婚約者の悪役令嬢がなんだか小動物すぎて庇護欲を覚える件について
「ふんっ!本当に失礼な方ね、私に何か言うべきなのではなくて?」
ホールに響く透明感のある凛と透き通った美声の持ち主である少女が、何やらその綺麗で整った容姿には見合わない行動をとっていた。
さらには彼女と周りにいる取り巻きが目の前にいる生徒と何事か揉めているようである。
ざわざわと人々が遠巻きながら集まってきているのを俺、グランは物陰から確認する。
なぜ物陰からなのかは単に趣味としか言いようがない。
だが観察対象は誰でもいいわけではないのでそこは誤解しないで欲しい。俺は変人ではない。
「そうよ!あんたみたいな下等な人間がフラン様と同じ空間にいること自体があり得ないことだといい加減思い知りなさい!」
「あらまぁ汚らしい姿だこと。一体どうしたらそんなに下品な姿で出歩けるのかしらね!おほほほほ」
うーん、なんでそう取り巻きさんたちは盛り上げようとするのだろうねぇ。
これ以上話が広がるとそろそろ風紀委員が取り締まらなくてはいけないレベルになってしまうんだがなぁ・・・。
「っ!貴女、なんで俯いたままなんですの?私は急いでいるのです。さっさと返事を返しなさい!この・・・っ!!」
返事の遅さに耐えかねた令嬢が己の手を上げ、目の前の女子生徒に向かって振り下ろそうとしていることに、この後の事を考えている俺は気が付くのが少し遅れてしまった。
ッ!静観しすぎた!間に合え・・・!!
パシンッ!!と、やってくるであろう痛々しい展開に多くの者が目を背けたが、その場には音が響き渡ることはなかった。その違和感を確かめるべく顔を上げた生徒達からは、歓声と安堵の声が。
「「グラン風紀委員長!!」」
そこには振り下ろそうとするフランの手をそっと、しかし強く握りしめたグランがいた。
両者の間に立ち令嬢の手を握りしめる様子は、それまでの現場を何も知らない人が見れば感動的なロマンスのワンシーンだと勘違いしそうなほどだった。
フランから悪意と力が抜けたことを確認した俺は、今だ繋いだままの手をフランの胸元まで下げた。
そして逃げられないようにお互いの身体の距離を近づけてこう尋ねる。
「フラン、手をあげていったいどうしたんだい?サンルームでお茶を飲むと約束していたのになかなか来ないから探していたよ?
・・・それに、この手は俺と繋ぐためのものだと前も言ったじゃないか。忘れたのかい?」
後半のセリフは手を包み込むように優しく触れながら彼女の耳元で囁くように言ったので他の者には聞こえていないはずだ。
甘いセリフは当人にだけ伝われば良い、うん。
傍から見ればただ仲介しただけに見えるだろう。
加害者であろうと被害者であろうと平等に接する、誰にでも優しい風紀委員長グランが俺の代名詞らしい。
「う、うるさいですわ!当人同士の揉め事に割り込んでくる必要なんてないでしょう?!
・・・っ!どなたかのせいで私気分が優れませんのでこのあたりで失礼させていただきますわ」
フランは自分の表情を隠すようにうつむいてはいるが、耳やうなじが赤く染まっているのはこちらからは丸見えなので今どんな表情をしているかは予想にたやすい。
「ふーん・・・?まぁいいですよ。ご気分が落ち着いたころに事情を聴きに伺いますので。
・・・おや?まだなにか?」
「あの、手を・・・その、放してください・・・」
少し困った顔で上目遣いにお願いしてくるその姿に俺はーーー・・・
ッ!身体が前のめりになるのを何とかこらえ、ゆっくりと握られた手から力を抜く。
ぷっくりとした可愛らしい頬を赤く染め、潤んだ瞳でキッとひと睨みを効かせお嬢様はそそくさとこの場から退場していった。
ギャラリーがざわざわしつつも普段の落ち着きを取り戻し始めた頃合いだろうか
「委員長!遅くなりました!」
同じ風紀委員の副委員長がやってきた。遅い、遅すぎるな。
「遅いぞ!!」
「え?ええ!?もっ申し訳ありません、ですがこの混雑でしたので人込みをかき分けて進むのに時間が―――」
「混雑の中にいたとなれば自ずと詳細は伝わってるだろう?なら後の始末は任せて大丈夫だよな?な?流石は副委員長だな!よし!俺は至急の用事があるのでここは任せるぞ。後ほど風紀委員室に行くのでその際に報告書を提出するように。よろしくお頼むぞ!」
「え?え、ちょどういう・・・」
副委員長には申し訳ないが仕方がない。急がないと間に合わなくなりそうなんだ。許せ!
ーーー
はぁ、はぁ、すぅーっ。
目的地である部屋の前まで来たところで息を整える。
そしてそーっと音を立てずにドアを隙間ほど、相手が気が付かない程度に開く。
するとそこには・・・。
「ふぅうんっひっくっ」
「お嬢様、落ち着いてください。」
「だ。だって、グラン様に・・・グラン様に迷惑をおかけしてしまったんですもの・・・ふ、ふえぇぇん」
「あぁ泣きすぎてお目めがもう真っ赤ではありませんか。それはそれで子ウサギのようで可愛らしいとは思いますが腫れてしまいますよ?それにヤツのことは気にする必要なんてございませんよ」
「ちょっとミリア!グラン様に対してそんな口の利き方は許さないんだからっ!」
「・・・はぁ。申し訳ございません。」
「まったく!昔からミリアはグラン様に対して礼儀がなっていないのだからっ!それに”ヤツ”なんて言っては失礼よ」
「まぁまぁ、そのあたりはあの方も別に気にされてはおりませんので。・・・それにあの方の名前を言うと途端にお嬢様の機嫌が悪くなるではありませんか」
「?!そ、そんなことない、もん・・・」
「嫉妬はほどほどにされては・・・」
「嫉妬じゃないものっ!婚約者なんだから当たり前のことなんだものっ!」
「それにしたって今日はなんでこんなについていないのかしら・・・。
せっかくのお茶会も先生に引き留められて遅れそうになるし、急いで向かっていたら急に飛び出してきたあの子とぶつかるし・・・。
さっさと解決しようと焦っていたら嫌なところをグラン様にお見せてしまったし・・・」
「おっちょこちょいな所がお嬢様の魅力ですよ。それと短絡的にカッとなるところもそれだけ早くお会いしたかったからでしょう?普段はあそこまで怒られないことはこのミリア、存じ上げておりますよ?
そしてふふふっお嬢様の詰めの甘さも・・・」
「それ褒めているようで実は褒めてないじゃない!私の良くないところじゃない!!ミリアのばか!」
「私はお嬢様の素直なところが大好きですよ。それとありがとうございます。」
「???いつも思うけどミリアちょっと変なところあるわよね」
「まぁそうでないとお嬢様の付き人は務まりませんからね」
「ねぇ。私のことさっきからばかにしてるわよね?付き人ってなんだっけって時々考えさせられるわ・・・。それを抜きにしてもミリアのばかばか!嫌いじゃないけどきらい!」
「ありがとうございます。ではお嬢様、涙が止んだことですしそろそろあの方がいらっしゃると思いますのでご支度をお願いいたします。私はお茶の用意をしてまいりますので。」
「わかったわ。ミリア、ありがとう。」
「こちらこそありがとうございます。こちらの冷やしたハンカチを目の腫れにお使いください。では失礼いたしますね。」
ーーー
その間この愛おしいやり取りを全て見ていた俺はというと
悶絶し、不自然な程度に前かがみになりながら鼻血を垂らしていたのであった。
そんな俺を部屋から出てきたミリアは吐しゃ物を見るような目で見てきた。
「はぁ、見られているのは分かりましたがお嬢様の悪評が広まりそうになるのを見過ごすのは関心致しませんねえ。外道ですか?」
「っは!フランがあまりにも可愛らしすぎるのがいけない。思わず動けなくなってしまう。」
「訂正いたします。外道に失礼でした。”元”婚約者になりたくないのであれば態度を改めることですね。」
「ふははっ!いつも君にはかなわないなあ!」
「それでないとお嬢様の付き人は務まりませんので。はい、早く部屋に入って差し上げてください。目の腫れも幾分かは落ち着いた頃合いかと。それと、新しいお茶を淹れてきますが決してお嬢様に不埒な姿や態度を見せないようお願いいたしますね。」
「俺の現在進行中の鼻血は無視か?」
「お嬢様の半径5mにいるうちは止める方が面倒ですので。」
「確かに。ではフランにリラックス効果のある茶をよろしく頼む。」
「勿論そのつもりでございます故ご安心くださいませ。それでは失礼いたします。」
本当にあの侍女には敵わない。
只の侍女には隠密や対人戦のスキルは必要がない。
そんな彼女が付き人として彼女に付いている訳、詳しくはプロでも全てを探る事は出来なかったが、
なんでも彼女が幼い頃から気が付いたら居た、という事らしい。
害がないからとご両親はボディーガードも兼用としているようだがヤツが本気になれば騎士団だって相手になるのではないだろうか?
まぁそんな侍女に命を狙われていないあたり、俺は最低限認められているということなのだろう。
さぁ、排除されぬよう愛する彼女のもとへ行くとしようか。
コココン
「っ!は、はい!どなたですの?ミリア?」
「俺だよ、フラン。入ってもいいかい?」
「ふぇっ?あ、あの私・・・あんなつもりじゃなくてそれに今はちょっと都合が悪いといいますか・・・」
「おや?さっきは気分が優れないと言っていたが今度は都合が悪くなってしまったのかい?
「え?ええっと・・・、はいあのそうなのです。ですので今日のところはお約束していたのに申し訳ありませんが延期とさせて・・・」
「それは大変だ。フラン医者に診てもらうべきか俺が確認しなくてはな。
何といっても風紀委員長なのだからね。権限を利用させてもらうよ?」
そして扉を開くとそこには天使が居た。
潤んだ瞳、赤く腫れて子ウサギのような庇護欲をそそられる姿。心細いのかクッションを抱えて顔を隠そうとしてはいるがクッションの陰からチラチラこちらを伺う圧倒的小動物感・・・っ!
少し見つめ過ぎたのだろうか、しかしじわじわと赤く染まっていく彼女の顔からは目が離せそうもない。
だが段々と彼女の顔色が赤から青へ・・・?どうしたんだ?見過ぎて引かれたか?
「あ!あのグラン様っ!大丈夫なのですか!?」
「ん?どうしたんだい?フラン?君こそもう落ち着いたかい?」
「私の事なんてどうでもいいのです!!グラン様のお顔から血がっ!!どこかお怪我をされていたのですか?それならそうと・・・いいえ何で私は気が付かなかったのでしょう婚約者失格ですわ。とにかくこちらへいらっしゃってお休みください!私は医者を呼んで参りますので安静になさっていてください!」
うん?血?何処も痛くもないし怪我もないが・・・?
考えるように手を顔に当てるとヌルっとした感触。
嗚呼成程そういうことか。
「ふふっフラン、僕の為に心配してくれているのかい?」
「そっ!こほん、そんなことを言っている場合ではないのです。安静にすべきなのです。と、とりあえず私のハンカチで応急処置をしてくださ・・・ってきゃああ!!出血がもっと酷く?!」
(フランのハンカチフランのハンカチ・・・)
「大丈夫さ。君のハンカチのおかげでじきに治まるだろう。」
「本当ですか?ならいいのですが念のため後でミリアにも相談させてくださいませ。」
「あぁいいよ。」
「・・・あの。」
「なんだい?」
「確かに安静にと申したのは私ですが何故私の膝をお使いに・・・?」
「ふふっこれが一番落ち着くからね。病にはストレスは厳禁だって言うじゃないか。」
「?まぁグラン様が仰るならそうなのでしょうけれども・・・その、膝から私を見上げるのは遠慮していただけませんか?」
「ん?何でだい?」
「は、恥ずかしいのです。このような見られ方はされたことがないのです・・・。」
「フランはこれは嫌?」
「いや、ではないのですが何だかこそばゆくて・・・」
「じゃあ慣れていこうか。俺たちはなんと言ったって「婚約者」なのだからね」
「フラン、返事は?俺は振られてしまうのかい?」
「うぅ・・・はい、分かりました。私の婚約者のグラン様・・・」
ーーー
その頃、部屋の前には
「はぁ、折角の紅茶が冷めてしまいましたね。また淹れなおさなくては・・・」
と呟く付き人の姿があったとか。
お読みいただきましてありがとうございました。
数年前に下書きに入れていたプロットを修正して書き上げたものとなっております。
当時はムーンライト用だったのですが、改めて読みますとグランさんの変態腹黒さフェチズム成分が大きかったため大幅にカットしこちらにて投稿させていただきます。
グレンはじれじれ攻略してないでさっさと溺愛の檻にフランを導いていけばいいと思うよ。
小説を投稿することが初めてとなりますので皆様のお声が聞けると有難く存じます。
改めましてありがとうございました。
(誤字の多さの為、編集をかけております。失礼致しました。)