93・巡らせる策謀(???side)
エールティアがシルケット王家の面々と食事をしている時――同じ国の違う場所で起こった出来事。
――
シルケット王家程ではないが、ケトフェシルの一画。上流階級が暮らすその場所には、それなりに立派な建物が存在した。
その一つ。月明かりすら打ち消す程の眩い明るさを放つ部屋には、数人の猫人族が別々の表情を浮かべていた。
「全く、国王陛下は何を考えているのにゃ……あんな蛮族の娘を可愛がるなんてなのにゃ」
その中でも呆れているような顔をしていた赤茶色の毛並みの猫人族が声を上げた。
それに呼応するように一人が『そうにゃそうにゃ!』と声を荒げる。他の猫人族が静観する中、彼らとは別の――青色の毛並みを持つ者が立ち上がった。
「仕方ありませんみゃ。我らが王の思考は、どうしても理解できないところがありますみゃ。それを理解しようとしても、難しいことですみゃ」
「しかしこれでは、【混血派】が喜ぶだけなのにゃー。僕達【純血派】にとっては、あまり面白くない事態ですのにゃー」
青色の猫人族の言葉に同意するように二人ほど頷き、周囲の反応を窺うように視線を這わせる。――
彼らの言う【混血派】というのは、王家に他種族の血が入ることに許容している派閥のことを指す。どんな王であれ、王族の血が確かに入っており、猫人族の為を思って政治を主導してくれるのであれば、それでいい……という派閥だ
その逆が【純血派】で、彼らはこの【純血派】の集まりだった。
「ルロス殿はどのようにお考えですかにゃ?」
先程声上げた赤茶色の猫人族――ルロス・クラシェルド侯爵は、考えるようにあごに指を当て、考え込むような仕草をしていた。
(どうするかにゃ。ここは攻めるか……それとも守るかにゃ)
ルロスは計算高い男で、常に一定の利益を求めて動いていまた。今間違えれば、自分に降りかかる被害も甚大になる。
周りの視線が自分に集まっていくのを感じながら、どう動くか決めあぐねていた。
「まず、今回訪れたティリアースの王族について話し合うのが先なのではないかにゃ? トラブルメイカーとまで呼ばれている女を追い払い、その責任を国王陛下にとってももらうのがベストだと思うにゃ」
「なるほど……。だけど、相手はあの国の王家の娘だみゃ。手を出したと知れれば――」
「トゥール卿。貴殿の失敗を恐れるのは美徳だにゃ。ならばこそ、私達もそれを頭に入れて動かなければならないにゃ」
青色の猫人族――トゥール・エスカルティ侯爵があまり乗り気ではない反応を返すと、それを悟すようにルロスは語る。火中に手を入れなければ、掴めないものも存在すると。
「そこまで言うからには、具体的な計画は考えているのだろうみゃ?」
「簡単な話だにゃ。他国を経由して、暗殺者を雇うにゃ。私達の息が掛かっていない者を使えば、足取りを追うこともできないにゃ」
ルロスの言葉にここに集まった猫人族の大半が理解した。要はエールティアがシルケット王家の誰かといる間に暗殺者を襲わせ、巻き込んだことに対する責任を取らせればいいのだと。
「しかし、館にいる間に暗殺者が仕掛けてしまえば、こちらの責任問題に発展することになりかねませんにゃ」
「ならば館以外であれば、問題ないはずにゃ。私達に関係のない者を使って、その後は消すなり高飛びさせるなりすればいいのにゃ」
にやり、といやらしい笑みを浮かべるルロスに、少しずつ同調する猫人族が増えていく。
それもそうだ。自分達に被害が出ない上に、利益に繋がる可能性がある。それが理解できたのだから、そう思うのも当然の帰結だろう。
「ではまず、私達とは無縁の者であの方を狙う動機がある者を見つけ出し、暗殺者を雇う金を渡すのにゃ」
「それなら、竜人族にコンタクトを取ってみるみゃ。黒竜人族なら、少しは恨みを抱いている者もいるはずみゃ」
「それでは私はオラトリアに使者を送ってみますにゃ。……ちょうど良い人材がいたはずですにゃ。そこから当たってみますにゃ」
「わかってるとは思うけど、決して私達が介入している事実を知られないようにするにゃ」
ルロスは周囲の猫人族の貴族達をぐるり見回し、改めて確認を取った。
猫人族の国の王は、純粋な猫人族でなければならない。そんな考えの元、立ち上げられた【純血派】の一同は、しっかりとした面持ちで頷いていた。
……少し頭を冷やして考えれば、こんな事は上手くいく訳がない。そんな結論に達するはずなのだが、彼らは【混血派】との水面下での攻防に押し負けつつあった。
意図せずとも、ティリアースの姫と接点を作り、国に招くほどまでの交友をアピールしたリュネーや、中央――セントラルのドラグニカの王子と友好関係にあるリュネーの兄のおかげ(せい)で、徐々に純血主義が抑え込まれつつあったからだ。
起死回生の一撃。他国の暗殺者が猫人族の王族を巻き込むような形で、エールティアを排除してくれれば、まだ望みがある……。
そんな風に錯乱してしまった彼らを止める者は、誰もいなかった。