絶望の前線
悠真はエレーナの横で自身の視界に浮かんでいるマップを注視していた。
「遊撃部隊が敵の魔族群と接触しました。戦闘が始まったようです」
「そうか、魔法兵器を撃つタイミングはお前に任せるぞ、ユーマ」
「わかりました……」
マップでわかったことは、魔族たちはどうやらドラゴンに騎乗してるということだった。
遊撃部隊と戦闘中の部隊の後方にはまだヒュドラを誘導しているドラゴンたちが何体かいる。
ヒュドラは間違いなく魔法兵器なしでは倒せないだろうな。
「迎撃部隊は戦闘準備だ!」
エレーナが迎撃部隊に号令をかける。遊撃部隊をすり抜けた魔族たちはこの迎撃部隊が相手をすることになる。
——ドラゴンたちが一箇所に固まってるな。
「エレーナさん、今です!」
「よし! 撃てぇーー!!」
魔法兵器が轟音を立ててとんでもなく大きい魔法砲を放った。悠真の耳がキーンと唸る。
「よし! ドラゴンたちに着弾しました。五体沈みましたよ」
「上出来だ!」
「でも、こっちの兵たちも落とされつつあります……」
——これはっ!
「ヒュドラがもうすぐ射程距離に入ります! 部隊の陣形が崩れてる……まずい! 押されてますよ!」
「……魔法兵器で援護はできるか?」
「敵味方入り乱れてます。今撃つと味方にも当たる可能性が……」
エレーナが思考を巡らせる。時間にしては数秒だったが悠真にはその一瞬がもどかしかった。エレーナが口を開くのをじっと待つ。
「撃ち漏らしたドラゴンはどうなってる?」
そういえば何体かに抜かれてしまったはず——
「遊撃部隊を抜けてきたドラゴンたちがいます! おそらくもうすぐ視認できるぐらいに迫ってきてます——見えた!」
「まだあの数なら対処できるか……! 迎撃部隊の半分は遊撃部隊に合流だ! 残り半分は抜けてきたドラゴンを迎え撃て!」
「——! ヒュドラが射程距離に入りました!」
「よし! 撃てーーーー!!」
****
フリーダはドラゴンを視界に捉えた。迎撃部隊は皆弓矢を装備していたが、フリーダは弓矢を扱えなかったので徒手だった。
周りの兵たちが上空のドラゴンに向けて弓矢を構える。
フリーダはググッと脚に力を入れた。
「いっくぞぉーー!!」
脚に溜めた力を一気に解放し、ドラゴンのいる上空まで一気にジャンプする。
獣人ならではのこの身体能力が人々に畏怖の念を抱かせて、差別にまで追いやった原因の一つと言われている。
「す、すごい……」
迎撃部隊の兵たちから感嘆の声が上がる。大陸では獣人が差別されていることが多く、この国でも歴史上獣人は排除されていたため、兵や冒険者の中には獣人はいなかった。
それゆえ、この国のほとんどの兵士たちは獣人の本来の力を見たことがなかったのだ。
「魔法装備『雷の爪』」
フリーダの両手にバチバチと雷電が覆う。その両手でドラゴンに乗ってる魔族を切り裂く。
さらにドラゴンを足場にして別のドラゴンに飛び乗り魔族を落としていく。
フリーダはドラゴンに雷の爪を立てて放電した。ドラゴンが悲鳴をあげて落ちていく。
その戦いを見て兵士の指揮が一気に上がる。
「フリーダさんに続けー!!」
地上から弓矢の嵐がドラゴンを襲う。致命傷にはならないものの、ドラゴンが体制を崩した隙にフリーダがさらに襲いかかった。
「遊撃部隊がやばいらしい! 迎撃部隊の半数が援護に迎えとの指示だ!」
フリーダがドラゴンを何体か落とした頃、伝令がきた。
「遊撃部隊って、アリスとクラウスがいるところだ! わたしがいくよっ!」
フリーダは地上に着地するとピョンピョンと跳ねながら前線を目指していく。
「大丈夫だよね……アリス、クラウス!」
****
前線の遊撃部隊は壊滅状態にあった。
遊撃部隊は体長50メートルはあろうかというヒュドラの進行を全く止めれずにいた。
魔法兵器の砲弾は確実に着弾しているが、一瞬に足を止めるだけで、全くダメージを与えるには至っていたなかったのだ。
遊撃部隊はそんなヒュドラに気をやられて、ドラゴンに騎乗した魔族たちに次々と落とされてしまっていたのだ。
「ホンモノの化け物だな、こいつは……」
クラウスとアリスはそんな状況の中、かろうじて生き残っていた。
しかしもう体力も魔力もあまり残っていない。特にクラウスはもともとそんなに魔力がある方ではなかったので、自身の風魔法で飛べるのもあと僅かといったところだった。
「ボルマーさん、このままだと全滅ですよ!」
遊撃部隊の隊長であるボルマーは優秀だった。ボルマーの的確な指示がなければ部隊はとっくに全滅していただろう。
しかし、ボルマーも目の前の怪物相手に、次に打つ手は何も思い浮かんでいなかった。
——いや、一つだけある。
ボルマーはそう思った。
「わたしがヒュドラを止めます。皆さんはわたしが作った隙をつき、ヒュドラに総攻撃をかけてください。……それでも仕留めきれなかった場合は、全員撤退です」
「ボルマーさん、何をする気ですか?」
アリスはボルマーの並々ならぬ覚悟を感じ取った。
「行きますっ!」
ボルマーはアリスの問いに答えないままヒュドラに特攻をかける。
「ボルマーさん!」
「ボルマー!?」
アリスとクラウスが叫んだが、ボルマーはそのままヒュドラに突っ込んでいく。
ボルマーはヒュドラの頭の一つに近づき、その大きな口に突っ込んでいった。
その瞬間——
轟音と共にヒュドラの頭が弾け飛んだ。
「ボルマーさんーーー!!」
「まさか、自爆かよ!? くそ! アリス、追撃だ。全ての魔力を使うぞ!」
「くっ……」
アリスとクラウス、それに生き残っていた兵士たちが力を振り絞って最大級の魔法をヒュドラにぶつける。
ヒュドラに魔法がぶつかるたびに煙が上がって、やがてヒュドラの姿が煙で見えなくなる。
「これでもう、自力で飛ぶこともできないぜ……」
クラウスが魔法板に着地する。
アリスが肩で息をしている。これで致命傷じゃなかったら……。
煙の中から咆哮と共にヒュドラが現れた。
あたりの空気がビリビリと割れそうになる。
ヒュドラの頭の一つ、ボルマーが潰した頭がググッと盛り上がり、なんと頭が生えてきた。
「な、なに……」
「そんな、嘘でしょ……」
クラウスとアリスの表情が一気に絶望に染まった。
ボルマーが命と引き換えに潰した頭が、あっさりと復活してしまったのだ。
周りを見ると、遊撃部隊はすでに10人ほどに減っていた。




