魔物の森
二人は森の前で立ち止まる。
「森に入ると魔物との戦闘は避けられないと思いますが、準備はよろしいですか?」
「準備と言われても、武器もないし、魔物との戦いなんて想像もつかないな……」
「そうですね……。では魔物と遭遇したらなるべくわたしの近くから離れないようにしてください」
「わかった」
(女の子に守られるなんて我ながら情けないが、命には代えられないな)
「そういえば」
悠真は思い出しアリスの方を向く。
「やつらを倒したあの炎、あれはやっぱり魔法なの?」
「あ……」
アリスの脳裏に炎に包まれた男の姿が蘇る。アリスの顔が青ざめ身体が小刻みに震えている。
「あ、ごめん!そんなつもりじゃ……」
慌てた様子で悠真が口にした。
(そうか、やっぱり人を殺して平気なわけないよな)
「本当にごめん」
改めて悠真は頭を下げた。
「いえ、もう大丈夫です」
アリスは姿勢を正し、凛とした顔で悠真の方に向き直した。
(すごいな、この子)
悠真はアリスの心の強さに感心した。おれより絶対年下だよな。下手したらまだ二十歳超えてないんじゃ……。
「そうですね。あれは魔法です。わたしは火の属性を扱うことができます」
「すごいな。魔法は誰でも使えるの?」
「ええ、魔力の量と属性の適性がありますが、理論的には時間をかけて修行をすれば誰でも使えますよ」
「魔力?適性?」
「ええと、人によって魔力の絶対量は決まっていて、これは生まれつきなので鍛えて増えるようなものではないんです」
「なるほど、魔力が少なければ使える魔法の選択肢が減るってことか」
「そうです。魔力量が極端に少なければ、実際にはほぼ魔法は使えないってことになりますね」
「自分の魔力量はどうやってわかるの?」
「大抵の街には祈りの部屋があるので、そこで神託を受ければ魔力量や適性属性、レベルやスキルなどもわかりますよ」
(神託か……。この世界には神が存在するのか?それにレベルやスキルか、まるでゲームだな)
「適性属性ってのは、その属性の魔法以外は使えないってこと?」
「そうですね。ただ、適性属性は後天的に付与されることもあるらしいです」
「なるほど。ちなみにアリスはどんなスキルを持ってるの?」
「すみません、自分のスキルはあまり他人に言うものではないので……。知られることで悪用されたり、弱点を突かれることもあるんです」
(なるほど)
「そろそろ行きましょうか」
アリスが森を見て言った。
「そうだね」
(自分にスキルはあるのかな。街について帰る手段が見つかれば関係ないけど、帰る手段を探すのに時間がかかりそうなら、魔物や魔族なんているこの世界では生き残る手段が要りそうだ)
二人は森に入っていった。
悠真は辺りは警戒しながら森を歩いていた。いつ魔物が襲いかかってくるか、気が気じゃなかったのだ。
森の中は陽の光が木に遮られ、昼間でも若干薄暗かった。
ふと、アリスが歩みを止めた。
「止まってください」
「えっ」
悠真も歩みを止める。
「魔物がいます!」
「え、どこっ?」
悠真は辺りを見回す。薄暗い闇の中で光る眼が6つ。
「うわっ」
大型犬ぐらいの大きさのウサギのような風貌の魔物が3体姿を表した。鋭い牙と爪を持っている。
「下がって!」
アリスが魔物に手を向け、炎を放つ。炎は2体の魔物を包み、魔物たちはそのまま生き絶えた。
「しまった!」
アリスが叫んだ。魔物のうちの1体を仕留め損なったのだ。魔物は悠真を目掛けすごいスピードで襲ってきた。
「うわああっ!」
(やばい!死ぬっ!)
「ユーマさんっ!」
アリスが助けようとこちらに駆けつけようとしている姿が見えたが間に合いそうにない。
(なんだ……?)
悠真の視界はクリアだった。こんな状況なのにアリスが駆けつけようとしている動きもよく見えている。
冷静になって魔物の動きを見る。
(動きがよく見える!これならっ!)
悠真は、魔物が飛びつき、噛み付いてくるのをギリギリで避ける。
魔物が着地した隙を狙い、思いっきり蹴り飛ばした。
「こいつっ!」
「グギャアアァ!!」
魔物は5メートルほど吹っ飛び、動かなくなった。
「すごい……」
駆けつけようとしていたアリスが思わず呟いた。
(うそーん)
一番驚いていたの当の本人であった。悠真は喧嘩の経験はなく、スポーツなんかの経験もなかった。
(そういえば、アリスを襲っていたやつにタックルした時も妙に苦しんでいたな。体力だけじゃなく単純なパワーも上がってるのか……?)
「すごいです!ユーマさん!」
アリスが悠真に駆け寄る。
「ほんとは戦闘経験があるのでは?」
アリスが悠真の顔を覗き込む。
「いや、ほんとにないんだけど……。でもこれなら足手まといにはならずに済みそうだよ」
アリスがニコッと笑う。
(ああ、可愛いな……)
「魔物のお肉を回収して先に進みましょうか、日が暮れる前に川まで歩いてキャンプの準備をしないと」
「肉を回収してどうするの?まさか食べるの?」
「ええ、ウサギの魔物のお肉は美味しいですよ!」
「はは……」
悠真は顔を引きつらせながら笑った。
(帰りたい)
「この森は今日中には抜けれないんだね」
「そうですね。明日の午後過ぎぐらいにはなるでしょうか」
「そうかー」
悠真は諦めた顔で返事した。
二人は再び森を歩き始めた。
「そういえば、アリスはあの炎の魔法を何回使えるの?回数次第では制限しながら行かないとまずいよね」
「ユーマさんはとても聡明ですね。先ほどまで魔法のことを知らなかったのにもうそんなとこまで気が回るなんて」
(単に臆病で慎重なだけなんだけどね)
「ふと気になってね」
「おっしゃる通り、考えて使わないと魔力が枯渇してしまいます。私は比較的魔力量が多いのでよっぽどの魔物の大群に遭遇しなければ大丈夫だと思いますが。あの規模の魔法だと1日150回程度は使えるはずです」
「へぇ、それなら確かにそんなに心配する必要はなさそうだね」
「グルルルッ!」
「何かいるっ!」
悠真は焦って周りを見渡す。自分の力で魔物を倒せるとわかっても、まだ肝が据わるほどには至っていなかった。
(はー、ほんと心臓に悪い)
「狼の魔物ですね。さっきの魔物より体格は小さいですが素早いです!」
4体の魔物が2人を囲んでいた。
「私はこちらの2体を相手します。そちらを任せてもよろしいですか?」
アリスと背中合わせの態勢になる。
「ああ、やってみる」
悠真は覚悟を決めて魔物に向き合う。
狼の魔物が様子を伺いながら悠真に近づいて行く。そして突然悠真の顔目掛けて飛びついていく。
(大丈夫だ、見えるっ!)
悠真は魔物に目掛けてカウンターの要領で思い切り殴りかかった。
「ギャンッ!」
魔物は吹っ飛び、動かなくなった。
「よし、やれるぞ!」
悠真は魔物相手でも戦えると確信した。
残り1体は、仲間がやられたことに警戒し距離を取っている。
(こっちから仕掛けてみるか…)
悠真が地面を蹴ると、一瞬で魔物との距離が詰まった。
「うおっ…!」
(なんだかわからないけど明らかに身体能力が上がってる!)
そのまま思いっきり魔物を蹴り上げると、魔物は動かなくなった。
(すごい違和感があってコントロールが難しいけど、扱えるようになれば並みの魔物は相手にならないかもな)
悠真は自分の身体をまじまじと見ていた。
「はっ」
思い出したように悠真が振り返ると、そこには魔物2体の焼死体があった。
「さすがだな」
「ユーマさんこそ」
アリスもちょうど魔物を倒したところだった。
二人はさらに森の奥に進んでいった--
「おおー!川だー!」
川を見つけ、悠真は走り出した。
この川に来るまでに更に魔物たちに3回遭遇していたが、いずれも難なく撃退していた。
「あー、気持ちいい」
悠真は川の水を浴びている。
アリスがゆっくり川まで歩いて行く。
「さあ、日が暮れる前にキャンプの準備をしましょう」
「ああ、そうだね」
火を炊き、ウサギの魔物の肉を焼く。辺りはすっかり暗くなっている。
「そろそろ焼けましたかね」
アリスがよく焼けた肉を口にする。
「ユーマさんもどうぞ食べてください」
「あ、ああ。そうだね」
悠真は覚悟を決めて肉を頬張る。
「あ、美味い」
(鶏肉に似たような味だな)
「でしょう?」
アリスが得意げに笑った。