339・原初の黒
スライムはシュタインの指示を聞いて、ゆっくりとこちらに向かってくる。それは私達が気を付ければまず近づかれることはないだろう速さ。
だけど、こちらに向かってきながら魔力によって黒い剣を作り出して、まるで矢のように射出して攻撃しながら……というおまけつきだから、そう簡単には行かないだろう。
「何も唱えることなく……というのは厄介だけれど――」
ローランが困惑するように呟くけれど、確かに言う割には大したことはない。こちらに近づきながら魔導を発動してくる。それだけなら別に大したことはない。何かある……そう思う反面、本当にこの程度なのか? と疑問に思ってしまう。
「【ウーニャビエント】!」
最初はスライムの挙動を確かめ、観察。その後一番最初に仕掛けたのはローランだった。
現れた風の爪はスライムを斬り裂こうと飛んでいく。それに対するスライムの反応は尋常じゃない程素早かった。
魔力で作り出された黒い球体が風の刃を遮るように複数出現して、スライムに届く前に相殺されてしまった。
「ちっ……反応が早い……!」
ローランが舌打ちしながら再び【ウーニャビエント】を放つけれど、先程の焼きまわしが起こっただけだった。
鈍重な動きをする割には、攻撃には敏感に反応してくる。攻撃よりも防御を優先するみたいだけど……魔導が弱点という訳なのだろうか? あの姿を見ると、物理攻撃が効きにくいのはわかるけれど……いかんせん情報が少なすぎる。
「どうした! 早くそいつらを飲み込んでしまえ!!」
シュタインが大声で怒鳴り散らしているけれど、あれに知能があるとは思えない。襲われていないところを見ると、何らかの形で命令しているんだろうけれど……そんな風に感情的に言ってもわからないだろうに。
だけどそれに反応するようにスライムはその身体から無数の触手を突き出すように放ってくる。
「このっ……! 【人造命剣『フィリンベーニス・レプリカ』】!」
ギリギリまで引き付けて避けたローランは、人造命具を抜き放ち、迷うことなく斬り裂こうと剣を振り下ろす。
魔力で出来た剣なら――そう思っての行動なのだろうけど、剣がスライムの触手に触れたと同時に絡みついてしまう。
「なにぃ……!?」
「ローラン! 早く剣を放すか解除するかしなさい!」
あのままでは飲み込まれる――そんな確信めいた予感がした私はとっさに大声で叫んだ。
それと同時にこちらに意識を逸らせる為に【トキシックスピア】を放つ。
スライムが毒の槍に興味を移したその一瞬をついたローランは剣を手放し、魔力に分解すると同時に後ろに下がる。
「あ、ありがとう。助かった」
「いいえ、それにしても……」
予想通り人造命具による攻撃もあれには効かないみたいだ。能力を発揮した状態だとまだわからないけれど……迂闊な攻撃はしない方が良い。
アレに飲み込まれたら、どうなるかわからないのだから。
「ふん、なす術がないとは正にこの事だな。大人しくしていれば苦しまずに済むんだぞ?」
「何をバカな事を……」
ローランが攻めあぐねているのを見て、優越感に浸っているようだ。
……さて、どうしよう?
選択肢は幾つかある。はっきりわかるのはシュタインは時間稼ぎも狙ってるって事。
恐らく既に潜伏してる間諜達には何が起きたか伝えているのだろう。
とすれば、私達が追わないようにするのは自明の理。ならば、速やかにあのスライムを撃破しないといけないんだけど……もし、万が一あそこにファリスがいた場合、助けるのに色々と作戦を考えないといけない。
あれ自体は厄介ではあるけれど、問題なく倒せる。ローランのように対人戦ばかり積んでいたら確かに苦戦するだろうけれど、圧倒的な火力を叩き込めるならすぐに倒せてしまうだろう。
だけどそれは……ファリスがいない事が前提だ。まとめて吹き飛ばす以上、彼女が中にいれば巻き込んでしまう。
私が攻めあぐねている理由は正にそれだ。ただ倒すのは簡単。となれば――
「ローラン。シュタインが余計な事をしないように見張っててくれる?」
「それは良いけど……どうするんだ?」
「ちょっと、ね。それより、あそこにはファリスがいる……と思って良いんでしょう?」
私の質問に戸惑いながらもローランは確かに頷いた。
「あ、ああ。確実……とは言えないけれど、確かにファリスの魔力をアレから感じる」
やはりそうか……ならば後は簡単だ。
生半可な攻撃は通じない。下手に高威力の魔導を叩き込めば中の人共々吹き飛ばすかもしれない。
困惑しているローランを無視して、スライムの元へと歩み寄る。ちらりとその後ろを見ると、面白いことでも起こっているかのようにわくわくした瞳で私の動向を見守るシュタインがいた。
「エ、エールティア……!」
「後はよろしくね」
スライムは目前に迫った私を何の躊躇いもなく飲み込んでしまった。
黒い泥のような身体に包まれていく中、後ろを振り向いて最後に目にしたのは……ローランが驚愕の表情を浮かべて私に手を伸ばそうとしている姿だった――




