407・死してなお(雪風side)
雪風にトドメを差したヒューは、片付けは明日する事にして休もうと奥の部屋へと戻ろうとした――その時に光を放つ雪風の姿を確認した。
今までの相手は死ねば終わり。こうして光を放つことなんて普通は考えられなかった。
雪風が生きているのかもしれない――そんな結論を出しそうになった。しかし、それはすぐに彼の頭から消える。
これまで心臓を差し貫いた者と同様の手応えを確かに感じていた。生きているはずがない……確信するヒューの心には再び疑問が湧いてでる。
何が起こっているのかとヒューは興味が湧いてきた様子で目を細める。注意深く観察する彼の目の前で、雪風の身体が動き出した。
信じられない現象に目を見開いた彼の動きは早かった。すぐさま距離をとって剣を握りしめる。
それは彼が初めて取った警戒行動だった。絶対強者である彼は今までそんな相手と出会った事がなかった。だからこそ、彼も自らが取った行動が信じられなかった。
(俺が……アレを敵だと認識している? 既に新たな世界に旅立って物となったアレに……?)
あり得ないものを見ているかのようなヒューを置いて、雪風は目を開き、自分の手を握って開いてを繰り返していた。
「お前は何者だ?」
鋭い視線と殺気を飛ばして質問するが、雪風は聞いているのかいないのか、涼しい顔でヒューを見据えていた。
「僕は……雪風。エールティア様の懐刀して、貴方を倒す者です!」
雪風の手には【凛音天昇】が握られており、涼やかな鈴の音を響かせていた。
ゆらりと立ち上がる雪風の様子は、ヒューの目には先程と違って見えた。まるで別人に生まれ変わったかのような圧を放っていた。
「【鬼神化・修羅金剛】!!」
それは雪雨の使用している【鬼神・修羅明王】と同じく、自身に眠る鬼神族の血を解放する魔導だった。雪風は自分の身体の血が沸き立ち、内なる自分が目覚めていくのが理解出来た。どうしようもなく湧き上がる戦いへの渇望。本能が求める強さへの熱。
別人のように威圧感を放つ雪風はいつもと変わらない物腰でゆっくりと自らの武器を構える。一見すると緩慢な動きでしかなかったが、ヒューの目には誘っているようにしか思えなかった。
居合の構えではなく、まっすぐと剣の切っ先を上へと向ける構え。互いに睨み合い――先に動き出したのは雪風だった。
素早い動きによって繰り出されるのは上段からの一撃。今までの攻撃以上の速度で生み出されたそれは、ヒューに容易く受け止められる。単調な攻撃に多少速くなった程度だとがっかりしたヒューだったが、違いに気付いたのはそのすぐ後。前のように力で押し返そうとしたヒューの腕は全く動かなかった。それどころか徐々に圧されていたのだ。
「なんだと……!?」
先程までの様子とは何もかもが違う。ヒューと雪風の身体能力は、そう簡単に覆せるものじゃなかった。
少なくとも多少魔導で強化した程度では彼に追い越すどころか追いつくことすら不可能なはずだった。
しかし現実は大きく異なる。雪風の力はヒューを上回り、圧倒的耐久力を誇る人造命具は彼女の力に応えてくれる。
何度も激しい剣戟を交わし、徐々に圧し負けるヒューの剣は更にボロボロになっていった。
(このままでは剣がもたない。鬼人族の力がこれほどまでとはな)
自らの武器の耐久値を見切ったヒューは、彼女から距離を取った。近接戦だけが聖黒族の戦い方ではない。彼の大切な子の為にあしらった部屋を傷つけるのは気が引けたが、もはやそのような加減をしていてまともに戦える相手ではなかった。
「【ゲイルスラッシュ】!」
発動した魔導によって強風を吹き荒らし、風の刃が雪風に襲い掛かる。
聖黒族だから当然魔導も使ってくると予想していた彼女は、次々と風の刃を斬り伏せヒューへと肉薄していく。
再び剣と刀を合わせた二人に火花が散り、幾度も切り結び合う。
「一度死んだはずのお前が何故そこまでの力を手にした?」
「それをわざわざ教えると思いますか」
雪風も本当はよくわかっていないのだが、何となく【凛音天昇】のおかげである事は肌で感じていた。
彼女の人造命具の真の能力――それは【一度失った命を呼び戻す】だった。決闘の時に使える決闘具のような何度も使えるものではない。生涯でたった一度。それが雪風を救った。
だが、それをヒューは知らない。何度も使えるのか、もう使えないのか……わからない不安が初めてヒューを焦らせる。そんな都合の良い魔導具など有り得ない。だが、ヒューは知る由もない事だった。そのような常識は拠点では教わらないからだ。
「【スニーキングフレア】!」
放たれた黒い炎は雪風の追いかけ、避けても変わらず迫ってくる。
「この程度……!」
ずっとついて回ってきた黒い炎を振り切れないと判断した雪風は、さっさと追尾してくるそれを斬り捨て、ヒューへと迫る。
振り下ろされた刀を受け止めたヒューの剣は悲鳴を上げるように砕け、彼の頭上ががら空きになる。
そこを逃さず攻撃を叩きこもうとしたその瞬間――
「やめて!!」
大きな悲鳴が聞こえ、それが雪風の動きを鈍らせる。ちらりと視線を向けたその先――雪風が見たのは、黒い髪の幼い女の子だった。