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20・大切な人

 結局具体的な案も出せずに館に戻った私は、心配してたお母様にこっぴどく叱られることになった。


「こんな遅くまで外に出て……! 私達が、どれだけ心配したと思っているのですか!」

「……ごめんなさい」


 何か言い訳でもしようと思ったのだけれど、こんなに悲し気なお母様の姿を見せられたら……何も言う事が出来なかった。レイアではないけれど、ひたすら謝ってると、怒った視線を向けてたお母様は……優しい眼差しで私の頭を撫でて許してくれた。


「もう、心配かけては駄目ですよ?」

「はい。お母様……ありがとうございます」

「さ、これでおしまい。さあ、食事にしましょう? 今日はエールティアの好きなクーレッカのシチューですよ」


 もう一度しっかり謝った私を、お母様は暖かく迎えてくれた。クーレッカ牛を使ったブラウンシチューは私の大好物で、館の料理人が作ってくれるそれは、とろとろに煮込まれてて、お肉が口の中でほどけるように溶けていくような食感がたまらなく美味しい。初めて誕生日パーティーで食べた時、感動したくらい。

 でも、これって何かお祝いの時にしか食べられないものだったはずだけど……まあいいや。


 美味しいものを食べられるなら、それはそれで嬉しいしね。


 ――


 クーレッカのシチューを堪能した私は、食事の後、お父様の部屋の前に立っていた。

 今から、決闘の報告をしないといけない……。そう考えると緊張してドキドキしてくる。


 何度か深呼吸をして、ノックをすると「入っていいぞ」と一言声を掛けてくれた。


「失礼します」


 私が扉を開けて部屋の中に入ると、お父様は机で様々な書類と向き合ってる最中だった。


「お邪魔でしたか……?」

「いいや、もうすぐ終わる。少し待っていてくれ」


 お父様が書類と格闘している間、メイドの一人が持ってきた深紅茶を飲みながらのんびりと待つことにした。しばらくその姿を眺めていると、ようやく終えたお父様は、私と対面に座って、同じように深紅茶で気持ちを安らがせていた。


「……ふぅ、それで、こんな夜更けに一体どんなようだ?」


 大方予想はついてるはずなのに、わざわざ聞いてくるって事は、私の口から直接聞きたいってところだろう。


「まずはルドゥリア先輩との決闘について報告をしに。それと……新しい決闘について……です」


 その瞬間、周囲の温度がいくらか下がってるように思えた。深紅茶のカップを机の上に置こうとしたままの姿で、お父様は止まったまま、動かなくなってしまった。

 やっぱりそんな反応になっちゃうよねぇ……。


「どういう事か……詳しく話を聞かせてくれるね?」

「はい。まずは――」


 そこから私は、クリム先輩とのやり取りを包み隠さず話した。もちろん……決闘の勝敗がついた後のことも。

 大体全て話し終わった後、お父様は深いため息を吐いていた。私の方も長い話を終えて少し疲れてきたから、深紅茶を飲んで少しの間喉を癒すことにする。


「まさか、こうも手が早いとはな……」


 お父様のその呟きは、まるでクリム先輩が私に手を出してくるかもしれないと思ってたようなものだった。


「お父様? それはどういう――」

「私たちは初代魔王様――ティファリス・リーティアス様の血を引いているのは知っているな?」


 こくりと頷いた私にお父様は少し疲れた表情を浮かべてた。書類整理が終わってすぐにこんな話だから仕方ない。


「彼らはそんな初代魔王様と共にあったと言われている始竜フレイアールの血を引いていて、自らを黒竜人族と呼んでいる。そんな彼らの中でも優秀な者の一人である男が、お前と接触を図ろうとするのはある意味当然だろう」


 お父様の説明を受けて、私も深く頷いた。そういう事情なら、私より優れてるとアピールしたい気持ちも強いだろう、と。クリム先輩のように『自分は強いんだ!』とか思ってそうな人には特にね。


「もう少し時間が経って――エールティアが学園生活に慣れた時に注意する程度で済ませようとも思ったのだが……こんな事になるならもう少し早く言えば良かったな。すまなかった」

「お父様のせいではないですわ。私がもう少し、思慮深くならなければいけなかった事。今回の決闘を招いたのは、全て私の責任です」


 お父様が申し訳なさそうにしてる姿が耐えられなくて、私はとっさに思いのまま、気にしないで欲しいと訴えかけた。

 そんな言葉が自然と口から出たのは、生まれた――物心ついた時から今まで。お父様は私の事をしっかり考えてくれてたからだった。最初はなんでこんなに思ってくれてるんだろう? って疑問に思ったくらいにね。


 お父様もお母様も、子供の私の事を本当に大切に扱ってくれてる。今の私では、まだ上手く答えられないし、戸惑う事も多い。もしかしたら――って思う事もあるけれど……それでも二人の気持ちが本物だった事は間違いなくて、そんな人達にこんなことで謝って欲しくなかった。


 こんな気持ちになるのは生まれて初めてで、少し困惑してるけれど……不思議と悪い気持ちはしなかった。

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