46・初めての契約
あまり必要ない知識を得て、なんとも言えない気分になった私は、魔法陣の中心にいるララスンと向かい合っていた。
「それでは、エールティア様。血をお願いします」
「血?」
「はい。血にはその人の情報と魔力が詰まっております。スライムの【契約】には必要不可欠でございます」
スーラは私にナイフを手渡してくれた。多分、これで指を少し切って血を与えて欲しい……って事なんだろう。
受け取った私は、ゆっくりとナイフで指を切ってララスンに向けて血を垂らす。ぽたぽたとララスンに血が落ちるたびに、身体を震えてた。魔法陣が薄い青に光りだしてるからかも知れない。
「後は魔力を流し込んで、彼女だけの名前を与えてください。それで【契約】は完了です」
スーラの言葉に私はゆっくり頷いたんだけど……ここで困った事態になってしまった。
スライム族との【契約】で名前を与える事は事前にお父様から教えてもらったんだけど、今まで何も思い浮かばなかった。
……そういえば、初代魔王様が【契約】したスライムは『青』の意味を持つ名前を与えられたって聞いた。だったら私は――
「貴女の名前は――『ジュール』」
ララスン――ジュールに新しい名前を授けた瞬間、薄かった光が少しずつ大きくなっていって……最終的に、目も開けられない程の眩さに包まれて、白以外の何も見えなくなってしまった……。
――
光が収まって、目に痛い白の世界が和らいでいく。やっと目が開けられるくらいに落ち着いて……最初に飛び込んできたのは、綺麗な赤い長髪の女の子だった。生まれたままの姿で座ってるけど、目を閉じてるところを見ると……眠ってるのかな? なんて思ってしまう。
「エールティア、さまぁ?」
私の気配を探してるのか、ぱっちりと目を開けたジュールは、私の事をじーっと見つめていた。目の方は透明感のある赤色の目で、髪とよく似あっていた……というより、いい加減何かを羽織らせないと!
「ララ――ジュール、これを着なさい」
お父様が用意してくれてた鞄の中身を引っ張り出して、メイド服を彼女に手渡した。執事服も入ってたけど……別に男装させる意味ないしね。
ジュールは初めて服を着るからか、どう着ていいのかわからない様子で眺めてたから、私が手伝う事にした。流石に何も着てない状態だったら恥ずかしいしね。ジュールの方も【契約】して今の姿になったからか、羞恥心が出てきたみたいだし、これならさっきみたいな微妙な空気にならずに済む。
「お父様、終わりました」
ジュールが新しい姿になった時から裸を見ないように顔を背けていたお父様は、改めてジュールの姿を見て満足そうに頷いてた。
「ほう、中々見目麗しい姿になったではないか。これならばエールティアの従者に相応しい」
「そ、それはありがとうございます」
おどおどしながらキリっとした表情を浮かべようとしてるけれど……穏やかというか、どこかのんびりしてる雰囲気を纏ってる。ララスンの頃とは話し方も変わってて、ちょっと安心した。人の姿であの話し方は媚びてるって思われても仕方がなかったしね。もじもじとしている姿が愛らしい気すらする。
「これで【契約】の儀は終わりました。ララスン……いいえ、ジュールでしたね。貴女のご主人様に誠心誠意尽くすのですよ」
「はい! スーラ様、今までお世話になりました!」
ぺこりと丁寧に頭を下げたジュールは本当に嬉しそうで……この顔が見れただけでもここまで来た甲斐があったというものだ。
「これからよろしくお願いしますね! エールティア様!」
「ええ。よろしくね」
二人で改めて挨拶をした後、私はふと気付いた事があった。
「そういえば……【契約】って一人にしか出来ないのかしら?」
「他の国ではどうか知りませんが、ティリアースでは初代魔王様にあやかって一人にしているそうです。その他にも複数のスライムと【契約】すると、最初のスライム以外は明らかに弱体化した……という書物が残っているからですね。私達も【契約】するのであればその御方の望む力を持った状態に変わりたいと思いますからね」
言われてなるほど……と納得した。それだけ主人想いの種族だという事を知れてよかった。
「でも、エールティア様でしたらもう一人くらいなんとか出来そうな気もしますけどね」
「ぜ、絶対駄目です!! エールティア様にお仕えするスライム族は、私一人で十分です!」
スーラが興味深そうに私を見ていると、ジュールがそれを慌てて否定してきた。結構必死な声を出してきたけど……そんなに駄目な事なのかな?
「はははっ、随分と好かれたな」
「そう……なんですかね?」
「【契約】したスライム族は血を分けてくれた主を敬愛するようになる。私の場合はここまでではなかったがな」
お父様と【契約】したスライム族の人は……確かにここまで必死じゃなかった。という事は、私と【契約】したジュールは、より強い敬愛を抱いてくれているって訳ね。
そう考えると悪い気分じゃない。リュネーやレイアとはまた違った感情を向けられた私は、思わず笑みを浮かべてジュールの事を見ているのだった――。