海上バトル
「うおーっ! 気持ちいいな」
悠真たちは北の大陸行きの船に乗っていた。勇者たちが乗っていた船はどうやら北の大陸行きだったみたいなので、勇者たちの一日遅れで出発することができた。北の大陸行きは一日に一本しか出てないとのことだったのだ。
「なんだかワクワクしますね。わたし外海に出るのは初めてなんです!」
アリスが嬉しそうに甲板から身を乗り出していた。おれもそういえば船に乗ることなんてなかったな。
「クラウスとフリーダは北の大陸には行ったことあるのか?」
「おれは五年前に北の大陸からこっちに来たからな。それ以来あっちに戻るのは初めてだよ」
「わたしも奴隷時代はずっと北の大陸にいたからねー。でもずっと奴隷だったから北の大陸のことはほとんど知らないんだー」
悲惨な過去をあっけらかんと喋るもんだな。おれが想像してる以上に大変だったろうに。
「じゃああっちのことを知ってるのはクラウスだけかー」
「流石に大陸全部について知ってるわけじゃないけどな。おれが知ってるのはほんの一部だよ」
「北の大陸は世界で一番大きい大陸ですからね。わたしたちの国の大陸の三倍以上の大きさだそうです」
そんなに広い大陸なのか。勇者を追ってるうちに異世界一周とかしないよな。だいたい勇者を捕まえても元の世界に帰れるわけじゃないし、いく先々で情報収集は続けていくべきだな。帰る方法が見つかったら即帰ろう。そろそろ異世界も飽きてきたし。
「あ、すごい! クジラですよ! わたし初めて見ました!」
「あ、ほんとだー! 大きいねっ!」
女の子同士がはしゃいでる光景っていいよね。
しかしおれもクジラは初めて見るなー。あれ……? クジラってツノあったっけ?
「……なんかツノ生えてるんだけど」
「え? クジラですからね」
「……え?」
「そりゃークジラだからねー」
「え?」
何回も聞き返す悠真にアリスとフリーダが首を傾げる。
クジラってツノ生えてったけ。
「クジラってツノ生えてるの?」
「そりゃー生えてるでしょっ!」
「クジラですからね」
「ま、クジラは生えてるよな」
そうなのか。確かにおれは生で見たことなかったけど、そうか。クジラにはツノ生えてるんだ。
……ってそんなわけないよね! 生えてないよ! この世界ではそうなの? ファンタジーすげえな。
改めて、元の世界とは根本的に違うんだなと実感させられた。
「……ん?」
悠真の目が遠くの海に何か動くものを捉えた。身体能力常時10倍のおかげで悠真の視力は常人のそれを遥かに超えていた。
「……じゃあ虎ってさー、海の上走ったりする?」
「まさか。ユーマもおもしろいこと言いますね」
アリスがふふっと笑った。
「ユーマ、おもしろーい!」
フリーダもきゃははっと笑う。
「いや、おい! あれはシータイガーだ! 船が襲われるぞ!」
「「ええ!?」」
アリスとフリーダが同時に声をあげる。
体長三メートルはあろうかという虎がすごいスピードで海の上を走ってくる。
そのうち数体が船に飛び乗ってきた。
「うわー! 魔物だ!」
「きゃー!」
「みなさん! 落ち着いてください!」
船上がパニックになる。
「水の魔物ならあたしに任せてよっ!」
フリーダがピョンと飛び跳ねる。魔物のスピードに全然負けてない身軽な動きだ。
魔物に向かってフリーダが腕を振るうと、目に見えるほどの電撃がシータイガーを襲った。よく見るとフリーダの手にバチバチと電撃が覆って爪のような形になっている。
「すごいなフリーダ! なんだそれ?」
「スキル『魔法装備』だよー! わたしは魔法を装備できるの!」
なるほどな。いろんなスキルがあるもんだ。
「次々くるぞ!」
「くっ! わたしの炎の魔法では水の魔物に相性が悪いですね」
クラウスとアリスが次々と船に飛び乗ってくるシータイガーの相手をしていた。
「キリがねえぞ!」
船の周りにはまだ何体ものシータイガーが様子を伺っている。
「こいつは雷に弱いのか?」
「ああ、こいつの弱点は雷だ!」
クラウスがシータイガーを次々に倒しながら返事をする。
「だったら……」
悠真は『魔銃バルバトス』を懐から取り出した。
今まではこいつに光属性しか込めてなかったけど、おれには雷属性もあったはずだ。
さっきのフリーダの雷をイメージすれば——
魔銃がバチバチと音を立てて光り始めた。
「よしっ! いける!」
「みんな少し離れてろよ」
「ユーマ? 何をするつもりです!?」
「なになに!?」
悠真は海に向かって魔銃を構えトリガーを引いた。
魔銃から放たれた弾丸はものすごい閃光を放ちバリバリと音を立てながら海に着弾した。
電撃はあたり一体の海に感電していき、シータイガーを一掃した。
「ちょっとやりすぎたかな……。雷属性を込めるのは初めてだったから加減がなー」
「なにそれユーマっ! すごすぎるよー!」
フリーダが飛びついてくる。
「あいかわずだな……」
クラウスが顔を引きつらせている。
こんな反応はもう何度目だろうか。まあおれがすごいんじゃなくて魔銃がすごいんだよ。きっと。
「ちょ、くっつきすぎですよフリーダさん!」
アリスがフリーダを悠真から引きはがす。
「もう、アリス。そんな他人行儀じゃなくていいよー! フリーダでいいよ」
「あ、そうですね。ってフリーダ離れてくださいよー」
今度はアリスに抱きついていた。猫の獣人だけあって見境なくじゃれつくやつだ。
「みなさん、ほんとに助かりました! すごく強いですね。もしかしてA級冒険者ですか?」
船員が駆け寄ってきた。そういやおれは最初からずっとランク変わってないな。
「わたしはBだよー」
「わたしは冒険者には登録してないので、冒険者ではありません」
「おれもBだな。そういえばユーマは? 下手したらSいってるんじゃないか?」
「いや、おれなにもしてないしF級のままだよ」
三人がじーっと悠真を見る。
……なんだよ。
「ユーマの強さでF級は詐欺だろ」
「あんなF級いませんよ」
「ちょっとおかしいね」
三人がヒソヒソと悠真を見て話している。
——ちょっと、なんか傷つくんだけど。
「仕方ないだろ、別にあげる必要がなかったんだから」
「これから勇者を追っていく上で、危険地域指定されてる場所にいくことになった場合は、ランクをあげる必要があるかもしれませんね」
「そうだな、おれとフリーダがパーティにいるからB級で入れる場所は大丈夫だけど、A級以上のランクが必要な場合は必要になってくるかもな」
ああ、そういえばギルドの受付嬢が言ってったっけ。冒険者ランクによっては入れない地域があるんだったっけ。
「あ、あのー。船を守ってくれてありがとうございます」
あ、船員さんをすっかり忘れていた。
「いえいえ、大したことしてませんから」
「た、大したことですよ! シータイガーの群れなんて滅多に出くわさないんですから。魔神が降臨してから魔物がちょっとずつ増えてきてるのかもしれない……」
魔神? そういえば勇者は魔神を倒すのが使命なんだっけ。あの勇者、ちゃんと魔神を倒してくれるんだろうか。




