く、く、く、熊!
「噂を聞いた限りじゃ文字もかけそうなもんだが、あてにならないなぁ」
だから、どんな噂を聞いたんでしょう……。
「あの、お礼に半額券を差し上げますので。夜に並ばずに半額で買える券なんですが……文字を書いてもらえないですか?」
と言ったら、ルクマールさんの雰囲気が一変。まるで獲物を逃がすまいとする猛獣のような空気を身にまといました。
うう、ちょっと、怖いですよ。
「手伝うぜ!なんだ、何を書けばいいんだ?」
「えっと、こう板と棒を組み合わせて支えあうような形で自立する看板を作って、並んでいてもその看板を見れば何がいくらで売っているか分かるようなものを作りたいんです」
せっかくなので文字だけじゃなくて、看板本体のこともこそっと口にしてみました。
あ、別に、今なら何を頼んでもルクマールさんはやってくれそうだと思ったからじゃないですよ。
「なるほど、ちょっと待ってな!」
冒険者さんがどこかから腕くらいの太さの木を何本か持ってきました。薪っぽいように見えます。それに剣を当ててスパーンスパーンと切って、どこから調達してきたのか別の木の棒に釘で打ち付けて板を作り、その裏に斜めに溝を掘って、そこに長い木の棒が引っかかるようにして、巨大なスマホホルダーみたいなものが出来上がりました。
ああ、目が釘付けです。
釘打ちしてるルクマールさんにくぎ付けです。
何旨い事言っているんでしょう。
だって、今まではるか頭上で見えなかったんですが、がかがんで作業をし始めたら……ルクマールさんの頭が見えて……。
見えなかった頭の上に、ひょこんと……ひょこんと……。
小さなかわいいお耳が!熊っぽいかわいいお耳が!
ふ、ふわわわわっ。
ふわわわわわわ。
ぴょこぴょこぴょんぴょこっ。
「なんだ?そんなにじーっと見て」
ぎくりっ。
耳に触りたいとか、頭なでなでしたいとか、もふもふもふもふもふとか、もももふふふふとか、思ってないですよ……。
えっと、えーっと。ルクマールさんが怪しげな顔で私を見ていますよ。何かごまかさないと……。
「うわー、すごい!魔法みたいですっ!」
「そうか?魔法か!」
両手でぱちぱち拍手をしてほめたたえます。
耳ばかり見てたわけじゃないですよ。ちゃんと作っているところも見てましたが本当にすごいです。
「で、文字はここに書けばいいのか?」
と、看板を指さします。
「あ、いえ。張り替えられるように、紙にお願いしてもいいですか。えっと、メニューは」
と、紙とペンを渡して代筆してもらう。
メニューをかきながら、ルクマールさんがにんまりと笑う。頭の上の耳がそれに連動してふわふわと動いた。
「へー、夜は肉とパンと、シチューがあるのか。そりゃ楽しみだ」
「ありがとうございました!あの、これ……」
さっき書き直した半額券を渡す。
「ん?なんか後から書き直してあるな?」
「はい。これだけいろいろお世話になったので、半額券ではお礼にならないと思いましたので、無料券です。夜の食事は好きなだけ食べてください」
半額の文字に二重線を引いて無料と書き直した券を渡す。




