318・激戦?の中(雪雨side)
「ほら、どうしたの? もうおしまい?」
挑発するファリスに対し、雪雨は頭に血が昇っていくのを抑えながら彼女に向かっていく。
大刀を振り下ろし、更に幾度も斬撃を重ねていく。周りの者からすれば冷静に攻撃を加えられているように見えるだろう。
いつもの怒涛の攻めでファリスに喰らいつこうとしているみたいではある。
だが、ファリスやエールティアといった猛者には、冷静さを欠いた攻撃にしか見えなかった。
「ふふ、ほら【ガイストート】」
「くっ……!? ぐ、ぐぅぅぅぅ……」
既に何度も同じやりとりを行なっている雪雨は、【ガイストート】によって与えられる痛みに翻弄されていた。
想像を絶する程の激痛に苛まれながら、それでも戦う事を止めることはない。
「へぇ……まだ頑張るんだ。そういうの、好きだよ」
「はっ、お前なんかに、好かれたくねぇよ」
「言うじゃない」
何度も【ガイストート】を受けた雪雨は、血が出るほど唇を噛み締め、痛みに荒い息を吐く。外傷もなく、精神に作用する痛みが全身に駆け巡る苦痛は、並のものではない。
もはや指一本動かすだけでも、静かに息を吸い、吐くだけでも痛みが駆け巡る。【ガイストート】と呼ばれている魔導の効果が身体中に溜まり、少しずつ精神を削り殺していく。
それすらも心地良いと笑う雪雨は誠の強者だった。
「そろそろ諦めたら? 普通の人なら指一本動かさないと思うんだけど?」
「……は、ははは! 指一本動かせない? お前の目は節穴かよ。この程度で……これくらいの痛みで! 鬼を屈服出来ると思うな!」
「……威勢が良い事だけは認めてあげる。だけど、早めに負けた方があなたの為よ」
握りしめた金剛覇刀を振り下ろし、更に魔導を解き放つ。
「【焔嵐・炎之戦風】!!」
「ちっ……【プロテマジク】!」
自らを巻き込みながら魔導を発動させる雪雨に舌打ちをしながら、ファリスは防御用の魔導を発動させる。
今まで一瞬で勝敗を決めてきたファリス。それが一撃で決めずに戦う事にしたツケが今回ってきた。
「【鬼神・修羅明王】!!」
自らの定めた限界の楔を解き放ち、あらゆる束縛から自由になった雪雨は、信じられない速度でファリスに追撃を加える。
それは光のように速く、常人では何が起きたかすら理解できないであろう一撃。
しかし――
「……あまり、調子に乗らないでちょうだい」
金剛覇刀を振り下ろす前に雪雨は頭を鷲掴みにされ、地面に叩きつけられる。
突然な事に頭の中が真っ白になった雪雨は瞬時に思考を切り替えて、薙ぎ払うように金剛覇刀を振るい、後ろに飛んで避けたファリスと距離を取る事に成功した。
一気に攻勢を仕掛けてくると踏んだ雪雨は、すぐさま体勢立て直し、応戦の構えを取るのだが――ファリスは攻撃を仕掛けずにその場に立ち尽くしていた。
不気味な静寂が二人を包み込み、あまりの無防備な姿に、雪雨は攻めるのを躊躇ってしまう。
「よくも……よくもこのわたしに『痛み』を与えてくれたわね」
ふるふると震えるファリスは、先程の余裕に満ちた表情はなく、能面のような感情の抜け落ちた顔が張り付いており、それがなお不気味さを強調する。
飲み込まれそうになるその気迫に抗い、挑発するように笑みを向ける。それが失策である事もわからずに。
「痛いのが怖いのか? 随分と臆病なんだな。一撃で決めてきたもんだから、痛みに慣れてないんじゃないのか?」
「……そんなに消えたいのなら、望み通り、この世から消してあげる。【神偽崩剣『ヴァニタス・イミテーション』】」
ファリスの呼び出した神偽創具は、向こう側が透き通る剣身にドス黒く濁った柄。禍々しさと神聖さの二つを兼ね備えたそれは、見る者を圧倒させる輝きと妖しさを放っていた。
「虚無へと昇れ。天に滅せよ――【カエルム】」
ローランが唱えずに終わらせた神偽創具の真価を発揮させるキーワードを、ファリスは躊躇う事なく口にする。
解放されたそれは、例えるならば宇宙のような色。青を含み、黒に染まり、白が、ベージュが……様々な色を内包した剣身。長さすらまともに安定していないそれは、神秘的であり、畏怖の対象であった。柄は透明になり、まるで宇宙そのものを掴んでいるように見える。
理解できないものへの恐怖――それは数々の決闘を渡り歩いてきた雪雨も例外ではなかった。
彼の違いは……それすらも飲み込んで攻撃を仕掛ける事の出来る勇猛さだった。
「【焔地・火土龍鳳演舞】!!」
炎の鳥と土の龍が現れ、ファリスと喰らいつくさんと襲い掛かっていく。少しでも気を抜けば命すらも失う勢いで攻めていくのだが――
「邪魔」
どこから現れたのか、炎の鳥と土の龍は空間を突き破るように出現した無数の刃に串刺しにされ、あっという間に霧散していく。そして――
「な、な……ん……」
それは雪雨にも例外なく襲い掛かっていた。
たったの一振り。それだけで雪雨の身体は無数の刃に串刺しにされていた。時間差が全くなく、ほぼ同時に貫いた刃が抜かれると、そこには流れるべき当たり前のもの――血が一切流れず、虚ろな空間が広がっているのみだった。




