異世界の国ヴォルツ
「はあっ、はあっ」
悠真はアリスを抱えたまま森を抜け、さらに十数キロは走り続けていた。
「ここまで来ればとりあえずは……」
悠真は足を止め、アリスをゆっくり下ろして座り込んだ。
「すごい体力ですね、ユーマさん」
アリスが驚いている。
「じ、自分でも驚いてるよ」
ここまで悠真が走ってきた速度は馬より速かった。悠真はまだ自分の身体能力向上の限界を測れていなかったのだ。
「あいつ、かなり強かった」
先ほどの戦いを思い出し、悠真の額から一筋の汗が流れた。
「ええ、あのヴァンと対峙して生き残れたのは、ユーマさんのおかげです」
アリスが続ける。
「ユーマさんがいなかったら今頃……」
アリスは最悪の事態になったことを想像しゾッとする。
「あいつ、あの虎の魔物で足止めできるかな」
「ヴァンであれば、森の主も倒してしまうかも知れません。急ぎましょう。くっ……」
アリスは身体の痛みを我慢し、脇腹を押さえながらも立ち上がった。
「大丈夫!?」
悠真はアリスの身体を支える。
「ええ、大丈夫です。ここはもうヴォルツの領土。城壁都市ヴァレタまで急ぎましょう」
「わかった。そのヴァレタまではどれくらいかかるんだ?」
「もうすぐ見えてくるはずです」
「ここから近いんだな。よし、行こう」
二人はヴォルツの城壁都市ヴァレタへと歩き始めた。
「そういえば、あいつが『アリス・アングレーム』って言ってたけど、アリスのフルネームなんだよな?」
「え、ええ……。そうです」
アリスは少し顔を曇らせ、俯いた。アリスが顔を曇らせたことに疑問を抱く悠真。
「良い名前だと思うけど」
「ありがとうございます」
アリスは顔をあげ、安堵の表情になった。
「見えました!あれがヴァレタです」
「おお、すげー」
遠くの方に立派な城と街を囲う頑強そうな城壁が見えた。
二人は城壁の門前に辿り着いた。
門前には二人の門番らしき兵士が立っている。いずれも中世の鎧に似た物を装備しており、一人は槍、一人は剣を携えていた。
(うおー、それっぽいなー)
城壁の前に構える兵士に、悠真は感動していた。この世界に来てから悠真が出会ったのはアリスと、アリスを殺しに来る追っ手だけだったのだ。街を守る兵士という安心感のある人間に会うことは悠真にとってはとても安堵することだった。
悠真とアリスが城門に近づいて行くと門番が話しかけてきた。
「ようこそ、ヴァレタへ。身分証の提示をお願いします」
(えっ、身分証いるの?やばい……)
悠真は一気に挙動不審になる。
「あの……」
アリスが兵士に近づいて耳打ちする。そして何かを見せる。
「これは!失礼しました。どうぞお通りください」
兵士がアリスに畏まる。
「そちらのかたは?見たこともない格好だが」
兵士が悠真の方を見た。
「旅のお供をしてくださった方です。珍しい服を来ていますが、怪しい人ではありません」
アリスがうまく悠真をフォローする。
「そうでしたか。では身分証をお願いします」
「あー、それが……」
悠真は頭を掻いて困った様子だった。
「どうしました?ユーマさん」
悠真は耳打ちでアリスに身分証がないことを伝える。
「そうですか……。わかりました」
アリスは少し思案し、兵士の方に向き直る。
「身分証を無くしてしまったみたいで。この方の身分は私が保証します。通していただけないでしょうか」
兵士が少し考えて答える。
「わかりました。それでは市内で身分証を再発行したあと、またこちらに見せに来ていただければ」
「よかった。ありがとうございます」
ユーマが兵士にお礼を言った。
門を抜けると、賑わいのある街並みが目に入る。石畳の道に露天商が並んでおり、民族衣装のような服が置いてあったり、見慣れない野菜のようなものが売ってあったりと悠真が見たことのない光景が視界に広がっていた。
「うおー、人がいっぱいだ」
悠真は口を大きく開け、目をキラキラさせていた。
「まずは魔物の素材を売りに行きましょうか」
「そういえば、魔物を倒した時に解体してたね」
「ええ、魔物の素材を全部売ればそこそこの金額になると思いますよ」
二人は武具屋に来ていた。
「ふむ。全部で小型金貨2枚だね」
「おお!」
悠真とアリスは同時に声を上げた。
(って小型金貨でどれくらいの価値なんだ)
悠真にはこの世界での通貨の価値がイマイチわかっていなかった。
「ついでです。その服装では目立ちますし、ここで買っていくのはどうでしょう?」
「確かに」
悠真はケープとズボン、皮のブーツを購入することにした。
小型金貨1枚払うと大型銀貨15枚が返ってきた。どうやら小型金貨1枚と大型銀貨20枚が等価のようだと、悠真は思った。
「まるでロビンフットだ」
購入した服に着替えると、悠真は言った。
「すごく似合ってますよ」
アリスが悠真を見て微笑んだ。
「さて、どうするか」
店を出た悠真が言った。
「私は勇者様の情報を集めてきますが、ユーマさんはどうしますか?」
悠真は思案した。
(このままアリスについて行くと間違いなく面倒ごとに巻き込まれる。アリスは可愛いし良い娘だけど、それだけで命をかける理由もないし、おれは当初の目的通り帰る手段を探そう)
「おれは帰るための情報を集めるよ。ここまでありがとう」
「そうですか」
アリスは一瞬残念そうな顔をし、少しぎこちなく笑う。
「こちらこそ、ユーマさんにはすごく助けられました。ありがとうございます!」
「ああ、勇者、見つかるといいな」
「ええ、ユーマさんこそご無事に帰れることを祈っております。あ、そうだ。身分証の発行は祈りの部屋で行います。教会に事情を話せば手続きはできるはずです」
「そうなんだ、ありがとう!じゃあ、元気で」
「ええ」
そうして二人は店の前から、別々の方向に向かって歩き出した。
(あー、もったいなかったかなー。あんな可愛い子なかなかいないぞ)
悠真はキョロキョロと周りを見ながら歩いていた。眼に映るもの全てが悠真にとっては新鮮だった。
(どうしようか。まず宿を確保しないといけないし、身分証もいるよな、それに当面帰れないなら稼ぐ手段も必要だ)
悠真は立ち止まって辺りを見回す。すると、十字架を掲げた屋根が見えた。
(あそこが教会か?)
宿の場所もわからない悠真はとりあえず目に付いた教会に行くことにした。
「あの、すみません」
教会の扉を開け、呼びかけてみる。
「どうしましたか?」
奥から年若いシスターがやってくる。
「実は、身分証を無くしてしまって、祈りの部屋を使わせて欲しいのですが」
「それは大変でしたね、ではこちらに来てください」
教会の奥に入って地下に降りる階段を下っていく。地下に下りると頑強な扉がある。とても厳かな雰囲気の場所だった。
「ではこれを」
シスターがプレートを渡してくる。ちょうど文庫本ぐらいの大きさだった。
「これは?」
シスターが怪訝な顔をする。
「身分証ですよ?祈りの部屋にある台座に置いて、神様にお祈りするとあなたの個人情報が刻まれます」
「あ、ああ。そうでしたね」
(危ない。ちょっと怪しまれてるな)
「レベルが上がったりしたらまた来ていただければプレートの内容を更新しますよ」
(なるほど)
「そうでしたね」
悠真は怪しまれないように調子を合わせた。
「では祈りの部屋にお入りください」
(不思議な場所だな)
部屋は正方形で6畳ぐらいの広さだろうか。真ん中に台座があり、台座の少し奥、3メートルほどの高さの所に光の球体が浮かんでる。
「えっと、こうか」
悠真は台座にプレートを置き、目を瞑り、祈りのポーズをしてみた。
(こんな感じかな)
すると、光の球体が強く輝き、プレートが光り始めた。
(人の子よ、そなたがこの世界に生きている証をここに刻もう)
悠真の頭の中に声が響く。
(ま、まさか。本当に神がいるのか……!)
悠真は驚き、思わず目を開けて辺りを見回す。
(そなたの名前はユーマだ)
また悠真の頭の中に声が響く。
(所属はヒューマン、歳は26、レベルは5、属性は雷と光、スキルは……)
頭の中の声が続きに悠真の情報を読み上げていく。
名前 :ユーマ
種族 :ヒューマン
歳 :26
レベル:5
属性 :雷、光
魔力量:620
スキル:身体能力常時10倍、収納、取り寄せ、???
悠真の情報がプレートに刻み込まれた。
更に頭の中に声が響く。
(スキルの説明に入る。身体能力常時10倍は魔力を消費せず常に発動しているスキルだ。収納は生物以外の物を亜空間に収納する。魔力量により収納可能な大きさや量が異なる。取り寄せは一度でも触ったことのある物を手元に引き寄せることができる。魔力量により引き寄せ対象の距離や大きさには限界がある)
(お、おい。そんなことより神様ならおれが元の世界に帰る方法を知ってたりしないか!?)
悠真が頭の中で質問する。
(……まずはこの世界を知ることだ)
(どういうことだよ!?やっぱり何か知ってるんだな?)
それきり頭の中の声は止み、光の球体の輝きがゆっくり収まっていき、プレートから光が消えた。
(おい!おい!)
「くっ、なんだよ」
悠真はぎりりと歯噛みした。
悠真はプレートを台座から取り、眺めた。
(『身体能力常時10倍』これのおかげでやけに体力やら力が上がっていたのか。ん?この『???』というのは?)
プレートを持ったまま扉を開けて外に出ると、シスターが待っていた。
「無事、身分証を作れましたか?」
「はい、ちゃんと作れました。それでちょっと聞きたいことがあるんですが」
「なんでしょうか?」
悠真はプレートをシスターの方に見せながら話した。
「このスキルのところの『???』というのはなんでしょう?」
「えっと、プレートのスキルは普通は他人には見えないようになってるのでわたしには見えません……。プレートに許可を与えたら一時的に他人にも見えるようにはなるのですが」
困った顔でシスターが言う。
(そうか、アリスもスキルは他人に言うものじゃないと言ってたっけ。それにしても便利な機能がついてるんだな、このプレートは)
「その許可を与えるにはどうすれば?」
「プレートを持って『スキル閲覧権限付与』と念じれば」
「なるほど」
(スキルは他人に教えるものじゃないと言われたけど、このスキルなら問題ないだろう。それにシスターだし変に悪用されたりもないはずだ)
(スキル閲覧権限付与)
「これで見えますか?」
改めてプレートをシスターに見せる。
「ええ、見えました。こ、これは……」
「どうしました?」
「『身体能力常時10倍』!?」
「珍しいんですか?」
「珍しいどころか、初めて見ましたよ!身体能力強化系は元々珍しいスキルですが、最高でも3倍しか見たことがありません!それに普通は任意発動で魔力を消費するはずです!常時10倍なんて……」
シスターが慌てふためき、興奮して早口にまくし立てる。
「そ、そうなんですね。なんか魔力は消費しないと言ってましたけど……」
悠真は大人しそうなシスターの豹変ぶりに驚いていた。
「魔力消費しないなんて……」
シスターはポカンとした顔で呆然としている。
「身体能力強化系は元々スキルの中でもかなり強い方のレアスキルです。このスキルは人に見せてはダメですよ。大騒ぎになってしまいます」
シスターは強い口調で言った。
「わ、わかりました」
悠真はシスターの勢いに押されて返事をした。
「で、他のスキルは……。収納ですか。これも珍しいスキルです。良いスキルをお持ちですね」
(収納はかなり便利そうだよな。この世界を歩き回るには最適だ)
悠真はここまでの旅で食料や道具などの備えの大事さを実感していた。
「あとは取り寄せ?見たことないスキルです」
「そうなんですね。魔力量によって効果が変わるそうなので、どの程度使えるか……」
「そういえば魔力量は……、620!すごいですね!」
「え、すごいんですか?」
「ええ、600を超える方はなかなかいません。高名な魔道士の中でも数人しかいないと聞きます。わたしが見た中でも最高は550でしたよ。それに光属性を持っている方も少ないです」
「ほー」
「いや、それより見て欲しいスキルはこれなんですけど……」
悠真はプレートを指差した。
「あ、失礼しました。これは……、確かに『???』と書かれていますね。わたしも初めて見ました」
「そうですか、何だろうなこれ」
「スキルは後から何かのきっかけやレベルアップによって追加されることもあるんですが、追加されるまではプレートに表示されないので、『???』というスキルを持っている。ということにはなるんだと思いますが……。すみません、わたしにはわかりません」
「そうですか。いえ、ありがとうございました!」
「あ、そうだ。それだけのスキルを持っているならギルドに行くと街の人々のお役に立てると思いますよ」
(ギルド……、金策にいいかもしれないな)
「ありがとうございます。立ち寄ってみます」
「はい、では。神のご加護を」