83・人質奪還大作戦②
朝食を食べ終わった私達は、オルトリアの街に出る事にした。悪党共から情報収集は終わった。後は動くだけ……という訳で、私達はまっすぐ高級宿街の方に歩いて行く。昨日の夕方に歩いてきたところまた歩く羽目になるとは思わなかったけど。
「ジュール、準備はいい?」
「問題ありません。いつでもいけます」
さっきの調子だと少し不安だったけれど……とりあえず、元の彼女に戻ったみたいだ。割り切ったのかもしれないけれど。
私達が向かっているのは『夢幻の泡沫亭』と呼ばれる宿屋だ。『夢や幻のように、泡沫のひと時をあなたに…….』がキャッチフレーズらしい。
夢幻の泡沫だなんて、本当に笑えてくる。そんな場所で人質を監禁してるんだから、とんだ悪夢に違いない。
「いらっしゃいませ。本日、部屋は満――」
「アズスに言われてやってきたの。ここに来れば、良いお金になるってね」
それだけ伝えると、受付の男は私を値踏みするような目で見てきた。
アズスっていうのは、私が『ナイトメア・トーチャー』で色々聞き出した悪魔族の男の事だ。あの男、色宿の嬢も斡旋していたのだ。
で、この『夢幻の泡沫亭』はその色宿としての側面と、普通の宿屋としての側面の両方を持ってる。ランジェスはそういう店を何軒か持っていて、アズスは適当な女を見繕ってここや違う色宿に送っているのだそうだ。
その時に具合がどうのこうのとかクズまっしぐらの内容を語り始めたから、問答無用で蹴り飛ばしてしまって、もう一回『ナイトメア・トーチャー』を掛け直したっけ。
「……良いだろう。二階の一番奥。左の部屋に入って待ってろ」
「一番奥の左の部屋ね。わかったわ」
私に対するものの言い方がなっていない、とでも言うかのようなジュールが爆発する前に、私は話を区切って二階に行く事にした。
二階に上がる最中、誰もいない事を見計らってため息をついた。
「ジュール。今のは彼が気がついてなかったから良かったけど、これから先はもう少し気を引き締めて」
「わかりました……」
私の叱咤に、ジュールはしゅんとしてしまった。本来ならここで励ましたりするのが正しいんだろうけど、あいにくここでそんな事をしている時間はない。
二階の一番奥の左の部屋は、中に入る。とりあえずどんな感じなのかとぱっと見回した。本来あるはずのベッドとかも少し殺風景な場所だけど、面接会場と割り切ってるからなのだろうか?
「……エールチィア様。どうしますか? 動くのなら――」
「今はまだ、待ちなさい。行動するのは彼らがやってきたあと」
ここで行動を起こしたって意味がない。せめて一人くらい情報源を押さえておかないとね。
しばらく待たされた私達は、扉が開く音ともにそちらの方に視線を向けた。
「お待たせしま――おや、貴女方は」
現れたのは昨日『踊る熊の花蜜亭』で会ったランジェスだった。
驚いた表情を浮かべたランジェスは、すぐさま冷静な仮面を取り繕った。わた――ジュールに向けていやらしい視線を向けているのがわかった。
対してこっちには、若干哀れみのような視線を向けてくるのだから思うところもある。
……まあ、私を聖黒族だと知らないからこそだろうけどね。
大方、黒髪の魔人族だとでも思われているのだろう。
元々聖黒族は数が少ないし、あまり外国にはいない。ティリアースでも王族と貴族にいるくらいで、平民にはあまりいなかったはず。
それくらい数の少ない種族だから、こういうところに来る事はまず有り得ない……というのがランジェスの判断なんだろう。スライム族や魔人族なんかはどこにでもいるしね。
「改めて自己紹介しましょう。私はランジェス・シーク。この『夢幻の泡沫亭』を始めとした幾多の宿を経営しております」
「これはどうも。わた――」
向こうにならって、私ももう一度自己紹介しようと思ったんだけど、それはランジェスが『結構です』とでも言わんばかりに片手を掲げた事で中断した。
「あのようなボロ小屋に泊まらなければならない程困窮されていらっしゃるのです。どうせ名前など覚えられませんので結構です」
鼻で笑ったランジェスに対して、ジュールが怒りの視線を向けかけて……なんとか床に目を伏せてそれを回避した。
気持ちはわかる。私だって些かむっときているのだから。
「そうですか。それで、お仕事の件なのですが……」
「もちろん。お二人とも歓迎いたします。色嬢は何人いても困りません。貴女のような、人形のように美しい少女などの青い果実が好みの者もいれば、そちらの方のように柔らかく食べごろな果実を貪る者もいますからね」
言い切れない事をはっきりと言う男だ。というか、私をじっくりと値踏みするような視線を向けて、ただで済むと思っているのだろうか?
自分の体にはなんら不満はないけれど……こういう視線は頭にくる。
この場じゃなかったら、文句を言って軽くこづいてるくらいだ。
なんにせよ、それなりに好印象なのは間違いない。せいぜい今のうちに油断して、言いたい事を言ってくれれば良い。必ず痛い目に遭わせてやる。




