注:修正前です 最後
「よかった……」
バーヌの声が、おかしいです。
まるで、肺から空気が抜けているようなすーすーと変な音が……。
「バ、バーヌっ」
何か刺さって……。
「ポーションを、すぐにお願いっ!」
刺さってる、刺さってる!死んじゃう!死んじゃうっ!
パニックになりながら叫びます。
「金狼!これを!」
冒険者の何人かが集まり、一人がバーヌに刺さった針を引き抜き、もう一人はポーションを何本かとフライをバーヌに手渡しています。
「おい、少年、この場は俺たちに任せてお前はもう逃げろ」
「そうだ、金狼は死ぬようなへまはしないし、俺たちだって、死なせるようなへまはしない」
冒険者たちが私を逃がそうと言葉を重ねます。そう、私をかばって金狼が怪我をしてしまったのです。バーヌを私の存在が傷つけてしまった。
だけれど、だけれど……。
「もう少しで……分かるかもしれないんです……」
鑑定魔法は目の前に、鑑定対象がいないと鑑定できません。逃げてしまえば、弱点を探ることもできません。
先ほどの続きを読みます。
【9つの首の内側中央、そこが腹部分で弱点なんじゃないだろうか】
ああ、また可能性の話。
だけれど、妙に納得してしまいます。
お腹と背中という表現でなく、喉だと考えれば。
ドラゴンの弱点である喉を守るために、ナイトヘッドドラゴンはその喉が外に出ないような体になったとしたら……。
9つの首が四方八方守りを固めて、弱点の喉がその首が守る内側中央であれば……。
9つの首の攻撃をかいくぐり、あの中に飛び込むなんて……。
「分かるって何がだ、もういい、俺が連れて行く。金狼、大丈夫だ。お前の主人は俺が守ってやる」
冒険者の一人が私を荷物のように肩に担ぎあげました。
「待って、バーヌ、バーヌお願い、聞いて!」
両手をバーヌに伸ばすと、バーヌが冒険者の手から私を取り返してくれました。ぎゅっと抱きしめられています。
「ドラゴンの弱点は、首の根元、それはきっと人間で言うところのココ」
バーヌののどぼとけをぐっと抑えます。
「けほっ」
っと、小さくバーヌが苦しそうな声を出します。
周りの冒険者の何人かが自分の喉に手を当てました。
「金狼ですら、僕のような子供でも苦しめることができる」
ごめんね、バーヌ。心の中で謝っておきます。あとでちゃんと謝るから。
「でも、同じ首でもこっち側は同じ力で押してもボクの力じゃ少しもダメージなんて与えられない」
バーヌの首の後ろを押して見せます。
「ナイトヘッドドラゴン……今までバーヌたちが攻撃していたのは首の後ろに当たる部分で、弱点の喉になるのは……内側かもしれない」
バーヌが私をそっと地面に卸すと、にこっと笑った。
「分かりました、ご主人様」
またか!ほっぺたぶにー。
「すぐに退治してきます」
こんな状況だというのに、ほっぺたをひっぱるとすぐにバーヌは尻尾を揺らす。
「可能性だから!絶対とは言えないから、無理はしないで、絶対、絶対、帰ってきてっ!」
バーヌの後ろ姿に声をかけると、尻尾がぶんぶんと大きく振られました。
あれは、もしかして、感情でなく、3つめの手かなにかで、単にバイバーイと手を振っているだけなのかもしれませんね……。
今から危険に飛び込もうとしている感情と結びつきません。
「首の表と裏…たしかに、喉と首の後ろじゃ全然別もんだな……」
冒険者の一人が私の腕をつかみました。
「坊主、すまん。お前が金狼の足手まといになってると思った。許してくれ」
いえ、事実だと思います。
「金狼が認めただけの人物だな。ただの子供じゃない」
いえ、ただの子供のふりをした大人です。
「よく、思いついたな」
ごめんなさい。私が思いついたんじゃいです。鑑定魔法で、検索して出てきた情報なんです。
何かを冒険者さんが言うたびに、申し訳ない気持ちになって下を向きたくなります。
ですけど、下を向いている場合じゃないです。
ナイトヘッドドラゴンを見ると、首の内側にバーヌが飛び込もうとすると、まだ正気を保っているつ6の首が邪魔をします。
あれだけ必死に邪魔をするということは、本当に弱点が首の内側中央の円の中なのかもしれません。
6つの首の気を引く手段……。
「ルクマールさーーーんっ」
大声でルクマールさんを呼びます。
ですが、聞こえるはずもなく……。すると、ギルドの職員さんがすぐこちらを見ました。
「ルクマール、すぐに来てくれ」
と、拡声器のように響く声を出してくれました。
職員さんに軽く会釈してお礼をします。
「何だ?」
息を切らしながらルクマールさんが駆けつけてくれた。
「バーヌが首の付け根の中央、内側に飛び込めるように6つの首の注意を同時にひいてほしいんです」
ルクマールさんがナインヘッドドラゴンと対峙している冒険者たちを見ました。
「同時……か。注意を引き付けられそうなのは、俺を入れて4組だな。あとは運しだいと言ったところだろう」
あと2つ。
振り返って倉庫代わりのテント前の冒険者さんに質問します。
「中身は酒でなくても構いません。樽はまだありますか?」
「ああ、空の樽が2つ、蓋がない水樽が2つある」
「ルクマールさん、水樽を投げてみてくれませんか?」
言われるままに、ルクマールさんは水樽を持ってナイトヘッドドラゴンへ近づき、酒樽のように顔にぶつけました。
酒樽をぶつけた時のように、狂ったように針を吐き出すことはありませんが、一瞬動きを止め、降りかかった液体を飛び散らそうと2、3度首を横に振ります。人でも、顔に水をぶっかけられると目をつむりますし、すぐに顔をふきたくなりますよね。
「樽が残り3つ、同時に顔にぶつけることができれば、ほんの一瞬すべての首の気を引けるか……。さすがに俺は2つまでしか投げられないな。あと一つどうするか」
正確に、動き回るドラゴンの顔に樽をぶつける……。
そうだ、いいことを思いついた!
「ルクマールさん、一つぶつけた後に、少し間を置いて二つぶつけることはできますか?」
ルクマールさんが頷きました。
「一つ投げる、それから二つを手に取り投げる」
と、動作を趣味レーションしています。1秒……は、ぶつかるまでに差がでそうです。
「ナイトヘッドドラゴンがひるむのはコンマ何秒かだぞ、二つにぶつけている間に先にぶつけた1つが復活しちまう」
「たぶん、大丈夫。少し待っていてください。準備をします」
人間で考える。
水をかけられたときよりも、顔にかかった物をどかすのに時間がかかるもの。ふき取りにくいもの。目を開けられないもの。
「今のうちに、空の樽にそのあたりの酒瓶から酒を入れてください」
小さい瓶の酒ならいくつかあります。
「ああわかった」
「モモシシの血抜きする血を、こちらに、それから火を」
火を起こしてもらい、鍋に血を熱します。別に水でもなんでもよかったのですが、色がついた液体のほうが、無色透明の液体よりも顔にかけられたときに嫌だと思ったので、血にしてみました。
それから、まるで料理するみたいに、材料を追加して混ぜていきます。鍋の大きさが小さいため、出来上がったらすぐに樽に移して次です。
血がなくなれば、泥水でもなんでも液体を加熱して次々作って樽に入れました。
「ちょっと熱いですが、平気ですか?これを第一弾で」
「合図は私が出しましょう。すでに一斉に首の気を引く作戦は伝えてあります」
ギルドの職員さんがてきぱきと準備を進めてくれたみたいだ。
ルクマールさんが樽を2つ。中身がこぼれないように蓋のない樽は、ほかの冒険者さんがルクマールさんの後ろについて運んだ。熱いのが入ったやつです。
1番初めに投げてもらうやつです。
どうか、成功しますように。
「作戦開始だ。3,2,1」
一斉にA級B級冒険者さんたちのチームが首の気を引くための行動を起こす。そして、ルクマールさんが第一投。
見事に、顔に当たりました。
瞬間動きを止め、首を振りますが、残念ながら、水をぶっかけたときのようにすぐに復活しません。そのすきに、ルクマールさんは残りの2つの樽を投げました。
「いまだ、金狼!頼んだ!」
樽が顔に被弾するのとほぼ同時にバーヌが
首の付け根の内部に飛び込みました。すぐに剣を突き刺し、引き抜き、そしてぐるりと回って剣をナイトヘッドドラゴンを切りつけました。
そう、刃が、いままで全く刺さらなかったのに、刺さるのです。
首がうねうねと苦しみだしました。
すぐにバーヌの元にルクマールさんも飛び込み、バーヌの持っているものよりも太くて大きな剣で、バーヌのつけた傷の上からさらに傷を深めていきます。
そうして、一つ、また一つと、首の動きが止まっていきました。
「や、やったっ!」
やった、やった!
歓喜に皆が湧きたちます。
思わず、近くにいた冒険者さんと抱き合って喜びを分かち合いま……分かち合おうとしたら、バーヌが飛んできて、冒険者さんをぽいっと押しのけました。
ぎゅーっと、バーヌと喜びを分かち合うことになりました。
ちょっと、ポイされた冒険者さんの顔色が悪いんですが……大丈夫でしょうか。バーヌ乱暴にポイしてないですよね?
何はともあれ……。
「よかった、バーヌ、やったね。倒せた、無事に帰ってきた。……無事、だよね?バーヌ、痛いところない?」
バーヌが私の肩に顔をうずめてじっとしています。
「バーヌ?」
「ふはー。エネルギーチャージ。ご主人さ」
ポンっとバーヌの体を引き離し、肩をトンっと押す。
ほっぺたぶにーはしません。ただ、冷たい目で見ます。
「ご主人様……」
泣きそうな顔のバーヌ。
だ、か、ら、ご主人様って言っても返事はしませんよ?
「すげーなっ!坊主、ああ、ユーキって言ったか、お前マジすげーな。あの一つ目の樽の中身なんだったんだ?」
ルクマールが来て、私の両手を取ってぶんぶんと振りました。
その後ろで、耳をペタンと伏せたバーヌの姿が見えます。あああ、やりすぎたでしょうか……。
「あれは、小麦粉でドロンドロンにとろみをつけた液体です」
「こ、小麦粉?」
ルクマールさんが口をあんぐりさせました。
「はい。小麦粉を入れてどろどろのとろみをつけると、落としにくくなりますよね。へばりついて。しかも、作りたてて熱くて、冷めにくくていつまでも熱い。ドラゴンが熱さをどう感じるかは分かりませんが、少なくとも、人間ならやけどしますし、振り払おうと相当必死になる代物なので、少しはドラゴンも次の体制に移せないかなぁと思いまして」
ううう。想像しただけで怖いですよ。
小麦粉でどろどろの糊状にしたアツアツの液体というより個体でもなくて、なんていうんでしょう、それを顔にかけられたら……恐ろしいです。
「まさか、酒と、モモシシの血と小麦粉で……ドラゴンに勝っちまうとはなぁ……」
ルクマールさんのつぶやきに、フィーネが反応した。
「え?ちょっと、何で勝ったって?どういうことなの?各方面に応援要請して、封印するために必要な話もつけて、必要物資を引っ提げて飛んで戻ってきたら……」
フィーネさんがふらふらと、息絶えたナイトヘッドドラゴンへと近づいていきます。
「なんで、倒せちゃったわけ?だって、あんなの、SSS級よね?S級モンスターどころか、SSS級トリプルSよね?」
同意を求めるように周りの冒険者たちに話かけています。
「トリプルならこっちにもいたしな」
というルクマールさんの言葉に、フィーネさんが振り向いきました。
「違うでしょ、モンスターはA級なら、A級冒険者パーティーが倒せるって話で、A級冒険者一人いてもA級モンスターは倒せないわよね?」
うーん、何を言っているのでしょうか。よくわかりませんけれど。
「一人じゃないですよ。ルクマールさんもバーヌも、それからA級冒険者B級冒険者の皆さん、それだけじゃありません。ここでテントを守っていた冒険者さん、怪我人の治療にあたっていた冒険者さん、街へと知らせに走ってくださった冒険者さんに……フィーネさんたちギルドの皆さんが力を合わせたんです」
にこっと笑ってフィーネさんとルクマールさんの会話に割り込みます。
「あの、それで、せっかくなので、その皆さんで食べませんか?無事に倒せたことですし」
と、ダタズさんが残して行って手つかずのシチューや焼肉、パン、それから新たに狩られてレバーを使っただけのモモシシを指さしました。
フィーネさんが混乱する頭をんーと、抱えて、それからわーっと両手を上にあげました。
「SSS級ナインヘッドドラゴンを討伐した祝宴を始めましょう!参加者皆さんにはギルドがごちそうしますっ!さぁ、飲んで食べて!」
フィーネさんの言葉を、ギルドの職員さんが拡声器のように広めました。
ナインヘッドドラゴン討伐用にと運ばれてきた何樽もの酒は、祝宴用に流用されることとなりました。
それから、誰かが街にダタズさんを呼びにいったようです。
「無事だったか、ユーキ。良かった!」
「はい。ダタズさんが用意してくれていたいろいろなものが役に立ったんですよ」
フィーネさんがダタズさんの元に来ました。
「料理はすべてギルド買取ということで」
と、いくらかのお金をダタズさんに渡しています。
「え?いや、あれは寄付するつもりで」
よかった。勝手に私が寄付していいですかなんて言ってしまったけれど、買取してもらえることになったんだ。
「レバーのフライ、あれには本当に助けられました。料理の買取金額のほかに、後々活躍に応じた報奨金が出ると思います」
フィーネさんが私を見ました。
「ユーキ、当然あなたにも出ます。いろいろな人から聞き取りをして活躍度を測り、そのうえで金額が決まります。厄災級モンスターの討伐です。全体で動く金額は」
「あ、あのっ!」
フィーネさんの話の途中で、思わず声をあげてしまいました。
「バーヌには、出ますか?バーヌはいっぱい活躍しましたよね?」
フィーネさんとバーヌが驚いた顔をしました。
「えーっと」
フィーネさんが困った顔をする。
「えーっと、そうねぇ、バーヌの活躍分は、ユーキに加算して出る、かしら?」
え?
「なぜ、バーヌには出ないんですか?」
奴隷だから?
「その、ユーキに出た分を、ユーキからバーヌに渡すという形になると思うの」
それは、私がバーヌの主人だからってことでしょうか。
「駄目です、そんなの約束が違いますっ!」
「約束?」
フィーネさんが首を傾げました。
「約束したじゃないですか!バーヌを奴隷として扱わない、冒険者として扱ってくれるって!」
「確かに、そうね……でも、報奨金のことまでは……その、前例が……」
フィーネさんが困った顔をします。
そんな困らせるつもりはないんです。だけれど、だけれど……。
どう考えても、バーヌが一番がんばっていました。
それなのに、奴隷だからって、報奨金一つ渡さないなんて、ひどすぎます。
涙が出てきました。
ポロリポロリと。
悔しいんだか、悲しいんだか、
「ああ、ユーキ、泣かないでください。あの、僕は全然平気ですよ?むしろ、完全に冒険者扱いされると、しばらく今回のモンスターに関する調査だとか報告書だとか、そういう作業でしばらくギルドに足止めになってしまいますし……」
え?
足止め?
私を慰めようと、必死なバーヌの言葉に、涙が止まりました。
「冒険者としての義務でしたね」
バーヌがにっこり笑ってフィーネさんを見ました。
「僕は冒険者ではありませんから、義務はありませんし、協力する気もありません」
フィーネさんが焦った顔をしました。
「ちょ、それは困るわ。なんてことない事案なら構わないけれど、今回は、何の情報もなかったSSS級モンスターの討伐に成功したわけで、今後のために詳細な調書を作る必要が……」
バーヌは完全にフィーネさんの言葉を無視して、私の手を取りました。
「行きましょう、ご主人様」
「待って!」
バーヌがちょっと足を止めて、振り返り、手に持っていた剣をフィーネさんに投げます。
「そうだ、お借りしていたこれ、返します」
投げられた剣を慌ててキャッチするフィーネさん。
手元の剣と、バーヌの顔を交互に見ています。
「ジョジョリ、クラノル」
フィーネさんが、ギルドの職員二人に声をかけました。
「今回の討伐により、買い取ったポーションや酒、武器などの消費リストに月光陽の剣を追加」
「え?フィーネさん?」
フィーネさんが受け取った剣をバーヌに投げ返しました。
「これは、討伐に必要な消費だった。そうでしょう?」
ジョジョリさんとクラノルさんが顔を見合わせ、頷きました。
「どういうつもりですか?」
バーヌが飛んできた剣をキャッチしてフィーネさんを睨みます。
「これで僕を買収しようと?受け取る気はありませんよ?」
コツコツと、フィーネさんが歩いて、私たちの前に立ちました。
「ユーキ、ありがとう。あなたへの報奨金はあとでお支払いするわ。それから、バーヌへの報奨金の件は、上には話をするけれど……私の一存でできるのはあそこまで」
と、バーヌに渡した剣に視線を送ります。
これが精いっぱいのフィーネさんの誠意だというのは分かりました。感謝するべきことなのでしょう。
確か買い取った中で一番高い剣だと言っていました。
でも、納得したくありません。
誰よりも危険な場所で、誰よりも活躍したバーヌが報われないなんて……。
「フィーネさん、士気が下がるとは思いませんか?」
「え?士気?」
この世界の常識なんて知りません。
だから、私は日本で生きてきて、知っている常識でしか物事を語れません。
「バーヌのように冒険者並みに戦える奴隷が他にもいたとしても……戦っても何の褒美ももらえないのに、本気で戦うと思いますか?」
フィーネさんが黙って私の話を聞いています。思うことがあるのでしょう。
「ご主人様に命令されて、いやいや戦うことがあったときに、奴隷で一生を終えるならこのまま死んでもいいかと思うことはないと思いますか?ご主人様が自分を守れと命令したとしても、死んでもいいかと思っている奴隷が守り切れると思いますか?」
ふぅっと息を吐く。
「士気があがる、やる気がでる、目標を持って生きる……どれも、やる気も目標もない人が同じことをするよりも成果が出ます」
力でねじ伏せ支配して無理やり働かせるようなブラック企業より、福利厚生を整え、褒めて褒美を出す企業のほうが業績は上がります。
「まぁ、そうだろうなぁ。冒険者も、今回のような強制依頼……貢献度に応じて褒賞が出なかったら、こっそり遠くから攻撃する振りだけしたほうが楽だもんなぁ」
いつの間にかジョジョリんさんとクラノルさんがフィーネさんの後ろに立っていました。
「だけど、奴隷は奴隷ですし……。冒険者と一緒というわけには。それに、主人が奴隷の行いのすべての権利を有して……」
ぎゅっと手を握り締めます。
「今回は、ユーキがバーヌを貸してくれたという形になって、主人であるユーキにバーヌの手柄がすべて行くことになるのよ……そういうもので……」
「ボクが、バーヌをギルドに……貸す?」
それって、私の知っている言葉で置き換えるならば……。
「人材派遣」
そう、人材派遣です。
「人材、はけん?」
「そう、私は派遣主の会社として、お金をもらいます。ですが、派遣された人間もお金をもらいます。両方お金をもらえる仕組み……そうすれば、派遣された奴隷だって、お金にためにと一生懸命働くでしょう?お金をためれば解放されて奴隷じゃなくなるんでしょう?それを目標にすれば、生きる意味も見いだせるでしょう?主人だって、自分は働かずに、奴隷を派遣するだけでお金が入ってくるんだから楽して儲けられるでしょう?ギルドだって、必要な時に人材を派遣してもらえれば助かるし、目標のある人間のほうが真面目に働いてくれるし、気に入らなければ主人に返すだけだから得でしょう?」
フィーネさんが頭を押さえました。
「ちょっと、ちょっと待って、今の話、えっと、落ち着いてゆっくり考えたいわ」
ジョジョリさんとクラノルさんが顔を見合わせています。
「確かに、今の話を聞いていると、誰も損しないような気がするな」
「冒険者がやりたがらない仕事を奴隷にやらせるということもできるように」
クラノルさんの言葉にはっと胸を抑えました。
冒険者がやりたくない仕事を奴隷に押し付けるですって?そこまでは考えていませんでした。
「ああ、違う違う。冒険者ってやつは、冒険がしたくて……剣を握って戦う姿にあこがれてなったような奴が多いからなぁ。地味な薬草探しとか、荷物運びだとか、ギルドに依頼が入っても、なかなかな、受け手がいなくて。緊急だとこっちも困ることがあって」
なるほど、そういう意味でしたか……。
危険の少ない仕事でしたら、むしろ安心して奴隷も働けるのではないでしょうか。
「奴隷ギルドと相談してみるか?」
「なかなか買い手がつかない奴隷の扱いに困っているようなことも言っていたが」
「もしかすると、奴隷ギルドが奴隷派遣を始めるって言うかもしれないな」
フィーネさんが私の手を取りました。
「どうなるか分からないけれど、ギルドに持ち帰ってギルド長と話し合います。どうにかしてみせると約束はできないけれど……。奴隷という立場の人にもお金が渡るような仕組みを作れるように力を尽くすわ」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を深く下げました。
「すぐに改革はできないだろうから、今回の報奨金については、バーヌの分はユーキが受け取って、バーヌに渡してもらえる?」
今度は素直にはいと返事をしました。
バーヌが剣をフィーネさんに差し出します。お金が出るなら剣は返すということでしょうか。
「受け取りなさい」
「ギルドに拘束されるわけにはいかない」
「いいの?剣があればご主人様をしっかり守れるんじゃない?」
ちらりとフィーネさんが私を見ました。
「うっ」
「いくら金狼でも、剣がなければ守り切れないこともあるでしょう?」
ちらりと、フィーネさんの視線が私たちの後ろに向いきました。つられて振り返って後ろを確認すると、ルクマールさんが近づいてきました。
「ユーキ!お前のおかげでマジ助かったぜ!」
ルクマールさんが、私の両脇に手を差し入れて、持ち上げました。うぎゃぁ。
子供扱いですよ。
「話せ、ルクマール」
バーヌが、剣を構えてルクマールに向けました。
「ふふ、早速剣が役に立っているみたいね」
フィーネさんが笑っています。
え、ちょっと、さすがに剣の使い方は間違っていると思うんですよ。
人に向けてはいけません。
「バーヌ、なんでルクマールさんに剣を向けるの?」
「あ、れ?ユーキ、お前、坊主じゃなかったのか?」
ルクマールさんが慌てて私を地面におろしました。
「すまん、坊主だとばかり思って……」
あ、女だってばれた?まぁ、男の子と女の子……私は子じゃないけど、だと、触れば肉の軟かさが違うし分かる人には分かりますよね。
「ルクマール、それ以上、何を、言うつもりだ?」
なぜか、烈火のごとくバーヌが怒り始めました。
どうしたのでしょう。
「ルクマール、じゃぁ、調書を作りたいから、ギルドへ一緒に行ってくれる?たぶん1週間はかかると思うけれど……」
「はぁ?一週間?」
「そうね。同じ話をギルド長、王都から来た調査員、ギルド本部の記録係と、最低でも3回から4回はしてもらうことになると思うし」
「じょ、冗談じゃねぇ。おい、金狼、ちょっと、待て、お前の仕事じゃないのか?お前がとどめ刺しただろう?」
バーヌが楽しそうにルクマールさんの奴隷紋を見せました。
「冒険者じゃないから、ギルドの話は知らない」
ルクマールさんがうっと言葉につまり、それから叫んでいます。
「ずりー、ずりーぞ、金狼!」
「行きましょう、ユーキ」
本当に嬉しそうにバーヌの尻尾が揺れています。
楽しんですね。ルクマールさんとのじゃれあいみたいな会話が、きっと。
もしかしたら冒険者時代からの顔見知りなのかもしれません。
「じゃぁな、灼熊のルクマール」
ひらひらと手を振って、一緒に出張ギルドを後にしました。
「まてー、俺も、俺も奴隷になる、ユーキ、俺をお前の奴隷にしてくれっ!な?」
は?
なんか、変なことを言っています。
「やだー、やだー、調書とか報告書とか、めんどくせー、お偉いさんに説明とかやりたくない、ユーキ、俺、冒険者辞める、奴隷になるーっ!」
振り返れば、フィーネさんたちが必死にルクマールさんを抑えて引きずっている姿が見えました。
「奴隷になったら、まずはギルドで調書を作るように命令しますから、それでもいいんですか?」
と、ちょっと意地悪を言ってみます。
もちろん、命令なんてする気はないですし、それ以前に奴隷にする気なんて少しもありません。
「うぐっ」
涙目のルクマールさんに手を振ります。
「嘘ですよ、またどこかで会ったら、今度はレバーフライじゃなくてとんかつか何か別の肉料理をごちそうしますから、頑張ってくださいね!」
「肉っ!」
肉の単語一つで、ルクマールさんの目の色が変わりました。
ふふ、楽しい人です。
「ユーキ、いつまでルクマール見てるんですか」
はい?
いつまでって、そんなに長い時間は見てないと思うんですけど?
「奴隷になりたいなんて、変なこと言ってたね、ルクマール。よっぽど調書が嫌なのかな……。奴隷なんて辞めたくても辞められない人がいっぱいいるのに……」
視線を落とすと、バーヌの奴隷紋が目に入ってきた。
ん?
あれ?
「ねぇ、バーヌ、そういえば、主人の同意があれば、奴隷って解放されるんだよね?奴隷ギルドに行って解放してもらいましょう!」
「は?」
バーヌが足を止める。
「僕が、いらないの?」
尻尾が力なく垂れています。
「いるとか、いらないとか、そういう物みたいな言い方しないで」
ちょっとむっとなってキツイ言い方になってしまいました。
ううん、違う。
そうじゃないんです。
ずっとそばにいてくれたらいいのにって思っていて……。
奴隷じゃなくなったら、奴隷紋がなくなったら、自由になったバーヌは……。
私の元を離れていくのかなってそう考えたらちょっと寂しくなってしまったんです。
だけれど、私のわがままで一緒にいてなんて言えないですよね。バーヌはどうも、立派な冒険者だから……。
私の護衛のようなそんなちゃちな依頼を受けるような人じゃないはずで……。
だから、お別れなんだって思ったら、すごく悲しくて。
いるの、いらないのって言われたら、いるに決まってます!必要なんですっ!一人にされたくないんです!だけど、だけど……。
そんな言葉でバーヌを縛り付けちゃいけないんです。命の恩人だからと、バーヌは私がそばにいてほしいと言えばいてくれるかもしれません。
だけれど、きっと、ずっと奴隷として自由を奪われていたバーヌの自由をこれ以上うばちっちゃ駄目だと思うんです。
だから、言えない言葉を尋ねられて、逆切れに近い返事をしてしまいました。
「ご主人様……」
叱られたのかと思ったのか、バーヌがきゅっと尻尾を丸める。
あ、丸めることもあるんだと、ちょっぴり新しい面を知ることができて……。こんな時だけれど、いいえ、こんな時だから……。
手が伸びました。
ああ、我慢がききませんでした。
もふ。
そっと頭をなでると、バーヌが頭を下げました。とてももふりやすい場所に頭が……。かわいい耳が突き出た頭が。
ううううううううっ、自制心って、自制心って、なんでしたっけ?
もふ、もふもふもふっ。
おまけに、頭に顔引っ付けてくんか、くんか。
う、臭い。
そういえば、奴隷生活んときは、お風呂とか無理なんですよね。っていうか、この世界お風呂は一般的じゃないので、私も時々井戸の水とかで頭洗ったり、宿でお湯をいただいて体をふいたりしてるだけで……。
臭いけど、なんか、バーヌの匂いもちょっとするような気がします。あ、耳だ。耳だけ新しく生えてきたからなのか汚れてないので臭くないです。
くんか。くんか。
うう、でもやっぱり、臭い!
臭いにおいが勝っちゃう。
ぼえーっ。
もふもふ欲が、匂いに負けました。
両手を離します。
「懸賞金とかもらえたら、バーヌの服を買おう、たっぷりお湯使って体も洗おう。そうだ、石鹸とかもどっかに売ってないかな」
バーヌの顔がぴかっと輝きました。
「僕の服?あの、ご主人様が買ってくださるんでにゅdyshd」
「バーヌ、その前に奴隷ギルド行って、バーヌはもう奴隷じゃなくなるの」
バーヌがにこっと嬉しそうに笑っている。
ああ、また癖で頬っぺたびろーんしちゃったけど、やっぱりうれしそうな顔。
「奴隷解放するのにはお金がいるんですよ、ユーキ」
はい。知ってます。
「ダタズさんの奥さんがそう言っていました……いくらいるんでしょう……」
報奨金が出ると言っていましたし、足りないのなら一生懸命働いて貯めます。ダタズさんが貯められるのであれば、私にも貯められるんじゃないでしょうか。少し時間はかかるかもしれませんが。
「奴隷によって違うんですよ。売られた時の値段が解放するための価格です」
ニコニコとバーズは笑っています。
「え?そうなの?えっと、バーズはいくらあれば解放してもらえるの?」
バーズは笑顔のままさらりと答えました。
「僕は高いですよ。治らない進行性の病が発覚した後、価格が下がる前に高値で売りに出しましたから」
え?
「見た目も能力も、今とほぼ変わらない状態のときに、売りに出しましたから」
はい?
見た目は、すんごくかわいいです。耳がぴくぴく動くのも、尻尾が嬉しそうに揺れるのも、もう、めちゃくちゃかわいいです!
親バカだとか何だとか言われようとも、これは譲れません。
え?世間的にはイケメンって方に価値があるんですか?知りません。
世間的には肉体美にも価値があるんですか?関係ありません。
バーヌの魅力はそんな容姿的なところにはないんですっ。
能力と言うと、嬉しそうに尻尾を振る能力ですか?もふもふしたときの柔らかな髪と、温かい耳の感触ですか?
あ、違いますか。冒険者として有能な戦闘能力の話ですか。……確かに、強いのってすごいですが、それよりも、癒し能力のほうがすごいと、はい、わかりました。私の感覚は、とっても親バカなのですね。
うちの子すごい。っていう親バカ感覚……。
「高級奴隷どころか、超高級奴隷ですよ」
ニコニコと相変わらず笑顔のバーヌ。
自分が価値が高いことに誇りを持っているのでしょうか。
でも、笑いごとではありません。
「もしかして……今回の報奨金程度じゃ、とてもじゃないけれど足りないような額ってこと?」
「報奨金がいくら出るのかは知りませんが、そうですねぇ、普通の人が1年暮らせるお金の100年分くらいの金額です」
ひゃ、ひゃ、ひゃ……。
「百年分っ?!」
1年暮らせるお金ってどれくらいでしょう。
日本で、節約生活して200万として、その100年分……に、二億。
もう少し贅沢な暮らしをしていたとしたら、5億ぐらい?
お、億単位のお金……。
ニコニコと嬉しそうなバーヌ。
「ごめんなさい、バーヌ。頑張ってお金貯めても、すぐには無理かもしれません……」
どうしよう。
どうしたら、たくさんお金が稼げるのでしょう。
「ねぇ、バーヌ、ごめんね、って、なんでバーヌはそんなに嬉しそうな顔してるの?もうっ。また、3回回ってワンって言わせるからね!」
バーヌが素直にくるくると回り出そうとしたので、ぎゅっと抱き着いて動きを止める。
「あー、やらなくていいっ、うわぁ」
バーヌが私を抱き上げ、ぎゅっとしたままくるくると3回回りました。
「ワンッ」
ワンじゃなぁーい!
フィーネさんのつぶやき。
「いったい、あの子はなんなの……」
ジョジョリさんが反応した。
「すごい子でしたねぇ。あの金狼を奴隷に持ってるなんて」
フィーネさんがふっと小さく息を吐きだす。
「奴隷ならば、幾らでもお金を積みさえすればすごい人を持つことができるわよ。それよりも……あの子の鑑定能力は何なの?」
「鑑定能力のなせる業ではないでしょう、発想力に今回は助けられたのだと思いますよ。弱点が喉だと、首の付け根ではないと……。こう、人間、自分たちの体を使って発想するなど」
喉仏を抑えるクラノル。
「それもあるわね。あの子の価値は鑑定能力になんてない。屋台を出し、騒動一つ起こさずに人を並ばせ、売り切れ後にも文句を言わせなかった。試食だと私たちに食べ物を持ってきたのも考えてやったとしたらさすがだわ」
「確かに、商才はずば抜けてありそうでしたね。半額券というものを配っていたそうですよ。半額で売るなんて損にしかならないと思いますが……話を聞けばそうでもなさそうです」
「そうね。もう一度足を運んでもらえて、味を覚えてもらう。並んでも手に入らなかったという苦情を収めるだけでなく、もう一度足を運ばせるなんて、奇跡的な方法よね」
ジョジョリさんがクラノルさんとフィーネさんの会話を聞きながら、なるほどと頷いている。
「計算も早かったし、礼儀正しい、貴族かどっかの隠し子で相当教育されてるとか?」
そこにルクマールが渋い顔をしてやってきた。
「ん?誰の話だ?ユーキか。あいつ、文字はかけないって言ってたぞ。だから、俺が代わりに看板に文字書いてやったんだ」
と、どや顔を見せる。
その顔をみて、フィーネさんは、再びつぶやいた。
「本当に、あの子はなんなの……」
いくら奴隷と主人という関係だったとしても、あれほど金狼を動かし、灼熊ルクマールにも慕われるなんて。
二人がまさか協力して戦う日が来るなんて、誰も信じなかったでしょうね。
「ああ、あのへたくそな字は」
ジョジョリが口を滑らせている。
「何だと?そんなことより、さっさと仕事終わらせようぜ、あいつら街から出ていっちまうだろ!」
「え?出て行っては困るのですか?」
クラノルの問いにルクマールが答えた。
「あ?だって、ユーキを見失っちゃうだろ」
へ?
見失う?
「俺、ユーキの奴隷にしてもらうのが夢なんだ!」
は?
ユーキの奴隷に、なりたい?
「あの子、なんなのぉぉぉぉっ!」
フィーネさんの絶叫がこだました。
ご覧いただきありがとうございました。
修正前の状態ですが、とりあえず第一部完結部分まで1話のボリュームもおかしな状態で……載せました。
さて、徐々に修正して……いけるか全く自信がないので慌ててきりが付くところまで載せました。あとは細部修正になるのですが、修正待ちで更新放置より、未修正乗せといてそのうち差し替えの方がいいかなーとの自己判断です。人によって好みはわかれるかと思いますが……(´・ω・`)




