レクトと補助スキルとエレナの感激
エレナのルックスとスタイルは完成していると言える。
どれくらいの完成度かと言うと、俺の後ろで歩いているエレナに、道を通る際に見える人間全てが振り向いて、その姿を目に焼き付けようとしているほどだ。
周囲の人間は鏡である。とはよくいったものだ……言うよね?
とまぁ、そんなエレナを連れて、俺は『レジェニウム・パレス』のギルドホームに帰ってきた。
「……一応言っておくけど、私、このギルドには入らないわよ? なんか、あなたが私を連れてきた。みたいな視線を向けられるんだけど」
「俺が言うのもなんだが、君にこのギルドは似合わんよ」
「そう……なんか意外ね」
「そうか?まあなんでもいいが……魑魅魍魎の巣窟の厄介ごとに巻き込まれるのはいやだろ」
「確かに勘弁ね」
マジで利権の絡み具合が凄いことになっているのだ。
この町には『巨大なダンジョン』が中央に存在し、そのダンジョンのモンスターは倒すと魔石というエネルギーに使える物質が手に入るので、安定して需要があるそれを確保するというのが、この町の大きな役割である。
……で、千人レベルでレクトの補助チートの恩恵を受けてきたこの『レジェニウム・パレス』の魔石の確保は、質と量、ともにこの町で最大規模となっており、『アークフォルテ王国』全体で見ても高い供給力を示している。
エネルギー資源の大量供給という言葉には絶大な利権がくっついており、辺境伯としてコネクションを広げた結果、高位貴族も結構いるのだ。
侯爵家の嫡男というレベルのやつが二人いるし、他にも伯爵クラスがちらほら……といったもので、まさに魑魅魍魎の巣窟と化している。
「この町のダンジョンは規模が大きいからな。特に、利権云々の話はここでするなよ」
……まあ、巨大ダンジョンに関しては、『千人レベルで挑めて、日帰り可能で、なおかつ浅い場所でも資源が大量に高頻度で確保できる』という設定を満たすために出てきたような便利環境ともいえるが、それはメタ的な発言でしかないので置いておこうか。
一回ロビーのカウンターにいる嬢ちゃんをビビらせながら、レクトに連絡して俺の執務室に呼ぶように伝えておく。
「……」
「……何だ?」
受付嬢に命令してからエレナさんの視線が冷たいです。
「そんな雰囲気をいつも纏っているなんてね。私を相手にするときなら、私の雰囲気に吞まれないためって思ってたけど、あなた、いつもそんな感じなの?」
「ギフトの弊害。という点では君と同じだ」
「……そう、それは悪かったわね」
エレナが持つギフト。『紫電轟雷』
圧倒的な『雷属性』を扱える半面、油断すれば自滅の危険性すらある『暴走ギフト』とも呼べるものだ。
エレナが持つ実力という点において、そのすべてを構築するに至る性能を持つものの、彼女が抱えている問題の通り、まだ『制御』に至っていない。
それゆえに体内を爆弾を抱えているという弊害があるわけだが、『制御が効かない』という点では、俺も同じだ。
『永遠威圧』は、その永続性と、威圧の強度を上げる性能に関しては高いが、下げられる強さには限度があり、そして解除することができない。
ギフトゆえに弊害を抱えているというのは、お互いに同じことだ。
と思ったら、ノックの音が響いた。
「……レクトか?」
『はっ、はい。レクトです』
「入ってくれ」
呼ぶと、レクトが部屋に入ってきた。
俺の永遠威圧に耐えるためか、少し構えた様子で入ってきたようだが、傍の椅子で足を組んで座っているエレナを見て、その顔が驚愕に染まる。
「か……『神成権化』のエレナさん!?」
「私のこと知ってるんだ……ところで、この子が、私をどうにかできる人ってこと?」
「そういうことだ」
エレナは訝し気にレクトを見る。
どこからどう見ても、強そうには見えない。
まあ、原作の描写からしても、確かに強くはないのだが。ついでに言えば、覇気もないし。
「え、あ、あの……どういうことですか?」
「雷属性を制御するための補助魔法を、エレナに付与してほしい。そんなところだ」
「……え、あ、そ、そうですか……」
おどおどした雰囲気が崩れないのは、思ったよりも『緊張』が理由ではなさそうだが……。
「ねえ、本当にこの子にできるの?」
エレナが信用なさそうという雰囲気を隠しもせずに俺の方を見てくるが、出来るだろ多分。
「まあ、試しにやってみればいい。すぐにわかる。レクト、やってみろ」
「は、はい!」
レクトがエレナの傍に行った。
そして、何か……多分魔法具だろうが、手で握ると隠れる程度の大きさのそれを構えて、付与魔法を発動する。
レクトは魔力量がゼロのため、握っている魔法具に保存された魔力が消費され、光りだした。
『魔力制御・S』『魔力神経制御・S』『雷属性制御・S』
『魔力安定・S』『魔力神経安定・S』『雷属性安定・S』
『魔力伝達強化・S』『魔力操作適正化・S』
『雷器官強化・S』『無意識制御・S』
十個……それも、Sを頂点とし、その下にAからFにランク分けされている中で、最高位。
それらが、エレナに完全に適正とされた変数が入力された上で、付与される。
「なっ……何、これ……」
通常、付与魔法というのは本人に永続的に残らない。だからこそ、毎日毎日、レクトは剣に付与魔法をかけまくっているわけだ。
ただし、ギフトは、自分に関わる『メリットのある状態』を保持する性質がある。
言い換えれば、保持するほど『定着度が高い』ということだ。
おそらく、エレナ自身はその力を完璧に把握できたことだろう。
『紫電轟雷』に対して定着しているため、永続的に補助の恩恵を受けられるのは雷属性のみで、ソロ活動のため習得しているであろう回復魔法などは明日からは補助が効かないが、正直、『紫電轟雷』の完全制御が可能となった場合、回復魔法が必要なのかどうかすら疑わしいくらいだ。
「す、すごい! すごいわ!」
感激した様子のエレナが、自分の胸にレクトを抱きしめる。
「むぐっ!? んんんっ!」
Fはある大きな胸に埋もれて苦しそうにし始めるレクト。
「こんなに、こんなにすごい補助魔法が使えるなんて! とんでもない魔法具を使いこなすその実力! あなた最高よ!」
感激しているエレナは暴走状態だ。
……とはいえ、仕方のないことなのかもしれない。
『紫電轟雷』の暴走性能はとても高い。ギフトが発言した五歳当時、雷属性の制御ができなかったエレナは他人に寄り添うということができなかったはず。
裕福な家庭に産まれてはいたが、家族の体に触れることも、一緒に寝ることも出来ない。風呂など論外だ。
そしてそれは、今も克服できたわけではない。
電気を通しにくい素材で作られたグローブを身に着けているので、手と手が触れ合う程度なら問題はないが、抱き合うなどというのは言語道断。
そんな状態から解放されて、しかも自分を救ってくれた人間が、童顔で小柄で保護欲を刺激する少年ともなれば、感激だってたまっていたものが爆発しても不思議ではない。
ただ……このままだと話が進まないか。
「まったく……っ!」
少しだけ威圧を強く、そしてエレナだけに向ける。
「!」
エレナはそれを感じ取って、その裏にある『その辺にしておけ』という意図を読み取ったようで、レクトから離れた。
「さて……レクト。君に仕事を頼む」
「えっ……し、仕事ですか?」
「ああ。この中に必要なアイテムと指令書が入っている。済ませておいてくれ」
支部で受け取ったカードの束を入れた鞄をレクトに渡す。
「わ、わかりました!」
鞄を受け取ったレクトは、そのままエレナに軽くお辞儀をして、部屋から出ていった。
「レクトって言ってたわね……ねえ、あの子頂戴」
「誰がやるか」
原作では『栄光のギルドを作る』と言っていたエレナだ。
レクトほどの実力者を手に入れたいと考えても別に不思議なことは何もない。
が、彼がこのギルドからいなくなると、正直発狂では済まないからな。
「そう……それなら……」
エレナはとても……とても楽しそうな目をしつつ、宣言した。
「私、このギルドに入るわ。派閥争いに勝って、私ができることを、全部できるように作り替えるのよ。どう?」
「……」
まさか、『ギルドを乗っ取らせてもらうけど、とりあえず所属させてもらっていい?』と聞いてくるとは思っていなかった。
ただ、エレナの目的が、『最強の冒険者になる』というのであれば、最高の人材であるレクトを何としてでも引き抜こうとしただろう。
しかし、彼女の目的は『栄光のギルドを作る』ことである。
自分の力で一から作るのなら、長い道のりだが達成できるだけのポテンシャルはあると俺も思う。
ただ、『レジェニウム・パレス』だって、『栄光』と呼べるほどの功績はないが、その組織力は圧倒的だ。
何か、『栄光のギルドを作った後』に対して何らかのビジョンがあるように見えるエレナにとって、このギルドを自分好みに作り替えることができれば、結果的に目的は達成できる。ということなのだろう。
「それは結局のところ、レクトを自分の派閥に組み込むということか?」
「そうね。それが一番よ」
なるほど、組織力は高いし、利用したいだろうが、『最大の優先事項』ではないらしい。
あくまでも目的はレクトか。
「……はぁ、それなら、まだ君は何もしない方が良い」
「え?」
「このギルドの方針を決める『運営委員会』の中で、レクトを追放しようという動きがある。レクトが欲しいのなら、何もせず、追放されるのを待てばいい」
「……え?」
「もちろん、レクトがいなくなれば、このギルドは破滅だ。ギルド周辺で専門店が軒を連ねるようになったが、彼がいなくなった後の穴を埋めることなんて到底出来はしない。それを、俺を含めた極少数しか理解していないからな」
運営には関わらない純粋な戦闘序列である『ゴールデン・テンス』の中には、レクトの実力を理解している者はいる。
そのほか、貴族に関わらず、戦闘だけでギルドに貢献している者の中には、気が付いているものも多いだろう。
ただ、貴族ばかりで固められた運営委員会は、どいつもこいつも理解していないのだ。
原作では、『理解している連中』は、レクトが追放してギルドがガタガタになると、さっさと辞めてそれぞれでパーティーを組んで行動し始めていた。そりゃそうだろう。
「……正気なの?」
「……俺が知るか」
正気かどうかはともかく、追放したら悪夢が現実になるのは確かだ。
「ふーん……なら、なおさらこのギルドに入るわ」
楽しそうな表情なのは変わらない。
ただ……この『レジェニウム・パレス』という環境が、引っ掻きまわせばとても面白い構造をしていることは自覚しているし、いたずら好きの小娘にとっては魅力的であるということも、自明の理か。