開戦
アリスとクラウスは飛行板に乗って遊撃部隊とともに前線まで来ていた。遊撃隊はこの極寒の地で上空にいるために魔防具『フレアマント』を装備していた。
この魔防具はアリスとクラウスにも支給されていた。この魔防具には耐寒効果もあり、さらに炎の属性攻撃もいくらか軽減することが可能なのだ。
こんな装備を大量に所持しているあたり軍国ドミクシンの軍事力は相当高いと言えるだろう。
遊撃部隊は50人からなる魔法を使える兵士、および冒険者から構成されており、冒険者ランクで言うなら、皆B〜A級の実力の持ち主たちだった。
「足を引っ張らないようにしないといけませんね……」
「今更ビビってるのか、アリス」
「いえ、しかし……ウィベックの魔族一体ですらユーマの手を借りないと勝てなかったと思うと……」
「確かにな。だけどあれからおれたちもだいぶレベルアップしてるはずだぜ。それに、旅の間もアリスは炎魔法の練習をずっとしてただろ?」
「気づいていたのですか?」
「まあな。おれだって気持ちはわかる」
「ええ、ずっとユーマばかりに頼ってるわけにはいかないですから」
「そうだな。おれらだけでもやれるってこと、見せてやろうぜ!」
「はい!」
二人の実力はこの時点でA級の上位ほどのレベルにはなっていたが、まだ自分たちではそのレベルアップには気づいていなかった。ステータスプレートの更新を疎かにしていたのと、ずっと傍にいるユーマが強すぎて感覚がおかしくなっていたのだ。
「あなたたちがエレーナ様が連れてきた旅の冒険者ですね。わたしはこの部隊の隊長をやってます、ボルマーです。頼りにしてますよ」
「ああ、お手柔らかに頼むぜ」
「よろしくお願いします」
「予測ではもうすぐ魔族たちがこの地点に到着します。お互い無事に生き残りましょう」
ボルマーが陣形の号令をかける。部隊に緊張が走ってきた。
前方にはドラゴンの群が小さく見え始める。ドラゴンの上には魔族も乗ってるだろう。
「来るぞっ!」
クラウスの声に緊張の色がこもっている。冒険者として旅をしてきたクラウスだったが、流石にここまで規模の大きい戦場に立ち会うのは初めてのことだった。
だんだんとドラゴンの群が近づいてくる。
クラウスは考える。
敵戦力はかなりの規模だ。たかが50人ぽっちでどこまで一体どこまでできるんだ。
くそ! おれもビビっちまってる。
「撃てぇーーーー!!!」
隊長の号令で各々が一斉に魔法を放つ。炎、雷、風と属性はバラバラだが威力は申し分ない。
一箇所にまとまっていたドラゴンたちがさっとバラバラに避け始める。魔法が当たったドラゴンもいるが、一撃では沈みそうにない。少しぐらついてまた飛行を続けていた。
ゴオオオオ! とドラゴンの鳴き声が空に響き渡る。それが合図だったかのように遊撃部隊とドラゴン、魔族たちが入り乱れて戦い始めた。
「くそ! 行かせるか!」
何体かのドラゴンが遊撃部隊をすり抜けて街に向かおうとする。後ろからクラウスが魔法を放つ。
——が、ドラゴンに乗っている魔族が振り向いて雷を放つ。雷はクラウスの風の魔法を飲み込みなおもクラウスに向かってくる。
「くっ、やっぱりのおれの魔法じゃ話にならない!」
クラウスが剣を抜いた。
「おれはおれのやり方でやらせてもらう! 風の鎧」
クラウスの身体が飛行板から離れる。
「『加速』」
クラウスが猛スピードで魔族を捉え、剣で切り裂いた。魔族はそのままドラゴンから落ちていき、クラウスが代わりにドラゴンの上に着地する。
「よし、どんどん来い!」
一方、アリスは他の遊撃部隊より高度をあげて、上から魔族たちを見下ろす形になっていた。
「この魔法、まだ完成してるとは言い難いですが……炎の雹!」
アリスの上空に炎の塊がいくつも発生する。アリスが腕を振り下ろすと、雨霰のような炎がドラゴンたちに降り注いだ。
「さすが、エレーナ様が連れてきた人たちだな」
ボルマーはアリスとクラウスの戦いぶりに勇気付けられた。これならいけるかもしれない。と。
しかし、それでも遊撃部隊もすでに何人か落ちている。このままではジリ貧だ。
——と、そこへ後方から凄まじいスピードの魔法の砲弾がやってくる
「魔法兵器か!」
特大の砲弾がドラゴンたちに襲いかかる。一発でドラゴン五体ほどを沈めるほどの威力だった。
魔法兵器を警戒したドラゴンたちは後方へ下がり始めた。
最高のタイミングで撃ってくれたものだ。助かった。そうボルマーが思った時、前方に不穏な影が見え始める。
「——あれが……」
アリスの動きが止まった。あまりの存在感にその姿から目を離すことができなかったのだ。
遠く離れていてもわかる。大きすぎる。その禍々しい体躯がこの距離でも伝わってくる。
九つの頭を持つドラゴン、ヒュドラだ。
「おい、あれ何メートルあるんだよ……」
クラウスの顔がひきつる。魔族と戦いながらさらに”アレ”と戦わなければならないのだ。
兵士たちの顔が一気に曇った。指揮が下がったのを魔族たちは見逃さなかった。ドラゴンを駆って遊撃部隊を次々と攻撃する。
「こいつはまずいぜ!」
「クラウス! 危ないっ!」
「ぐああっ!」
ドラゴンに襲われる兵士たちを助けようとしたクラウスに背後からドラゴンの爪が襲いかかった。アリスの叫びも虚しく、クラウスの背中にドラゴンの爪が食い込む。
「このっ! 炎の槍」
アリスの魔法がドラゴンを貫く。
「大丈夫ですか!? クラウス!」
「あ、ああ……助かった。このぐらい大丈夫だ。だけど『フレアマント』が少し破けちまったな」
クラウスの背中から血が流れてる。マントが破れてしまってるが、まだなんとか機能は保っているようだ。
「とにかくポーションを!」
「ああ」
今回の出撃に当たって兵たちには一人一つポーションが支給されていた。ポーションは高価なものなので軍の在庫を全て出し、かつ街中から集めたものだった。それぐらいの備えをするほどの厳しい戦いになるということは皆想定していた。
「くっ、完全に部隊は混乱してる。このままあのデカブツが襲ってきたら勝ち目はないぜ」
「ええ……それにかなり陣形を突破されてしまいました。街にドラゴンたちが向かっています」
「控えめに言って戦況は劣勢だな」
ヒュドラの影がどんどん大きくなってくる。いよいよ射程距離に入ってきそうだ。
アリスとクラウスは覚悟を決め、体制を整える。




