【レクトSIDE】僕は、要らない子になったんだ
「おーいレクト! これ片付けとけよ!」
「は、はい! 明日までに磨き上げておきます!」
はぁ。またか。
僕は、目の前で『回収穴』に次々と放り込まれる『鉄の剣』や『革の鎧』……冒険者の中では最底辺とは言わないけど、それでも量産品と言えるそれらを見て、気分が下がっていくのを感じた。
僕が『整理整頓』の魔法を、『この穴の先にある部屋』に使ってるから、送られると同時に、縦置きラックや鎧用のマネキンに移動するようになってるけど……全員分はやっぱり多い。
「レクト! 晩飯は!」
「バイキング形式で並べてます! ご自由にとって、食べてください!」
厨房には僕以外の人はいないし、料理を運ぶ人はいない。
僕一人では運びきれない量だから、先輩たちが自分で盛り付けられるように、カレーやシチュー、他にもバイキング形式で様々なものを食べられるようにしている。
最初は一人一人……千人全員の好みを把握して、プレート一枚で全員が満足できるようにって準備してたんだ。
だけど、運ぶ人が全然間に合わないし、そもそも順番通りに先輩たちも飲食スペースに来るわけじゃないから、取りにくいんだよね。
配慮が足りないって叱られたから、今はバイキング形式にしてるんだ。
「レクト。ギルマスが呼んでるぜ」
「えっ!? ぎ、ギルドマスターが!?」
えっ……な、何か悪いことしたかな……。
今日のノルマは……一つ目に、メンバー全員に適したクエストを『支部』から持ってくること。二つ目に、食材ギルドと一か月分の交渉。三つ目に、ポーション部のための薬草を周囲の草原から持ってくること。
あと四十個くらいあるけど、全部仕上げてるはず。
「おい、早くいけよ」
「す、すみません……」
「チッ。これだからスラム出身の貧民は……」
先輩が悪態をつきながら離れていく。
……ここで止まってても仕方がない。何を言われるんだろうなぁ。
「……はぁ、まだ『配慮』の部分が終わってないし、早く話を終わらせて取り掛からないと。『睡眠後回し』と『スキル債務棒引き』のスキルがあるから寝る必要はないけど、時間が減るから話が長くなることは避けたい」
僕はギルドマスターの執務室に向かって歩く。
道中、先輩たち……時々後輩にも会うけど、皆、僕への視線は一貫してる。
何か言って通り過ぎる人がほとんどだけど……。
「おっ、レクトじゃねえか。ギルマスに呼ばれてんのか?」
……来た。
茶髪をなびかせながら、こっちに歩いてくる。
僕たちが所属するギルド、『レジェニウム・パレス』中で、戦闘力トップの十人、『ゴールデン・テンス』の序列九位。
僕と同い年で、同じスラム出身なんだけど、『炎の聖剣』に選ばれたことで貴族になったんだ。
「ミゼラス君……」
「はぁ? ミゼラス様だろうが!」
お腹に強い衝撃。
その次の瞬間に、何かを割る音と共に、背中に激痛。
「がっ……ぐぅっ……」
目がチカチカする。
数秒後に、足を上げたミゼラス君を見て、僕が蹴り飛ばされたんだってことと、壺を割りながら壁に激突したことを理解する。
「ふざけんじゃねえぞ! スラムにいた時とは違う! 俺様は貴族になったんだ。お前は、このギルドにいるってだけで、何の役職もねえカスでしかねえんだよ!」
「ごほっ!……はぁ。も、申し訳ございません。ミゼラス様……」
両手を床につけて、額を床にあてて、僕は謝る。
そうだ、あのころとは、もう違うんだ。
彼は強くなったけど、僕は、何も……。
「……チッ、まあいいや。最近、運営側の貴族連中の間で、テメエを追放するって話が出てんだよ」
「えっ……」
「もしかしたら、ギルマスから今日言われるんじゃね? ハッハッハ!」
笑いながら、ミゼラス君は歩いていった。
角を曲がって、すぐに見えなくなる。
「ぼ、僕がこのギルドから……追放? そ、そんなわけ……っ!」
僕は居ても立っても居られなくなって、ギルドマスターの執務室に向かって走り出した。
長い廊下を走り抜けて、時折怪訝な表情を向けてくる人を無視し、ギルドマスターの部屋の前についた。
ノックをする前に……僕は、構える。
ギルドマスターの風格は圧倒的で、ちょっと凄むだけで、絶大な威圧感を発揮する。
そんな人の前に立つんだから、何の気構えもなしなんて、無謀だ。
僕は、意を決してノックする。
『……レクトか?』
「っ……」
部屋の中から聞こえる声。
それだけで、僕の背筋が凍る。
たった一言、『名前を呼ばれた』というだけで、恐怖すら抱かせる存在。
わかってはいたけど……。
「は……はいっ。レクトです」
『入りなさい』
許可をもらって、中に入る。
執務室は、壁いっぱいに本棚が並べられて、机には大量の書類が置かれている。
あ、あれ……一週間前に入った時は、遠方から取り寄せたらしい美食が並べられてたのに、質実剛健っていうか……。
「レクト」
「んうっ……は、はい」
ギルドマスターの声で僕は全身に氷水をかけられたようになる。
改めて、目の前で座る人物を目に焼き付ける。
いや、焼きつけさせられるという表現が正しいかもしれない。
短い黒髪は、毛先が赤く、赤いメッシュも入っていて、内側にあるグツグツとした感情を表しているかのよう。
座っていても分かる、百八十センチには達しているであろう高い身長に加えて、鋭い眼光を宿す端正な顔立ち。
この人が、『ゴールデン・テンス』の序列一位にして、世界に三つしかないSランクギルド『レジェニウム・パレス』のギルドマスター、ズート様。
一か月前に、ズート様のお父様であるプレシャー辺境伯の当主が亡くなって、正式に家督を継ぐこととなった男だ。
二十代半ばらしいけど、そんな若さで、この圧迫感。
僕の十歳上だけど、十年後、僕はこれほど風格のある人間になれる気が微塵もしない。
「少し、聞きたいことがあって呼ばせてもらった」
「き、聞きたいこと、ですか?」
「ああ」
ズート様が僕に視線を向けた。
「君がこのギルドに来て三年といったところだが……このギルドをどう思う?」
「え……」
ど、どう思うって……。
な、なんて答えたらいいんだ。
ここで返答を間違えたら、追放されちゃう!
そんなことになったら――
「そう深く考える必要はない。君はこのギルドで幅広い活動をしている。そんな君の意見を聞いておきたいと思っただけだ」
ズート様はそういうけど……だったら、こんな場所に呼び出す意味なんてない。
忙しい人なんだ。アンケート用紙を用意して僕に渡すくらいで十分。
だけど、こうして呼ばれたってことは、何か『重要な判断』をするためだ。
「す……素晴らしいギルドだと思います!」
「ほ、ほう……」
「ギルドメンバー全員が、日々、多くの利益を出して、このギルドに貢献しています。前ギルドメンバーが、最大のパフォーマンスを発揮するギルドなんて、僕は知りません」
通常、どんなに良いパフォーマンスを発揮しても、全員が全員、毎日毎日、利益を出すなんて無理だ。
それを為せるだけの力が、このギルドにある。
「三年前、僕が入ってきたときはCランクだったこのギルドが、たった一年でSランクギルドに昇格。『個人』なら、『個人の才能』ですけど、『ギルドランク』ともなれば、その総合力で判断されます。Sランクギルドというのは、『総合力が最強』と同義です」
そう、だから、このギルドは……。
「『最高の組織』そのものだと。僕は思います」
僕の意見を聞いたズート様は……あ、頭を抱えた!?
「……なんか、『頭痛が痛い』の意味が分かった気がするが……まあいい。次の質問だ」
「は、はい!」
「君が『最高の組織』と呼ぶこのギルドだが……その最大の功労者は、誰だと思う?」
「それはもちろん、ズート様です! 日々、社交界を渡り歩いて作り上げたコネクションは、人と人を繋げます。そうしてつながった優秀な人材がこのギルドに集まったからこそ、このギルドはSランクになれた。よって、ズート様が、このギルドの最大の功労者なのです!」
当然じゃないか。
僕は、多くの社交界を渡り歩くなんて、そんなことはできない。
それができるギルドマスターは、凄い人なんだ!
僕なんか、全然……。
「……なるほど、『胃潰瘍に穴が開いた感じ』がするが……おいておこうか。最後の質問だ」
「は、はい!」
集中しろ。集中するんだ。
この質問に対する返答を間違えたら、僕はこのギルドを追い出される!
「どんなに素晴らしい剣であっても、手入れをしなければ鋭さを保てない。それと同じで、どれほど優秀な人材も、環境が整っていなければ摩耗するだろう。このギルドはなぜ、全員が、最高のパフォーマンスを発揮していると思う?」
全員が……最高のパフォーマンスを発揮している理由?
そんなの決まってるじゃないか!
「ズート様のコネクションの結果です。優秀な人材が集まるこのギルドを支援するため、数多くの職人や商人、研究者が集まっています。最高の組織を支えるために、このギルドホームの傍には、たくさんの質の高い専門店が軒を連ねています。だからこそ、最高のパフォーマンスを発揮できるのです!」
……どうだっ!
「……なるほど、聞きたいことは以上だ。業務に戻るといい」
「は、はいっ!」
僕はズート様から背を向ける寸前。ある物が目に入った。
僕がいるところからズート様の机まで、六メートル。
その上に置かれている一枚の紙……はっきりと小さい文字で、『雑用業務外注書』と書かれてるんだ!
「……どうした?」
「あ、いえ、す、すみませんっ! 失礼します!」
僕はズート様から逃げるように、部屋を飛び出した。
そして、頭の中でグルグルと今日の出来事が巡り始める。
ミゼラス君は、一週間前から、僕を追放するという話が、ギルド運営側の中で挙がっていると言っていた。
一週間前には美食で満たされた部屋から、無駄がなく、実用的で、まさに質実剛健と言えるものに変わった、ギルドマスターの部屋。
『雑用業務外注書』と記載された紙。
一週間前、ギルドマスターに『何か』が起こって……一気に『方針』を変えるつもりなんだ!
ここから導き出される答えは、たった一つ。
「ぼ、僕は……僕は、要らない子になったんだ……う、うわああああああああああああああっ!」
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