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401・最凶の一人(雪風side)

 奥へと進んだ四人が見たのはダークエルフ達が使っていた生活用空間でお茶の用意をしている男性だった。黒い髪に銀色の瞳は、聖黒族のそれだ。


 こんなところにいる聖黒族がいる事自体有り得ない。現存する聖黒族は、全てティリアースの貴族になっている。

 自然と複製体だと結論付けられるのだが……劣悪な環境では育まれない優雅さがそこにはあった。


「……おや、こんなところに来客とは珍しい」


 言葉と同時に襲い掛かるぞくりとした感覚に全員の顔に緊張が走った。

 穏やかな声色に潜む恐ろしく冷たいそれは、首筋に刃を突き付けられた気持ちになってしまう。


「……なんだお前は」


 息が詰まり言葉にならない人達に代わって、辛うじて問いかける事の出来た雪雨(ゆきさめ)に対し、柔和な笑みを浮かべる男性。それはまるで死神のそれにも見える。

 微笑みを浮かべていても、目は全く笑っていない。無慈悲に、冷徹に、その目は凍てついていた。


「問いかける前に自分から名乗ったらどうだ? 土足で他人の家にづかづかと入り込んできてそれは少し非常識なんじゃないか?」


 お茶の準備をしながらも圧倒的に存在感を放つ彼は、レアディとアロズに気付いて不思議そうな顔をしていた。


「おや、レアディとアロズじゃないか。無作法者達を引き連れて、お前達らしいな」

「ヒュー……何でお前がここにいる」

「決まっているだろ。ここは俺が貰った場所だ。あの子の為にな」


 出来上がったお茶のポットと菓子の並べられた皿をトレイ載せて、お茶会の準備を整えたヒューは、嘆息するように四人に向き直った。


「というわけだから、帰ってくれないか? 今から彼女とお茶を楽しむ予定があるからな」

「はっ、言われてそう簡単に帰るわけねえだろ。俺達はここの資料室に用があるんだよ。だからここを通せ」


 重圧の中でレアディはヒューの提案を鼻で笑って返した。その瞬間、レアディの命は終わりを告げた。

 正確にはそんな感覚が過っただけなのだが、それで十分だった。


 急いで後ずさったレアディは、背負っていた大剣に手を掛け、いつでも抜ける状態で戦闘態勢を整える。


「……やる気なのか? お前が――いや、お前らが俺に勝てるとでも?」


(な、なんでこんなに怖い気持ちに……? 戦った事もないのにこんなにプレッシャーを感じるなんて……)


 恐ろしさに背筋が凍りつき、寒さに身体が震える。雪風はその感覚を知っている。エールティアと相対した時のそれだった。


 ――敵わない。


 はっきりと叩きつけられた事実は、雪風に重くのしかかる。

 エールティアとの戦いの時は向き合えた。彼女とどこまで戦えるか試してみたかったのもあるし、あくまで試合形式であり、決闘のルールに基づいての勝負だったからだ。

 だがこれは違う。今ここでヒューと戦うという事は、命を賭けた本物の戦闘をするということ。『負けたから次は頑張ろう』なんて砂糖水のように甘い考えは通用しない。それが彼女の思考を鈍らせていた。


 それでも引かなかったのは、純粋にエールティアへの忠誠心。仕えた主君に全力で応える彼女のだからこそ、逃げ出さずに戦う姿勢を見せる事が出来たのだ。


「……やってみないと、わかんねぇだろ?」

「そうか。なら――」


 気付いた時には既にレアディの目の前に現れたヒューは、いつのまにやら手に小さなナイフを持っており、レアディに突き付けられていた。

 あまりの手際の良さに誰も反応できず、ただただ呆然とするだけだった。


 ようやく事態を飲み込めたレアディは、慌てて距離を取って大剣を抜くが、その姿はヒューから見たら滑稽でしかなかった。


「なんだ、全く成長していないんだな。その程度でこの俺と戦うつもりか?」

「くっ……! て、てめえ……!」

「雑魚が。これ以上俺とあの子の時間を邪魔するなら……お前も連れて行ってやるよ。新しい『生』にな」


 ゆらりと揺らめくように動くヒュー。一触即発の状況で四人いるはずの彼らは、不利な状況に立たされていた。


「……雪雨(ゆきさめ)様、僕がなんとか突破口を開きます。その隙に――」

「やめておけ。あの動き、お前に追えたか? 全く反応出来てないのに迂闊な事をしたら、あいつの神経を逆撫でするだけだ」

「でも――!」


 頭では分かっている。だが、感情が納得できない。エールティアの為に来たはずなのに、手ぶらで帰る訳にはいかないのだ。


「……今ここから離れるんだったら、何もしないんだな?」

「ああ。何もしない。俺達の時間を邪魔しないなら、な」

「……わかった。おいお前ら。帰るぞ」


 それは雪雨(ゆきさめ)にとっても苦渋の選択だった。戦わずに負けを認めるのは鬼人族として屈辱以外の何物でも無い。それでも退く決意をしたのは、それだけ実力差が離れているからな他ならなかった。

 自らのプライドよりも可能な限り人的被害を抑える為に動く。

 それが雪雨(ゆきさめ)を将軍としての器を兼ね備えた人物であるという何よりの証拠だった。


 納得のいかない様子なのはレアディと雪風だったが、それを彼が聞きはずがなかったが……二人が今の状況をどうする事もできなかった為、結局雪雨(ゆきさめ)の言う通りにするしか道は残されていなかったのだった――。

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