエストに挑む場合、二日連続で高い利用料を払って付与してもらう必要がある。
もちろん、『一か月に何回以上利用するから、常連としてこれくらい値引きしてくれ』みたいな交渉はそれぞれで発生しているだろうが、それでも、高額であることに変わりはない。
ちなみに、この補助スキルの付与云々は、往々にして『Aランク補助スキル一つ分』の話だ。
一つ、高ランクの補助スキルがあるだけで、高い補正がかかる。
それをいくつも使うとなれば、その分金額だって跳ね上がる。
肝心の『普段からレクトが装備に使っている補助スキル』だが、全て『Sランク』という頭がぶっ壊れたような代物だ。
今現在、薄給でこき使っているレクトを追放するということは、それらの『膨大な利権』を全て捨てるということになる。
レクトがいない状態で同じ付与を再現しようとすれば、一晩で金庫が空になる。
「……まあ、感覚がマヒして脳みそが終わってるのは自覚してるよ」
「そう……」
ちなみに、この『補助スキルを付与してもらう』という概念は、レジェニウム・パレス所属の貴族連中だって当然知っている。
要するに、『補助スキルを付与してもらうための予算』というものは、書類上はは存在している。
ただ、実際にどんな付与が行われているのかを誰も確認しない。よって、本当はSランクの補助スキルが付与されていることを多くの者が理解していない。
高くてCランク程度の補助スキルの付与を行える程度の予算だ。
もちろん、千人分あるのでまとまった金額になる。
武器管理をしている運営部のどこかの伯爵は、それらの付与の要求を全てレクトに押しつけつつ、自分はその予算を着服しているという地獄のような状況である。
「……早い所、実権を握りたいわね。さっさと掃除したいわ」
「そうしたいのならこれから頑張ってくれ」
魑魅魍魎の貴族社会に倫理観など備わっていないのである。
実績と実力という名の暴力で解決するのが一番手っ取り早いので、実権を握りたいのなら頑張ってもらいたい。