129・魔王祭最終予選(雪雨side)
エールティアが驚きと戸惑いの中で見つめるその視線に、雪雨は気づいてより一層笑みを深める。
(退屈なもんだと思ってたけど……まさかあいつが見に来てるなんてな)
自分を降した好敵手がこの決闘を観ている――それだけで彼の気力と戦意を蘇らせるのは十分だった。
「ほう、随分と男の目になったな。それでこそやり甲斐がある」
自分の方に戦意が向いていると勘違いしたジーガスに呆れた雪雨だったが、それを表情に出す事はなかった。そんな事よりも、この戦いをどう終わらせるか……彼にとってはそれの方が遥かに重要だったからだ。
『互いに睨み合い、火花を散らす! 果たしてこの死闘の末、勝利を掴み取るのは誰か!?』
『それでは、決闘を始めてください』
決闘開始の合図と共に戦いの口火を切ったのは、ジーガスだった。
その巨体に似合わない速さで雪雨に詰め寄って、力強い一撃を放つ。
それに対し自らの大刀――金剛覇刀で応戦する事なく、雪雨はただ回避に専念する事にした。放たれた斧撃はどれもが相手を殺す為のものだと観客は感じていた。
しかし、それは雪雨をただ退屈にさせるだけだった。
(ふざけやがって……こんなもんが……この程度が死闘だって?)
むしろその斧での一撃が、殺す気だと思わせているその一撃が放たれる度に…… 雪雨の心の奥には苛立ちが募っていく。
怒りの中で立ち止まった雪雨に怪しむような視線を向けたジーガスは、それでも攻撃を止めず―― 雪雨の首筋に斧の刃を当てた。
「……どうした? まさか、鬼人族が勝負を投げたか?」
訝しむジーガスの言葉に、雪雨は沈黙と激怒の視線を放つ。それに圧倒されたジーガスの斧は少し乱れ、気を引き締めるように止める。
「止めは刺さないのか?」
「……なに?」
「止めはどうしたって聞いてんだよ」
苛立つような視線を向けた雪雨にジーガスは戸惑いを隠さず、動きを止めてしまう。
『これはどうした事だろうか? 互いに不動を貫き、動かぬ山のように沈黙を保っているぞ! しかし、雪雨はジーガスの魂を込められた斧を突き付けられ、正に絶体絶命! これは……雌雄は決したか!?』
『いいえ。この決闘のルールは相手を『殺す』事にあります。拳などの致命傷に至るのに時間の掛かる方法しかないのでしたら考慮しますが……基本的にそれ以外の決着が認められることはありません』
今回の決闘の勝利条件はたった一つ。それ以外の事は状況でも勝利とはしない。アルデ決闘官の冷静な宣言に、ジーガスは嫌な顔をする。
それも仕方のない事だろう。命を奪う事が勝利条件の決闘をすることが自体がまず稀であり、仮にあっても、別の条件が必ず存在する。魔王祭最終予選、本選のみが例外なのだ。
同じ『人』を殺すことに躊躇いをなくす事と、死を恐れないようにする事。その二つを両立させることによって、強力な魔物や未だに存在する盗賊やテロ集団への武力行使。そして国の戦力として組み込むことの出来る戦士として育て上げる事が可能になる――それこそが魔王祭の側面の一つでもあった。
それを雪雨は知っている。自らの父――出雲に教えられたからだ。そしてそれを納得し、より強い者と戦う事を望んだからこそ、魔王祭に参加したのだ。だからこそ、許せない物が彼にはあった。
「どうした? 決闘官からお墨付きは貰っただろう? 早く殺れよ」
「……俺は……!」
戸惑い、迷う色を見せるジーガスの瞳を見た雪雨は乱暴に斧を掴んで首筋から強引に逸らした。
「くっ……うっ……!」
「誰かの命を奪う度胸もない。大した平和主義者だな。てめぇは!」
「なにっ!」
「見せてやるよ。本当の決闘って奴を!」
言うが早いか、持っていた戦斧を手放して、素早く『金剛覇刀』を抜く。
急な展開に隙を見せたジーガスは、一瞬だけ脳裏浮かんでしまった相手を『殺す』シーンに戦斧を持つ手の動きが鈍らせてしまう。それを見逃す雪雨ではなく……振り払うように放たれた金剛覇刀の一撃でジーガスの戦斧の柄を叩き斬り、その勢いのままジーガスを一刀の元に斬り伏せた。
瞬間に結界が反応してガラスが割れるような音が響くと同時に、ジーガスに与えられた致命傷は瞬時に癒える。だが、受けた痛みや致死に届かない出血が癒える訳でもなく、ジーガスはへたり込むように座っていた。
「……馬鹿が。覚悟が足りねえ奴に、俺が負けるわけないだろうが」
『決着! 今ここに、新たな歴史が刻まれました! 激闘を制し、強者達の頂点に立ち、より高みへ上がる権利を得たのは……雪雨 出雲!!』
司会のシュナイドが立ち上がり、雪雨に向かって手をかざすと、観客から大きな歓声が湧き上がる。
『ゆ・き・さ・め! ゆ・き・さ・め!!』
「つまらねえな。こんなんじゃ、余計に渇くだけだ」
吐き捨てるように呟いた雪雨は、エールティアの方に視線だけを向ける。それを真っ直ぐ受け止めた彼女は優しく――強者が放つ特有の微笑みを浮かべていた。
雪雨は無意識のうちに口角を上げて、笑みの形を作っていた。
会場に『雪雨コール』が響く中、火花が散るほど笑みを交わした雪雨は、そっと会場を後にする。
「来年はもっと、楽しくなりそうだな」




