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403・単独にて夜を駆ける(雪風side)

 誰もが寝静まった夜深く。飲んで騒いでの酒場さえも閉まり、闇が辺りを支配している頃――その中で蠢く者がいた。


 暗闇に紛れ、何かに警戒しながら進んでいくその姿は、知らない者から見たら野盗のように感じるだろう。黒いフードのついたローブから見え隠れする角を隠しながら走るそれは、常人では考えられない速度で走っていた。


雪雨(ゆきさめ)様……貴方の言うことはよくわかります。納得も出来る。だけど……だけど僕は――)


 駆けていく鬼人族――雪風は、雪雨(ゆきさめ)達を置いて単独であの拠点へと向かっていた。

 頭の中では理解できる。冷静に考えれば同じ結論に辿り着くだろうし、何も間違ってはいないと断言できる。


 だけど心はどうだろう? 魔王祭の間、常にエールティアの隣にいて、彼女の苦悩を知っていて……今なお巨大な闇に立ち向かうその姿を見て、命の危険があるからやめよう――などと思えるはずがなかった。


 誰よりも遠い姿。間近で見続けても距離を感じてしまう背中。焦がれる程に違う。何もかもが。追いつきたければ、互角の領域に足を踏み入れたければ、自らの何かを突き破らなければならない。


(……ああ、断言できます。僕は焦っている。このままだと置いていかれそうで怖い。手の届かないところにいるあの御方の役に立ちたい。どんな業火に身を焼かれても)


 それは忠義に篤い鬼人族の精神。主人の為ならば命を投げ打っても構わない自己犠牲の魂だった。本来の鬼人族なら、もう少し考えてその使い所を選択するだろう。それこそ雪雨(ゆきさめ)のように撤退を視野に攻略法を考えるだろう。


 しかし、エールティアという眩い光を放つ太陽にその身を晒していた雪風はどこか壊れてしまったのだ。タガが外れてしまい、本来の思考よりもそれを優先してしまった。その結果は誰もがわかる事だと知っていながら。

 ただ疾く駆けて行くその様は、死へと向かい行軍する足軽のようにも見えた。命を捨てるだけだとわかっていても踏み出さずにはいられなかった彼女は、これ以上ない程に生き生きとしていた。


 ――


 夜の暗さで一層見えにくくなった道を駆け抜け、山の中腹。そこには変わらず小屋が建っていた。

 薄暗くひっそりとしたそこには相変わらず人の気配を感じず、あれから誰も訪れていない事を明白にしていた。

 迷わずに小屋の中に入った雪風は、寝室へと足を踏み入れ、レアディがやっていたように床を探り、隠し階段を探し当てる。


 夜の闇と違い等間隔で設置されている照明の魔導具が不気味に輝いていた。

 ごくりと喉を鳴らす雪風は、緊張しているのを改めて自覚した。


(……当然ですね。あの――ヒューと呼ばれた彼は間違いなく僕より強い。それも圧倒的に。今からやることなんて、他人から見たら自殺行為でしかないのでしょう。だけど――)


 静かに息の整え、気持ちを解す。そうして現れた感情を昂らせ、自らを鼓舞する。


(――だけどそうでもしないと届かない頂がある。目指すべき人がいる。たかだか『この程度』で諦めて……一体どうしてあの御方の側にいられるでしょう? 敬愛する主人に相応しい武士として仕えることこそ我が本懐。その為ならばこの命、惜しむ事はない)


 意を決して暗闇に飛び込み、天井を元に戻し、階段を一歩ずつ降りる。町からこの拠点まで駆けてきた時と違い、確かめるように一段一段ゆっくり降りるその様は、自らの覚悟を踏み締めて確認しているようにも見えた。


 照明の魔導具は一定の間隔で足元を照らし、彼女を暗い地獄の底へと導く。時間の感覚を忘れそうになったとき、雪風はようやく目当ての場所へと近づくことが出来たのだ。扉一枚向こうに行けば、最早ただで引き下がる事は叶わないだろう。元よりそのつもりもなかった。


「ここに……」


 自分以外誰もいない空間で、一人小声で呟く。ここに目当てのものがあり、それを守る存在がいる。

 正確には守っている訳ではないのだが、今の彼女にはそう思えた。


(……エールティア様。お父様。お母様。歴代の鬼人族の王よ。僕に力をお貸しください)


 胸に手を当て、祈りを捧げる。たったそれだけで何かが宿るような気がした雪風は、力強く扉を開ける。

 そこには前に訪れた時と何も変わらず、可愛らしくも華やかに彩られた空間が広がっていた。

 ただ先程訪れた時と違い、照明の魔導具は明かりを調節されているようで、少し薄暗くなっていた。


 月明かりを再現しているのか、部屋の中央は大きく白い照明具が輝いていた。

 その光に照らされて歩く雪風は、奥のテーブルで誰かお茶しているのに気付いた。焦っていたせいか、今まで気づかなかったのだ。

 彼女の中で緊張が走る。ここにいるのが誰かなど、考えなくてもわかったからだ。


「……なんだ、またここに来たのか」


 照明具の光で本を読んでいた彼――ヒューは、静かに閉じて立ち上がる。

 たったそれだけで威圧感で身体が強張ってしまう程、彼の存在感は凄まじかった。


 ぐっと拳を握り締め、いつでも刀が抜けるように臨戦態勢に入る。雪風のその姿を見て、ヒューは興味深そうに眺めるのだった。

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