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119・きっかけの言葉

 カイゼルに銃の話を聞いた後の昼食は、中々美味しかった。

 喫茶店だけあって、深紅茶や最近話題に上がってきているコーヒーなんかも揃っていた。甘い物から少し辛い物まで揃っていて、満足させるには十分なくらいだった。


 懸念していた量の方も、ちゃんとと他種族に合わせたものになっていたし、思いの外中々やる。


「それにしても、あの男はかなり無礼でしたね」


 食事も終わって一心地ついている最中に、ジュールはカイゼルの事を思い出しながら嫌な顔をしていた。


「カイゼルはかなりジュールに嫌われてしまったみたいね」

「当然です! あの男には上の立場の者に対する敬意がまるでありません! アルファスの方々はなんだかんだ言ってもティア様の事を慕っているのが伝わってきましたが……あの男には、そんなものは全く感じられませんでした!」


 テーブルを掴むように拳を握るジュールの気持ちはわかる。確かにカイゼルには貴族や王族に対する畏敬の念は全く感じられなかった。そういう事に興味がないように思えるくらいだ。


「ティア様は何も思わなかったのですか!?」

「……今の私は魔人族で、リシュファス家の令嬢の名前にあやかって名付けられたただのティア。別に何も思う事ないじゃない」


 これが他の者も見ていて、私がエールティアとしているのであれば、カイゼルの行為を咎めただろう。

 だけど、今回はそういうのは無しにしている。お忍びという名目で来ているのだから、ティリアースの王族として振る舞うのは些か不味い。


 というか、今の自分の事を自分で『令嬢』なんて口にするの、結構恥ずかしかった。言わなければ良かったと後悔しながら深紅茶で口の中をリセットする。


「そう…….ですか」

「ジュール。安心しなさい。もし、カイゼルが本当の私と話す時。少しでも家を侮辱するような事を口にするなら――」


 すう、と目を細めながら、カップを少し持ち上げる。別に深い意味はない。これからする発言だって、あんまりにもジュールがカイゼルの事を嫌うから、とりあえず言うだけだ。


 でも……もし、お父様やお母様を侮辱する輩が現れたら……本当にしてしまうかもしれない。

 私にとって、あの二人だけが真実、本当の両親。過去の記憶を持っていてもそれは決して変わらない。


 ……あの時の私は、父の顔も、母の顔も知らなかったのだから。


「――その時は一切の慈悲は与えない」


 あの時の暗い気持ちを思い出したおかげか、私の発言は思ってた以上の凄みを与えてくれたようだった。

 周囲が静寂に包まれているような感じがして、ジュールの目には怯えと畏れが混じる。一瞬なのか数刻なのか……わからないくらい時間が経って、音が戻ってきた時には、ジュールは安堵するように息を吐いていた。


「……そうですか。それなら良かったです」


 口直しでもするかのようにカップの中身を飲み干したジュールは、じわじわと嬉しそうに笑顔になっていった。


「今のがそんなに嬉しかったの?」

「私はてっきり、ティア様があの男の事を気にしていらしたのかと……」

「そんな訳ないじゃない」


 カイゼルがなんでああなったか……それに関しては少しだけ気になるけれど、彼本人に対しては他の周囲とさほど変わらない。どっちかと言うと、お互いの拳を交わした雪雨の方が好きだと思う。

 それも友人の括りから逸脱することはないだろうし……やっぱり私は、まだ昔の事を引きずっているのかもしれない。


 あの時の光景が、想いが、願いが。今も夢の中に再現されるくらいだもの。自分で思っているよりも、案外一途なのかもしれない。


「ティア様はその……気になっている御方はいらっしゃるんですか?」

「そうねぇ、みんな友達としては好きよ」

「友達としてですか……」


 そういう訳じゃない、と少し顔を膨らませるジュールには悪いけれど、それが今の私なのだ。

 あまり納得してない顔をしているジュールは放っておいて、私は澄ました顔で深紅茶を飲み干して、静かに立ち上がった。


「さ、そろそろ行きましょうか。時間はいくらあっても足りないんだしね」

「あ、待ってください!」


 私がカウンターにお金を払いに行こうとすると、ジュールが慌てたような声を出していた。別に置いて行くつもりはないのにね。


「お、お待たせしました!」


 支払いを済ませて外に出ると、残った深紅茶を飲み干して、ジュールは笑顔で私の事を迎えてくれた。

 そのまま歩き出しながら、ジュールが次にどこに行こうかと頭を悩ませていた。


 それを聞きながら、少しだけ考え事をしてしまう。

 なんで今さっき、ふと彼の顔を思い出したのだろう? と。決して長い付き合いじゃなかった。

 どっちかというと命のやり取りしかしたことなくて、今の――みんなとのような関係なんて全くなかった。それなのに……。


 ――やっぱり一途だからかも。


 ジュールがあんなことを言い出さなかったら、唐突に思い出すことなんてなかったかもしれない。

 現実に戻って、ちらりと彼女を見ると……未だに悩んでいるのが少し微笑ましい。


 こういう穏やかな時間が過ぎている時に、昔の事を考えるのは、無粋なのかもしれない。

 もう少し真剣に、今という時間を楽しんでいこう。

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