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388・子供の喧嘩(レイアside)

 先に仕掛けたのはファリスだった。未知の相手に怯える彼女ではなく、剛弓で放たれた矢のように鋭く接近したファリスの拳がフレルアの腹を捉え――見事掴まれてしまう。


「……なんだこの程度か」


 どこか興覚めした表情のフレルアは、全く動じておらず余裕そのもの。その様子に火が付いたかのように次々と嵐のような連打を放つが、涼し気な顔で受け止められてしまう。初めからファリスの動きが見えていなければ、ここまで余裕を見せる事はないだろう。

 その事実に驚いたのはローランだった。ファリスは並ぶ者の少ない真の強者の一人と呼ぶに相応しい実力を兼ね備えている。エールティアに敗れるまで、他の追随を許さなかった彼女の動きを読み、冷静に対処できる――それだけでフレルアの実力の一端が窺い知れる程だった。


「くっ……結構やるのね」

「ファリス! あまり本気になるな!」

「わかってるわよ。うるさいわね」


 ローランが大声で注意するのを煩わしそうに睨むレイアは、軽く舌打ちをした。

 元来あまり人に興味を持たない彼女だが、今は目の前の敵に興味を持っているようだった。


(……不思議。全く知らないのに会ったことがあるような気がする。そんな気持ち悪い感情にイライラするけど、嫌とかそういうのじゃない。多分、私の複製元と関係がある子なんだろう)


 拳を防がれ、受け流されてもファリスはどこか心に余裕があった。ローランに注意されるまでもなく本気になってはいけないと頭の中でブレーキをかけていたからだろう。

 それも当然。本気になれば、自然と魔導を絡めた戦闘に発展してしまう。この拠点は洞窟になっており、地下にも部屋が存在する。本気で魔導をぶつけ合えば、洞窟が崩壊して部屋丸ごと生き埋めになるのは自明の理だった。


 それは相手もわかっているようで、攻撃に対し特に反撃をしてこない。一方的にファリスが攻撃して、フレルアが防いでいる現状が続いている。


「……攻撃してこないつもり? わたしを馬鹿にしてるの?」

「いいや。ただ――」


 言いかけた途中で上半身をずらし、ファリスの拳打を避けると同時に腕を掴み、引っ張ると同時に足を刈り上げる。突然の出来事に全く反応する事も出来ずに背負い投げられ、強かに身体を地面に打ち付けてしまう。

 痛みに身をよじりそうになるファリスだったが、腕を掴んだまま組み伏せようとしたフレルアにすぐさま反応する。うつぶせにされかけた身体を強引に仰向けにしつつ、拳を握って薙ぎ払うように頭の側面に叩きつける。


「ぐっ……くっ……」


 予想外の反撃に腕を離して距離を取ったフレルアに対し、ファリスはゆっくりと起き上がって警戒しながら戦闘態勢を取っていた。

 その様子を見守る三人の一人――レイアは内心はらはらしていた。


「……どうしよう」


 ファリスのあまりの圧に口が挟めなかった彼女は、今更どうにか出来ないかと真剣に悩んでいた。

 このままではエールティアの期待に応える事が出来ないという不安。それとファリスが派手に暴れて拠点が崩落するんじゃないだろうかという不安の二つに苛まれ、頭痛がする程だった。


「ローラン、君は止められないのかい?」

「安心してくれ。ファリスもここで本気になるほど馬鹿じゃない。ちゃんと抑えてくれるさ」


 同じ不安を抱えたアルフに対し、ある意味楽観的なローランの回答。


(なんでそんなに落ち着いていられるんだろう? 私にはどうみても頭に血が昇ってるようにしか……)


 全く止める気のないローランに呆れるも、自分の実力では止める事が出来ないのがわかっている以上、迂闊に手を出すわけにもいかない。

 内心の焦燥とは反対に戦いは続き、レイアの中に軽い苛立ちが湧き上がってくる。


(私がもっと強かったら……そうしたら、こんな意味のない事なんてすぐに終わらせられるのに……)


 力を手にしたからこそ、エールティアや雪雨(ゆきさめ)といった強敵の戦いを数々見てきたからこそ、現在争っている二人が魔導抜きでどれほどの戦いを繰り広げているのかが伝わってくる。


「不安か?」


 歯噛みしながらファリスとフレルアの近接戦を眺めているレイアの横に立ったローランが、どこか優し気な笑みで問いかける。


「当たり前でしょう。こんな事、してる場合じゃないのに……」

「ははっ、それはファリスだってわかってるさ。でも、もうすぐ終わるさ」

「なんでそんな事わかるの?」


 訝しむように視線を向けるレイア。明らかに白熱している戦い。少なくともすぐに終わるようには見えないそれを、ローランは『もうすぐ終わる』と断言した。その心理が彼女にはわからなかった。


「条件反射で喧嘩を売ったけれど、今頃はエールティア姫の事を思い出して冷めている頃だろう。ファリスにとって、エールティア姫は全てだからな」


 それは身内だから言えるのでは? と疑問を隠そうとしないレイアは、ローランの言っている事は希望的観測に過ぎないと判断する。しかしそんな思惑とは別に、熱を上げているように見えたファリスは軽く肩で息をし始めたころに戦うのをやめてしまった。


「え……本当に……?」

「だから言っただろう」


 信じられないものを見るようにローランとファリスを交互に見るレイアは、そのどうだと言わんばかりの自慢顔に多少苛立ちを覚えるのであった。

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