勇者の画策
アリスはウィベックに向けて馬を走らせていた。ヴァンと出くわさないように、遠回りだが魔物の森を迂回する形で進んでいた。
幸いにもヴァンには出会わず、城下都市ウィベックが見え始めるところまで来ていた。
だが、ウィベックはもはやアリスにとっては危険な国だった。少し離れたところで馬を置き、ウィベックに近づいていく。
(勇者様はもう都市内に入ってしまったのかしら)
正門に近づき様子を伺うアリス。すると何人かの会話が聞こえてきた。
「大臣はうまくやってるか?」
門番の兵士に話しかける男がいた。
「はっ、もうじき作戦を決行するとのことです。勇者殿」
(あの方が勇者様……)
アリスは男の方を影から覗き見た。見たところ、全身を高価な装備で身に纏っているようだ。連れている仲間が2人いるが、いずれも立派な装備をしていた。勇者と呼ばれた男は180センチほどの身長で手足がスラッと長くスタイルが良かったが、目つきが鋭く、その表情からは感情が読みとれない。
「姫は殺せたのか」
勇者と呼ばれた男が兵士に問う。
「いえ、それがヴァン殿が森で見失ったっきりだそうです」
「ちっ、おそらく森の北の都市ヴァレタだろう。大臣のやつはなにしてやがる」
「まあまあ、それよりはやく計画を進めましょうよ。城の宝石はすべてわたしのものだからね」
勇者の連れの女が悪戯な笑みを浮かべた。
「ああ、ただし国宝はおれがもらうぞ」
勇者が表情を変えずに言った。
「おれは暴れられたらなんでもいい」
さらに勇者より背の高い男が言った。
(そ、そんな勇者様が。これではもう……)
アリスはその場でへたり込んでしまった。頼りの勇者が黒幕だと知ったアリスには、もう頼れるものがなかった。
勇者たちは門を抜けて都市に入っていった。
(どうすれば……。このままでは国が)
アリスはショックのあまり考える力がなくなっていた。アリスはその場でしばらく放心した。
その後立ち上がったアリスは真っ白になった頭でふらふらと歩き始めた。
「なんだ?」
アリスの足音に気付いた門番がアリスの方に向かってきた。
「姫様!?」
(もう、これまでなのかもしれないわね)
アリスは兵士に見つかり、抵抗もせずに大人しく連行されていった。
玉座の間に連れていかれたアリスの前には国王と王妃である、アリスの父と母が座っていた。
「会いたかったぞ、娘よ」
ウィベック国王がアリスを見下ろし喋る。国王の目はどこか虚ろだった。
「お父様、やめてください!」
二人の兵士押さえられながらアリスが叫んだ。
「手間をかけさせおって」
国王の側には大臣がいた。魔族に通じ、国王と王妃に洗脳をかけたのはこの男だった。
「くっ、なぜこんなことをするの!?」
「なぜだと?わたしの方が王にふさわしいからだよ。国を豊かにするのはこの古い王ではなく、新しい王のわたしだ」
「ふざけないでっ!」
「ふざけてなどおらん」
大臣は鼻息をふんっと鳴らしアリスの方を一瞥した。
「ようやく捕まえたか」
勇者が玉座の間に入ってきた。
「あなた!?」
「これでウィベックも終わりだな」
無表情で勇者が言った。
「なぜ勇者様がこんなことをするんですか!?」
「おれは国宝を手に入れれたら良かったんだよ。そのためにそこの大臣に協力してやった」
「国宝……?まさか『火のオーブ』を?」
「それより一つ気になる事がある」
勇者はアリスの問いかけを無視して話す。
「なぜ計画に勘付いた?あんたを洗脳しなかったのは失敗だったが、気づく要素はなかったはずだ」
「さあ?どうしてでしょうね」
アリスは吐き捨てるように言った。
「おい、王に聞いてみろ。何かわかるかもしれん」
勇者が言うと、大臣がウィベック国王に喋らせた。
「アリスには予知のスキルがある。何か見えたのかもしれん」
ウィベック国王は虚ろな目で表情を変えずに喋った。
「くっ……」
アリスは俯いた。
「予知か。なるほど合点がいった」
勇者がアリスの方を一瞥した。
「なんと!?姫様が予知を持っているとは!これは素晴らしい!」
大臣が興奮気味に叫んでいる。
「勇者殿、この娘は殺さずにわたしが飼ってもよろしいか?」
「好きにしろ」
勇者は興味がなさそうに部屋を後にした。
「予知といっても、自由に未来を予知できる訳ではありません!たまに夢として未来の映像が断片的に見えるだけです!」
「ふん、それだけでも十分よ。見た予知はすべてわたしに話してもらう」
「わたしが素直に話すと思いますか?」
アリスは大臣を睨みつけた。
「喋らす方法などいくらでもあるわ!姫様を牢屋に入れておけ!」
大臣命令された兵士に連れられ、アリスは牢屋に閉じ込められてしまった。
「あら、似合わないところにいるのね。お姫様」
勇者の連れの女が牢屋の外からアリスに話しかける。
「この国をどうするつもりなの?」
「もうすぐ今の国王が乱心し、民からすべてを奪おうとするでしょうね。そこで大臣が国王を討伐してハッピーエンドって筋書きよ」
「そんなっ……」
アリスの顔から血の気が引いていく。
「勇者様がそんなことをするはずがない。あの人は偽物ですね!」
「いえ、本物よ。残念ながらね。わたしはあの人のスキルを一度見たことがあるの。紛れもなく伝説に伝わる勇者のスキルだったわ」
「そんな……」
「あなたには少し同情するけど、残念ながらもうどうしようもないわね」
そう言うと女は牢屋を出ていった。
(もう、どうすることもできないの……?)
アリスは牢屋の中で膝を抱えて丸くなった。そしてアリスから一筋の涙が溢れた。