用事を済ませて、原作のヒロインに会いに行く。
ギルマスの執務室で散々唸りまくった後、俺は外出していた。
向かう先は冒険者ギルド支部だ。
……ちょっとごっちゃになっている人もいるだろうから説明させてもらうが、『冒険者ギルド』は、『本部』『支部』『個人』の三形態に分かれている。
基本的にソロやパーティー単位でのみ活動している冒険者というのは、世界各地に存在する『支部』で扱われるクエストを受注し、取り組んでいる。
『個人ギルド』というのは、凄く大雑把に言えば、本部や支部などの『公式』に許可を取って運営しているだけの『非公式』というものである。
同じ『ギルド』という名前にしているからごちゃごちゃしているが、ぶっちゃけ『大規模パーティー』という認識で構わない。
「はぁ、でっかいな……」
……冒険者ギルド支部。いつ来てもでかいな。
Sランクギルドのギルドマスターということで、受付の嬢ちゃんたちを『永遠威圧』でビビらせながら建物の中に入っていく。ごめんね。
で、支部長が待っているはずの応接室に行く。
ノックをして、返事を聞いて中に入る。
まあ、普通に木で作られた調度品が並ぶ部屋だ。
「お待ちしておりました。ズート様」
下座のソファで待っていたのは、四十代半ばと思われる中肉中背の男性だ。
「ああ。注文していたものはできたか?」
「はい。こちらに用意しております」
上座に座った俺に対して、支部長は机の下から取り出す。
二百枚の束になったカードが五つ用意されている。
「新しい全員分のギルドカードになります」
「ああ。再発行の代金はこれで」
ポケットの財布から、百枚束になっている紙幣を出して机に置く。
紙幣の左上には『10000』と記載されている。
「せ……請求書には十万ドーラと記載したはずですが……」
「まあそういうな。単なる寄付だ。これで職員のボーナスでも増やしておけ」
「い、いいのですか?」
「構わん。それとも、俺の厚意が受け取れないとでも?」
ちょっと威圧を強くする。
「ヒッ……あ、ありがとうございます!」
一万ドーラ紙幣百枚を受け取る支部長。
原作では支部全体が薄給だって書かれてたからな。これで良いものを食べてくれ。
「俺はこれで失礼する。今日はすることが多いからな」
「は、はい……」
持ってきた鞄にカードの束を突っ込む。
それを持ちあげて、軽く礼をして、応接室を出ていった。
で、受付を通り過ぎる時に、また受付の嬢ちゃんをビビらせつつ、ギルド支部を後にする。
「……解除できないのウザすぎる」
いやもう本当ね。これがあるだけで凄く面倒。
しかも、これって『目から』とかじゃなくてほぼ全身から放たれてるから、隠れて行動することができないんだよなぁ……。
……マジで面倒だ。
★
ギルド支部を出た後に向かうのは、ポーションショップだ。
その名の通り、ポーションを取り扱っている店である。
店の規模は小さいが、要するにポーションの作成と販売が店で完結しているということである。
向かう一番の理由は、ポーションを買うためではない。
まあ、冷やかしをするつもりはないので、高級品をいくつか購入する予定ではあるが。
「そろそろいるはずだがな……」
角を曲がって、ポーションショップがある街道に出る。
……いた。
ポーションショップを見つけて、中を軽くのぞき込んで内容をざっくり確認しようとしている少女。この少女が、今回俺がここに来た目的だ。
「……誰?」
自分に対する視線。そして、俺の内側から溢れる『永遠威圧』を感じ取ったのだろう。少女が振り返る。
……噂以上の少女。というのが正直な感想だ。
長く、艶と光沢溢れる金髪を背中が隠れるほど伸ばしており、その顔立ちは、かわいらしさと美しさがちょうどいいバランスとなっている。
芯の通った強さを感じさせる瞳も良い。
全身を包むノースリーブ、ミニスカート、ニーソックスは、白を基調とし、黄色の刺繍や金色の装飾品で飾られている。
おそらくFはある胸部に細い腰と尻。まあ、ボンキュッボンならぬ、ボンキュッキュッといったところか。
小さな鞄を左肩にかけて、左腰に剣を装備しているそれは、原作、そしてこの世界で集められる彼女の情報通りの姿である。
「俺はズート・プレシャーだ」
「プレシャー伯爵家の当主……噂とは違う雰囲気ね」
噂……というのは、一週間よりも前、前世の記憶を取り戻す以前の俺のことだろう。
今の俺も、傲慢な雰囲気を隠しはしないが、以前の俺がこの少女を見つけたら、第一声は『おい、お前、俺の部下になれ』だろうし。
「そうか?で……Sランク冒険者。『神成権化』の異名を持つエレナさんが、ポーションショップにどういう要件で?」
「あなたには関係ないわ。そもそも、冒険者がポーションを求めるのは当然のことよ」
「確かに」
いやー。ここまでこんな美少女を相手に、スラスラと会話が続くとは。
ズート・プレシャーが生来持ち合わせている厚顔無恥は、前世という情報が20年分入ってこようと消滅するようなものではない。
むしろ、前世では彼女一人すら作れないようなヘタレポンコツなのだから、それとくらべれば、ズート・プレシャーという男は強いのだ。
『理性の上書き』はあっても、『生来の人格』はズートのままであり、普通に話せる。
「さっさと本題に入って。時間の無駄」
「うーん。どういえばいいかな……『君の体が抱えている爆弾をどうにかできる男を知っている』……といえばわかるか?」
「!?」
エレナの顔が驚愕に染まったが、当然のことだろう。
エレナの圧倒的な才能は他人の追随を許さないほどで、冒険者をはじめて二か月で最高位であるSランク冒険者になるという、異例の経歴の持ち主だ。
ただ、人々は、エレナの才能が、自らの身を滅ぼしかねないモノであるということを知らない。
それを悟らせるようなこともしなかったし、誰にも知られていないはずなのだ。
「……なるほど。観察眼は認めるわ。案内してくれる?」
「いいだろう。どうにかできる男っていうのは俺のギルドメンバーだ。本部にいるからついてきてくれ」
俺がエレナに背を向ける歩き出すと、彼女も歩いてくる。
「……ところで、あなたはここに何をしに来たの?」
「ん?」
「ズート・プレシャーは、社交界を渡る歩くばかりで、前線には出ないと聞いているわ。ポーションを購入するなんて、それこそギルドマスターがするような仕事じゃない。あなたの方こそ、なぜこのような場所にいたのかしら?」
「……」
ど、どうしよう。
全然考えてなかった。
エレナがこの時間帯にこのあたりにいるっていう事前知識だけで動いてしまった!
完全にガバである。どうすれば……よし、誤魔化すか。
「単なる散歩だ」
「さ、散歩?」
「ああ」
「そんな重そうな鞄を背負って、散歩なんてするものなの?」
ちらっと、ギルドメンバー全員のカードが入ったカバンを見下ろす。
エレナの観察眼なら、俺の重心だけで、このかばんが重いことくらいわかるのだろう。
だって実際に重いからな。他にも色々入ってるし。
「逆に聞くが、全世界の人間が重いものを持たずに散歩しないと言い切れるか?」
「そうは言わないけど、じゃああなたは今までに重いものを持って散歩したことがあるの?」
あるわけねえだろうが!
「はぁ、無駄な追及はするな」
めんどくさくなった時は、今やっているやり取りの価値を下げる。
どうでもいいことだということにしてしまえば、大体どうにかなるのだ!
「もしかして、私がこの店に来るって知ってたの?」
どうにかなってくれなかった。
「何故そう思う?」
「あなたは私が抱えている問題を理解してる。それなら、ポーションを扱ってる店に寄るのは想定できるわ。私は昨日この町に来たばかりだけど、その情報さえつかんでいれば、とりあえず町のポーションショップに寄ることくらいは当然の予想よ」
……。
…………。
最初から『君目当てだ』って言えばよかった!
チキショウメエエエエエエエエ!
「どうかしら、当たらずとも遠からずといったところでしょう」
「……そういうことにしておけ」
結論。俺よりもこの子の方が賢い。