侯爵家嫡男。ユーシス・ヴェイネットが待ち構えていた。
エレナはこのギルドを利用していろいろ企んでいる様子だが、まあ、貴族の利権争いというのはそう簡単な話ではない。
ただ……少々、原作に手を出し過ぎているので、動く必要がある。
「……ねえ、ダンジョンに潜るって話だけど、あなたって強いの?」
「噂程度には強いさ」
町の中にダンジョンを抱えている。
そのダンジョンの名は、『宝石洞窟』と呼ばれるものだ。
魔石というエネルギーに使える物質を手に入れることを軸とし、宝箱から多種多様なアイテムを手に入れるのがダンジョンの醍醐味。
そんな中で『魔石洞窟』は、それらの『多種多様性』が薄れている代わりに、魔石を手に入れることができる量が他のダンジョンよりも多い。
安定した需要のある魔石が大量に出てくるダンジョンとなれば利権の塊のような存在であり、このダンジョンを発見したプレシャー家の始祖が何とかしてその『権限』を守り抜いたことで、プレシャー家は辺境伯としての地位を手にしている。
ただ、このダンジョンの利権を手にすることに特化した政争を続けた結果、『王都』などの中枢に手を出すことを放棄し、『侯爵』に昇格せず『辺境伯』に落ち着いているというのが状況だ。
そのため、辺境伯となると『伯爵以上、ほぼ侯爵』ではあるが、『侯爵だからと言ってプレシャー家に喧嘩を売ることはない』のは事実だ。
そして、そんな家系で血を脈々と受け継いできた俺の素質は高い。
貴族ばっかりの学校を辺境伯家として卒業するとなればそれ相応に『期待される』もので、家庭教師から剣や魔法を習っていた。
あとはギフトの威圧で適当にビビらせて調子を崩して戦えば何とかなる。
……何とかなるような相手としか戦っていない。ともいえるが。まあ弱くはない。
「ズート様。ここにいましたか。探しましたよ……!?」
十代半ばの少年が近づいてくる。
金髪を切りそろえた爽やかなイケメンであり、強力なギフトを持っていることもあって、まあ自信の塊のような男である。
「ユーシス。やっぱり待ち構えてたのはお前か」
ユーシス・ヴェイネット。
ヴェイネット侯爵家の嫡男であり、このギルドにおける運営方針は、侯爵家の嫡男二人と俺の三人で構成されているため、かなり重要な人物と言える。
……ただ、エレナの美貌に当てられて愕然としているところを見ると、なんだか興が削がれる。
「……何?」
普段から視線を向けられるエレナの表情は変わらない。
なお、ユーシスは左胸にバッジをつけており、それが侯爵家の嫡男であることを表しているため、エレナもユーシスが相応の立場であることは理解しているだろう。
ただ、Sランク冒険者と言うのは、その圧倒的な実力から、『切り札』的な扱いをされる存在であり、貴族が相手でも対等に渡り合える『格』を有している。
だからこそ、辺境伯家の当主である俺に対しても馴れ馴れしい口調で話すわけだ。
同じ理由で、ユーシスに対して敬語はない。
「か、『神成権化』のエレナが、何故ここに……」
「冒険者が、ギルドマスターのところにお邪魔する理由なんて、『ギルドに入るから』くらいのものじゃない?」
「ということは、この『レジェニウム・パレス』に、あのエレナが……」
『紫電轟雷』のギフトを持ち、雷属性において絶大な力を発揮するエレナは、その美貌も相まって話題になりやすい。
侯爵家ともなればその情報は入ってくるだろう。
そのエレナが入ってくるとなれば、レジェニウム・パレスの更なる発展につながると考えるのも無理はない。
「なるほど、では、『ヴェイネット派』に加わってもらおう」
「……はっ?」
ユーシス君は自分に人事権があると勘違いしている子なので、こんな発言は日常的です。
「興味ないわ。私は『プレシャー派』一択だから」
別にそんな約束はしていないが、エレナにとっては俺の派閥にいると言い張る方が立ちまわりやすいのは事実なのだろう。
というより、レクトをしっかり派閥で抱えて、その力を発揮したいという計画を立てる可能性が、俺以外の派閥だと期待できないゆえの消去法に近いかもしれない。
「なっ……お、俺は侯爵家の人間だぞ!それを蹴って辺境伯につくというのか!」
「当然よ。アンタに魅力を感じないから」
そんなストレートにいじめないでやってくれ……。
「ぐっ、クソ、俺を敵に回すのなら、絶対に後悔させてやるからな!」
「あなた馬鹿なの?その様子だと実家の権力を出してきそうな勢いだけど、お互いに面子の問題になるわよ?『プレシャー辺境伯家』と『ヴェイネット侯爵家』の全面戦争になったら、その発端として責任とれるの?」
「あっ……そ、それは……」
エレナを敵に回すということと俺を敵に回すということがイコールなのかどうかはともかく、親の権力があるから威張っているということは、逆に言えば親の権力闘争のことも考えなければならない。
『宝石洞窟』の権限を掌握しているプレシャー辺境伯家は、『ほぼ侯爵』だが、実質対等に渡り合えるくらいの発言力を持っている。雑に言えば、『表面的に見た』としても、向こうがレベル99なら俺はレベル87くらいだ。
要するに、双方は『戦おうと思えば戦える』のだ。どちらが一方的に潰れるということはない。
まあ、別に実際に全面戦争になんてならないのは分かり切っていることだが、『そういう言葉』を選んで黙らせているだけだろう。
……この程度で黙るのなら、最初から喧嘩などやらない方が良いというのが、俺の意見でもあるが。
「……ちっ、だが、いずれ後悔することになるぞ。その時になって、俺につきたいと言っても遅いからな!」
遂に何を言えばいいのかわからなくなったのか、捨て台詞だけ残して歩いていった。
「……はぁ。かわいそうに」
「別に、そんなに攻めてないわよ」
確かに、まだ子供の喧嘩の範疇だ。そこは認める。
「かわいそうって言うのは、彼の立ち位置の話だ」
「え?」
「辺境伯っていうのは侯爵よりも下だ。ユーシスの実家は、自分よりも爵位が下のくせに宝石洞窟を独占する俺から管理権限を奪いたいわけだが、プレシャー家の権限が宝石洞窟に特化しすぎていて手を出せない」
「爵位が上なのに、手を出せないの?」
出せません。
宝石洞窟の魔石供給量は、文字通り『圧倒的』だ。
その利権の根本をプレシャー家が掌握し、その重要度のレベルが高いからこそ、崩れない。
もしそこが崩れるという『前例』ができた場合、ヴェイネット家の利益の根本を支える法律も崩れる可能性がある。
……平民には、貴族のそういう『既得権益的な法律』は基本的に知らされないので、知らないのも無理はない。そもそもエレナはこの国の出身じゃないし。
「出せないな。まあ、そこは法律がいろいろウザいってだけだ。で、ヴェイネット家は『俺がトップのギルド』に嫡男を送り込んで実権を握ることで、宝石洞窟を掌握したいと考えてるんだよ。プレシャー家と宝石洞窟の関係も長いからな」
最初は、辺境伯……いや、貴族家としてかかわっていたが、その道中で膨大な資料が集まっている。
そしてそれらの資料は、これまでのズート・プレシャーによってたくさん使われている。そしてそれらの情報の『質』と、レクトがもたらす『器』によって、このギルドの利権は大きい。
宝石洞窟の利権そのものも魅力的だが、レジェニウム・パレスだって金銭的な旨味は相当なものだ。
「なるほど、運営方針にプレシャー家でため込んだ資料がふんだんに使われてるから、実質、ギルドを乗っ取れば宝石洞窟を乗っ取ったも同然……まあ、よくある話ね」
「ただ、そういう戦い方はユーシスに向いてない。というか、やったことがない」
「そう見えるわ」
「調べたんだが、ユーシスは今まで、自分が関わるレベルの権力争いでは威張ってきたことしかない。辺境伯の当主なんてやつを相手にした経験なんてないんだなこれが」
「へぇ……」
「だから、使える武器が『侯爵家の嫡男しかない』って囚われてるんだよ」
これがそんじょそこらの貴族が相手ならよかったのだが、今回は経済的に大きな発言力を持つ辺境伯だ。荷が重いどころの話ではない。
「そんな子供を一人送り付けて『何とかしろ』なんていうのは、俺からすりゃ酷な話だ」
「派閥を考えれば敵だけど、そこまで邪険にしてないのは同情からってこと?」
「そうだな」
「はぁ……ヴェイネット家の当主ってどんな人なの?」
「いろいろ言えるが、今回に関係しているのは、『嫌なことは全部他人にやらせる』ってところか」
「クズ野郎ね」
「貴族社会なんていう魑魅魍魎の巣窟に住むんだ。クズでも悪党でも何でもいいさ。ただ、無意味に力不足な息子を敵陣地に送りつけるのは、『外道』じゃなくて『無能』のやることだとは思うけどな」
無能の命令で自分より強いやつに立ち向かわなければならない無力な少年。
な? 酷だろ?
「……確かに。少なくとも賢いやり方ではないわ」
「だろ? 想定外のことがたくさん起きたことで、結果的に無意味って言うのはよくあることだ。それにしたって、どこまで正確な情報を手に入れることができるかって話だからな。大した情報も集めず、嫡男を送るだけ。それが作戦と言えるなら、苦労はしない」
まあ、だからこそ。
ミゼラスとか、ユーシスとか、そのあたりの『原作未登場キャラ』は、序盤には出てきてほしくないと思ってるわけなんだが……叶わないね全く。