なんだか嫌な感じのやつ
「あれ? この街には門番がいないんだな」
悠真達は山を超えてさらに東、海沿いの港町ゼンブルグの前まで来ていた。この世界に来てからいくつかの街を見てわかったことだけど、街は必ず高い壁で囲まれている。おそらくモンスター対策だろう。
そして、街の入り口には門番が昼夜交代で必ず一人は立っていた。
しかし、この街の入り口には誰もいなかった。
「あれ〜? 前に来た時はちゃんといたぜ?」
「何か……街の中が少し騒がしくないですか?」
確かに、何かざわざわしてるな。
「とりあえず入ってみる?」
「そうですね、行きましょう」
港町ゼンブルグは建物が密集してなんだかごちゃごちゃしていたが、一つ一つの建物はとても綺麗で、淡いブルーの屋根が鮮やかだった。
階段や狭い路地が多いし、なんだか迷路みたいで迷いそうだな。
「なんだか広場の方が騒がしいな、行ってみようぜ」
野次馬根性丸出しのクラウスについて行くと、そこそこ大きい広場に出ることができた。
「てめえがぶつかってきたんだろうが!」
どうやら喧嘩みたいだな。なんだがいかつい男が黒い鎧の男に絡んでる。
ん?黒い鎧?
「やっと追いついたみたいだな」
クラウスの顔が見たことない怒りの色に染まった。こんなクラウスは初めてだな。
「わたしたちの国を、国民を傷つけたこと、償わせます……」
アリスの身体が震えていた。アリスはいまだにあの時のことを思い出すと心が苦しくなるのだ。
「なっ!」
勇者が剣を振るっていかつい男を切り捨てたのを見て、悠真は思わず声をあげた。人を殺すのになんの感情も見られなかった。
「てめえこのやろーー!」
クラウスがそれを見て飛び出した。そのまますごいスピードで勇者に斬りかかる。剣と剣が激しくぶつかる音がその場に鳴り響いた。勇者は剣でその斬撃を受け止めていた。それも、全く顔色を変えずに。
「あいつが勇者か……。なるほど確かに。なんだか嫌な感じのやつだ」
考えが全く読めない。眉をピクリとも動かさないぞあいつ。
「お前は……確か風のオーブを持ってたやつだな」
勇者が黒く冷たい声でそう言った。勇者ってこんなんだっけ?
「返してもらうぜ! おれのオーブを!」
クラウスが次々に繰り出す攻撃を剣で受け止める勇者。次第に受け止めることもせず、ギリギリのところで斬撃を躱すようになっていった。完全に見切っている。
「——!」
勇者がクラウスの後ろから襲ってきた炎を飛びのいて躱した。
「我が国の火のオーブも返してもらいます!」
アリスが両手を前に出して炎を出す構えを取っていた。
やばいな。完全に乗り遅れた。
「なんだ、ウィベックの姫様か。生きていたのか」
勇者が暗く深い瞳でアリスを一瞥した。生きていようが死んでいようが興味ない。って感じだな。
「ええ、おかげさまで!」
話しながらアリスが炎を放つが、勇者が氷の魔法で打ち消した。
あいつ魔法も使えるのか、まあ勇者だもんな。
「ついでだ。お前らも殺しておこう」
勇者から凄まじい殺気が放たれる。一瞬でアリスの目の前まで間合いを詰めた。やばい。あれはアリスじゃ反応できないぞ。
アリスの頭に剣が振り下ろされる瞬間、悠真が身体能力10倍のフルのパワーで横から思い切り勇者を蹴った。
「ぐっ!」
かすかなうめき声と共に勇者は五メートルほど飛ばされたが、膝をつきながらも態勢を立て直していた。勇者の表情が初めて目に見えて変わった瞬間だった。
「ユーマ!」
アリスが目の前にいきなり現れた悠真に驚く。
——おーい、もっと吹っ飛んでいいんだぞ。まじかよ……。
攻撃を当てた方の悠真の額には一筋の汗が流れている。レベルの上がったこの身体の全力の攻撃を受けて、あれだけで済むなんて、バケモンじゃんか。さすが勇者ってところだな。
「さっすがユーマだな! やっぱりお前と来て正解だったぜ」
クラウスのテンションが一気に上がる。
「お前……何者だ」
勇者の目が少し吊り上がった。その表情なら考えが読めるぞ。君は今怒ってるね。
「ただの冒険者だよ」
この世界で肩書きになるものなんて特に持ち合わせていなかった。まあ元の世界でもないけど。
「——! その剣……」
勇者が目を見開いて悠真の腰に携えている『光の剣クラウ・ソラス』をまっすぐ見ている。
こいつ、意外に顔に出るな。
「お前! その剣をどこで手に入れた!」
勇者がすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。戸惑いと怒りが混じり合ったような感じだ。
「あん? 気付いたら持ってたんだよ」
「どういうことだ……? それにその立ち振る舞いや雰囲気。どことなく似ている……」
勇者がブツブツと何か考え始めた。
どうしたんだこいつ。
「——ん?」
なんだか遠くから大勢の男たちが走ってくる。
「ギルドの人たちみたい。騒ぎを聞いて駆けつけてくれたんだわ」
「ちっ——」
勇者が舌打ちをしてその場を立ち去った。
「あ、待ちやがれ!」
「追いかけましょう! ユーマさん!」
悠真は二人に続いて勇者を追ったが勇者行った先は路地になっていて見失ってしまった。
「本当に迷路みたいだな、この街は。クラウス、勇者はどっちに行った?」
「わからねえ、見失った……」
「あっちだよ!」
ふと、なんだか視界の上の方に何かが映った。鳥か?
悠真たちが上を見ると、屋根から屋根へ飛び移っていく人影が見えた。
「あ! あいつ!」
その人影は悠真が獣人の街で出会った猫耳の獣人、フリーダだった。
「また会ったね! ユーマ!」
フリーダが屋根の上からウィンクを飛ばしてきた。
「勇者はあっちだよ! 港の方に向かってるみたい!」
そう言って、フリーダは屋根の上をピョンピョン飛び跳ねてあっという間に見えなくなってしまった。
あの獣人、なんで勇者を追ってるんだ……?
「おれたちも行こう!」
「ええ!」
クラウスたちに急かされ、考えもそこそこに走り出す。
悠真が港につくと大きな船が視界に入った。どうやらもうすぐ出航するようだ。船員たちが忙しなく動いている。
「ん? あれは……」
船の上を良く見ると、勇者が乗っていた。それに連れが二人かな? 男と女が一人ずつだ。
それに、フリーダが何か勇者に食ってかかってるようだ。
「ねえ、知ってるんでしょ! お願い、教えて!」
船の近くまでいくと会話が聞こえてきた。
「しつこいやつだ」
勇者がフリーダの首をがっと掴み、上に持ち上げる。
「あ……あ……」
フリーダはジタバタと暴れたが、首を掴む手に力が加わっていき、やがてぐったりと身体から力が抜けていった。
「ふん」
勇者は興味なさそうに、フリーダを海の中に放り投げた。
「お、おい!」
「大変です! 獣人の女の子が!」
アリスとクラウスが声をあげると同時に悠真は走り出していた。全力だ。間に合え——。
悠真が迷わず海に飛び込む。
どこだ? そう簡単に沈まないはずだ——いた!
「ユーマ……?」
フリーダは沈みゆく意識の中で自分を抱えてくれる悠真を見ると、そのまま気を失ってしまった。
フリーダを抱え悠真が海面に出るとアリスとクラウスが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
クラウスが手を貸してくれてなんとかフリーダを引き上げる。
引き上げたフリーダにアリスが心臓マッサージと人工呼吸をしていた。
「か、かはっ!」
「ふうっ! 大丈夫ですか!?」
フリーダは水を吐いて咳き込んでいるようだが、なんとか無事のようだ。よかった。
「船、行っちゃったな」
この騒ぎの中で船が出るなんて。勇者のやつ船員に何かしたんじゃないか?
「おれが風魔法で飛んで追ってくる!」
「やめとけ! 勇者のやつ、相当強かったぞ。一人で行っても返り討ちにあうだけだ」
慌てて悠真が止める。そう、勇者には悠真でも武器を使わないとまともなダメージは与えられそうになかった。
「……くそーーっ!」
クラウスの声が港に響き渡った。




