72・送魂祭①
普段は綺麗な花のみが咲き誇る場所や、子供達の遊び場も、今は色んな屋台が並んでいる。この国の玉子焼きとか、あんこ餅とか……他の国では全く見られないと言ってもいい。
流石雪桜花という国だ。私の国にも建国祭や生誕祭なんて色んな祭りはあるけれど、こういう別世界にやってきたって感じはしなかった。
……まあ、それは私が他国の種族だから思う事なのかも知れないけど。
「で、まずはどうする? 適当に回るか? それとも遊ぶか?」
「んー……」
雪雨の言葉に思わず悩んでしまう。見たことのない屋台ばかりだからどこから行こうか決めきれない。
「……とりあえず、面白そうなところに案内して」
何処に行こうか迷いすぎた私は、結局雪雨に任せる事にした。『しょうがないなぁ』みたいな顔で一息吐いた彼は、少しの間きょろきょろして――
「お、あそこに行こうぜ」
一つの屋台を指差して歩き出した。なんだかんだ言って彼も楽しみだったようで、その足取りは軽く見える。
「ここは……?」
「いらっしゃい! ここは射的屋だよ!」
射的? 聞いた事のない言葉だけれど……変な筒の隣に、細く鋭いなにかが置かれてる。
「これはなぁ、セツキ王の時代よりもずっと昔に使われてた吹き矢って武器を模して造ったやつだ。ほら、あそこに的があるだろう?」
雪雨が指差した方に顔を向けると……それなりの大きさの的や小さな的があった。距離も近かったり遠かったりと様々。
「あれの中央の赤丸に当たれば、それに見合った景品が手に入るってわけだ」
「俺ん所の目玉は『食べ物屋台無料回数券』だ。五枚二組のやつで、合わせて十の屋台で使えるぜ」
なるほど。つまり雪雨はここで屋台の無料券を手に入れて、色んな屋台を制覇する訳だ。……別にお小遣いは持ってきてるからそこは構わないんだけど。
「よっし、まずは俺がするぜ!」
雪雨が店主の男性にお金を渡すと、貰った筒に円錐状の矢を込めて静かに構える。
「大丈夫?」
「ふふっ、俺を甘く見るなよ。この手の遊びはいくつも制覇してきたんだからな」
格好良く決めてるつもりみたいだけど、実際は遊び用の筒を握りしめて、的に向かって構えてるだけだ。なんとも締まらない。
「……頑張って」
「応!」
なんとも気まずい中、捻り出した言葉に意気揚々と頷いた雪雨は、獲物を狩るような目で集中しているようだった。
しばらくしてから鋭い音が聞こえて――的に突き刺さった。
「あー、惜しいね。少しズレてる」
「いや待てよ! ほんのちょっとだろ!?」
店主の男性と雪雨は何度か言い合って……結局、雪雨が荒れる形になってしまった。
……だけど、さっきの矢の挙動は少しおかしかった。確かに雪雨の矢はど真ん中に飛んでいってた。だけど……ほんのちょっとだけ左にズレてた気がする。
それから雪雨は一回、二回とやっても全く当たらない。しかも全部中央からほんの少しだけズレてる始末。確かに一番遠い的なんだけど……ここまで微妙に外すなんて考えられない。
「ちっ、なんで当たらないんだよ!」
とうとう苛々したのか、筒を握る手がすごく強くなっていく。これはまずい。
「雪雨。それ以上力入れたら折れるわよ」
「……わかってるよ」
何度やっても上手くいかない気持ちをぶつけようとした雪雨は、握ってた筒をゆっくりと台の上に置いてしまった。
やり場のない気持ちを堪えるように俯き、拳を強く握りしめるけれど、顔を上げて私の方を見た彼は、どこかさっぱりした表情をしていた。
「悪いな。結構大見得きってこの様でさ」
「……仇は取ってあげる」
雪雨の負けず嫌いさに若干呆れながら、今度は私が挑戦する事にした。
お金を渡して筒を貰うと……ほんの少しだけ魔力の反応を感じる。多分握ってこれが魔力を帯びた道具であると断定してないと分からない程度に微かな感じ。
多分魔道具の類なんだろうけど、こんなせこい手を使ってるなんてね。だったらこっちも――
「『キャンセルマジック』」
誰にも聞こえないよう、小声で魔導を発動させる。周囲の雑踏で掻き消されたそれは、魔力の宿るものの発動を拒否する効果を持つ魔導。
……まあ、『人造命具』やある程度の魔導になると意味のないものなんだけどね。発動後に一度だけ効果を及ぼす雑魚専用って感じの魔導だけど、この道具には十分に通用する代物だ。
しっかりと狙って矢を放つと、それはまっすぐ飛んでいって、一番遠くにある的の赤丸の中央に命中する。一切の難癖を認めないど真ん中。店主の男性も驚きながら目をパチパチさせて私と的を交互に見ていた。
「あ、れ……?」
「これで、なんの文句もない。でしょう?」
乾いた笑みを向けてくる店主に、思いっきり楽しそうな笑みを浮かべてあげる。しばらく何かを考えていたようだけど……諦めたようにがっくりと肩を落として券の束をくれた。
「はいよ。約束の品物だ」
「ありがとう」
にっこり笑って受け取ると、店主が小声で「一発で当てられたら儲けが……」とか愚痴を言ってるのが聞こえた。
その横で、火がついた様子の雪雨が私を見ていたから、こっそりこの筒の棚を明かしてあげる事にした。
それからすぐに雪雨も無料券を手にする事が出来て、思いっきり喜ぶ姿を見る事が出来て、思わず苦笑いしてしまった。