森での戦い
「そろそろ休みましょう。魔物に備えて私は起きていますので、まずはユーマさんからお休みください」
「いいの?」
「ええ、わたしはまだ眠くありませんから」
「わかった。じゃあお言葉に甘えて」
悠真は石を枕にし、アリスに背を向ける形で横たわった。
(とはいえ、こんなとこで寝れるかな)
20分ほど経ったころ、やはり悠真は眠りにつけていなかった。
(色々考えてしまうし、寝付けないな……)
(アリスは国を乗っ取ろうとしている男に狙われてると言ってた。アリスは何者なんだろう。あまり深く関わるとややこしいことになりそうだし、詳しくは聞かないようにしてたけどやっぱり気になる)
「ぐすっ……。お父様、お母様……。」
アリスは焚き火の方に視線を落とし、泣いていた。
(やっぱり相当ややこしそうだな……)
悠真はそのまま目を閉じた。
アリスは目をこすり、顔を引き締める。
(ユーマさん、別の世界から来たと言っていたけど、彼は一体……?素手で魔物を倒すなんて相当の達人じゃないとできないはずだし。良い人には変わりないけど、不思議な人……)
アリスは悠真を信用はしているものの、これまでの悠真についての情報から只者ではないと勘ぐっていた。
気付けば悠真が起きていた。
「そろそろ代わるよ」
「あ。ありがとうございます。でもなんだか眠れそうにありません」
アリスが困ったような笑い顔で返事をする。
「まだヴォルツまでは歩かないといけないんでしょ?横になるだけでもなっておいた方がいいと思う」
「そうですね……」
アリスが悠真に背を向けて横になる。
アリスが背を向けたまま問いかける。
「ヴォルツに勇者様はいらっしゃるでしょうか」
「うーん、どうだろ?おれにはわからないなー」
「そうですよね、ごめんなさい」
と、アリスは笑って言ったが、どこか無理のある笑顔だった。
翌朝、二人は森を抜けるため歩き始めていた。
「魔物の森っていうから、身構えてたけどそんなに大した魔物はいないんだね」
「今までの魔物は確かに大したことありませんが、この森には主がいます」
「主?」
「ええ、虎の魔物です。森の奥にいて滅多に遭遇することはないのですが、森に異変があるとこの辺りにも現れるそうですよ」
「虎の魔物かぁ、やばそうだな」
「いくらユーマさんでも流石に素手では挑めないと思います。虎の魔物は水の魔法を使ってくるようなので火の属性しか使えないわたしとも相性が悪いです。出会ったらすぐ逃げないとですね」
「まじか……」
気の大きくなっていた悠真だったが、それを聞いてまた周囲を警戒し始めた。
「もうすぐこの森を抜けれますよ」
「はー、長かったー」
悠真はあまり日差しが入らない森の中で魔物に襲われ続け、慣れないサバイバル生活をしたため疲れていた。
「よぉ〜やく見つけたぜぇ」
突然後ろから男の声が聞こえ、二人が振り返る。
「だれ?知り合い……じゃないよね?」
悠真がアリスに尋ねる。
「おそらく追っ手です」
戦う構えを取りながらアリスが答える。
「やっぱり?」
顔を引きつらせながら悠真も構えを取る。
「あん?女一人と聞いてたが、男も殺していいのかぁ?」
男が笑いながら言う。
(勘弁してくれ……)
悠真は身体を強張らせる。
男は180センチを超える身長で、かなりの筋肉質、無精髭を生やした粗野な顔立ちだった。
武器は背負っている長剣のようだ。
「見た目でもう強そうじゃん……」
相手の風貌を見て、悠真は逃げ腰になっていた。
「あなた、まさか……」
アリスが男を改めて見て何か気づいたように言う。
「え?なに?やっぱり知り合い?」
悠真が尋ねた。
「一度だけ見たことがあります……。狂った傭兵、ヴァン」
「狂った傭兵?」
「ええ、彼は戦場で一騎当千の武力を誇る傭兵なのですが、指揮に従ったことがなく、その戦場で一番の強者を必ず見つけ出し、殺してしまうのです。……敵味方問わずに」
「え?味方も殺すの?」
「ええ、その戦場で一番の強者が味方だった場合は」
「それは狂ってるな……」
悠真の顔色が悪くなる。
「まぁそのせいで誰からも依頼がかからなくなってなぁ〜。今はしがない殺し屋稼業だ」
ヴァンはニヤニヤ笑いながら二人に言った。
「こっちも仕事でなぁ〜。覚悟はいいかぁ?アリス・アングレーム!」
「来ます!」
アリスが叫んだ。
ヴァンが地面を蹴ると一瞬でアリスとの距離が詰まる。アリスはヴァンに向かって炎を放ち後方に飛び退く。
「おお!」
悠真は歓喜の声をあげる。と、束の間、ヴァンが炎の中から飛び出してくる。ヴァンは全く無傷のようだった。ヴァンはそのままアリスとの距離を詰め前蹴りでアリスを吹っ飛ばした。
「あぁっ!」
アリスは辛うじて腕でガードしていたが、防ぎきれていなかった。
「アリス!」
悠真がアリスとヴァンの間に入る。
「ユ、ユーマさん……。ダメです、いくらユーマさんが強くても」
ほんとそうだよな。なんで割って入っちゃんだろ。と悠真は思った。反射的に体が動いてしまっていたのだ。
アリスは立ち上がれないでいた。ガード越しでもそれほどにダメージを食らっていたのだ。
「くっ……」
悠真はヴァンから目を離さないようにしていた。
ヴァンは悠真を見て不敵に笑っている。そしてゆっくり悠真に近づいて行く。
(魔物を倒せるぐらい身体能力が上がっているんだ。相手が多少強くても……!)
悠真は覚悟を決めてヴァンに向かって走った。
「なにぃ!?速いっ!」
ヴァンが悠真のスピードに驚いている好きを狙い、悠真はヴァンの顔面を殴った。
「がはぁっ!」
5メートルほどヴァンが吹っ飛んでいく。
「よしっ!」
「こんなに強いなんて……」
後ろで倒れながらも見ていたアリスが驚いていた。
「いってぇ……」
ヴァンが立ち上がる。
「まじかよ……」
悠真の額から一筋の汗が流れる。普通ならしばらく起き上がれないだろう力で殴ったのに、ヴァンは口から血を流しながらも立ち上がってきたのだ。
「ははははは……。あーーーはっはっはっは!!」
立ち上がったヴァンは大声で笑っていた。
「な、なんだ……」
悠真はその唐突な振る舞いに戸惑っていた。
「お前、強いじゃねぇか!ちゃんと強い奴がいたよ!この仕事も悪くないなぁ!」
ヴァンは笑いながら悠真の方を見た。
「この中でお前が一番強い」
ヴァンはそう言うと背中の剣を抜き、悠真に切り掛かってきた。
「うわっ、は、速い!」
悠真は紙一重でヴァンの剣撃を避けた。
「今のを避けるか、やっぱいいぜぇ〜、お前!」
ヴァンは笑ってる。
「くっ、このっ!」
悠真は飛び上がってヴァンの顔目掛けて蹴りを放った。
「ぐっ、やっぱりすげえパワーだ」
ヴァンは蹴りを腕でガードしていた。その時もヴァンの顔から笑みは消えていない。
(だめだ!まともにやって勝てる相手じゃなさそうだ!何か手はないか……)
「おらおらぁ!」
考えてる間にもヴァンは休まず剣を振ってくる。
「く、くそっ」
なんとか避けきる悠真だったが、反撃の糸口は掴めずにいた。
(そ、そうだ!一か八か……!)
「アリス!」
「は、はいっ!」
「立ち上がらなくてもいい!やつに向かって炎を放ち続けてくれ!できるか?」
「で、できますが、わたしの炎があの方に効くでしょうか?先ほども火傷一つ負っていませんでした……」
「大丈夫だ!おれが合図するまで打ち続けてくれ!多少狙いは逸れてもいい」
「わ、わかりました!」
アリスはヴァンに向かって炎を放った。
「くっ!」
「はははっ!当たらねえよ!」
ヴァンは炎を難なく避け続けた。
「だめです!当てることすらできないなんて……」
アリスは自分が情けなくなり歯を食いしばっていた。
「いいから手を緩めないで!」
「は、はい!」
「無駄なんだよ!」
ヴァンはなおも炎を避け続ける。
「っ!なにっ!」
ヴァンが後ろを見て驚く。
ぱちぱちと上がっていた炎が草を包み、木を包み大きな炎となって森を燃やしていたのだ。
「ようやく気づいたか」
悠真がニヤリと笑う。
「ふっ」
ヴァンが冷静さを取り戻して笑う。
「こんな炎でおれを焼き殺す作戦か?あいにくおれには効かねえよ」
「グオオォォ!!!」
その時地響きのような叫び声が辺りに響いた。
「なんだ!?この声は!?」
「この声は……」
ヴァンとアリスが辺りが見回している。
「焼き殺すなんて誰が言ったよ。おれは呼び寄せていただけだ。ここの主を」
突如、ヴァンの背後から全長5メートルほどはあるかという白い虎の魔物が現れた。二足歩行でまるで熊のような動きだ。
「なにぃ!?_」
ヴァンが驚いて振り向く。
「森の主……炎を放ったのはこれを呼び寄せる為だったの?」
アリスが呟く。
「森に異変があれば現れるんだろ?」
そう言って悠真はニヤリと笑った。
虎の魔物は水の魔法を放ち、森の炎を一瞬で鎮火した。
直後、ヴァンに向かって突進し腕を振り下ろす。
「ぐおお!」
ヴァンはなんとか剣で防ぐが、今にも押し切られそうだ。
「よし!今のうちに逃げるぞ!」
悠真はアリスを抱え、全速力で走り出した。
「なにぃ、ま、待ちやがれぇ!」
ヴァンの声が背後から聞こえていた。