山越え
「なあ、もうちょっとゆっくりしてからでもよかったんじゃない?」
悠真は名残惜しそうに後ろを振り返る。まだ少ししか登ってないがベーゼルの街をここから見下ろすとなかなかの眺めだった。上から見る異世界の街ってのもいいもんだ。
「そんなこと言ってたら一生勇者に追いつけませんよ」
最近、全力で素を出している悠真の扱いに慣れてきたアリスが呆れ顔で悠真を見た。
悠真はまだブツブツと泣き言を言っている。
「そうだけどさー」
「そんなに気になるなら勇者を捕まえた後に転送魔法で戻ればいいじゃねえか」
「いや、気になるっていうか、ゆっくりしたいだけっていうか。もうアリスとクラウスで勇者捕まえてきてくれよ。おれあの街で待っとくし」
「何を言ってるんですか! そんなのダメに決まってます!」
珍しくアリスが語気を強くした。
「えー、なんで?」
「え、だって……その……」
アリスが顔を赤くしてしどろもどろになる。必死に言い訳を考えている感じだ。
「ユーマは、直接父上にオーブの奪還を依頼されてたではないですか」
「そうだけどなー」
確かに一度頼まれたことを途中で放り投げるのはどうも後味が悪い。
「そうだそうだ。仲良く三人で行こうぜー」
クラウスが先頭で手を掲げて歩いていく。呑気なやつだ。
「なんだ?」
悠真たちの前方から衝撃音と悲鳴が聞こえる。少し間を開けて怒号が響き渡る。そう遠くはなさそうだ。
「戦闘か?」
「行ってみましょう!」
三人の足が速まった。
「うわっ、なんだあれ?」
全身が岩の怪物。五メートルはあろうかという巨大な人型のモンスターだった。人型というにはかなりずんぐりむっくりな体格だけど。
それに立ち向かう冒険者たち。どうやら一人が負傷しているようで倒れ込んだまま動かない。頭から血も出ているようだ。
倒れている男を守るように、剣を持った男と杖を持った女が岩の怪物に立ち向かっていた。
「大変! 早く助けないと!」
「ありゃロックエレメンタルだ。剣なんか簡単に弾かれちまうぞ!」
アリスとクラウスが駆け出した。
剣を持った男が岩の怪物に斬りかかったが、剣はいとも簡単に折れてしまった。
「く、くそっ!」
男が怯んだ隙に岩の怪物が腕を振り回す。
「ぐはっ」
岩の重量をまともに食らった男は吹っ飛んでそのまま気絶してしまった。
「あ……あ……」
杖を持った女はガタガタと震えている。
「氷の槍!」
女がなんとか放った氷の魔法は岩の怪物に当たったが氷が砕け散っただけだった。
「ああ……」
後ずさりしていく女を岩の怪物が追い詰めたところで、アリスとクラウスが岩の怪物の前に立ちはだかった。
「大丈夫か!?」
「しっかりしてください!」
「あ、危ない!」
アリスとクラウスが女を気にした一瞬の隙をついて岩の怪物は腕を振り上げた。
——と同時に岩の怪物の腕が砕け散る。
「油断するなよ」
悠真が後ろで魔銃を構えていた。魔銃の弾丸で岩の怪物の腕は粉々に砕け散ったのだった。
「ユーマ!」
さらにもう一発、魔銃が光を放った。その光は岩の怪物を貫き、怪物の体は崩れ落ちて瓦礫になってしまった。
「そんな……。ロックエレメンタルをこんなにあっさりと……」
女の冒険者の口は開いたまま塞がらなかった。
そんな冒険者を見て、「そうなるよね」と言いたそうにアリスとクラウスがうんうんと頷いていた。
「ふー、助かったよ」
「ほんとに危なかった礼を言う」
男たちが悠真の与えたポーションを飲み干してそう言った。
「ほんとにありがとうございました」
女の冒険者が深々と頭を下げる。
「そんな気にしないで。君たちもゼンブルグに行くの?」
「いや、おれたちはロックエレメンタルの討伐依頼でここに来てたんだ。それがこのザマだよ。返り討ちってやつ」
男が自嘲気味に笑ってそう言った。
「だからわたし言ったでしょー。まだこの難易度のランクは早いって」
「いけると思ったんだけどなー」
無理はしないほうがいいぞ。まったく。
「あいつはあんたが倒してくれたから依頼達成もあんたの手柄だよ。一緒にベーゼルのギルドに来てくれないか?」
お、そいつはいい提案だな。ついでにしばらく街でゆっくりしたい。
「嬉しい申し出だが、おれたちはゼンブルグに向かってるんだ。そいつはあんたらが倒したってことにしときなよ。な、ユーマ!」
クラウス、いらんこと言いやがって……。
「はあ、いいよ。別に報酬とかいらないし。君たちの手柄にしたらいい」
「あんたら、まじいいやつだな。さっきのやつらとは大違いだ」
「さっきのやつら?」
「ああ、一人黒い鎧を来た冷たい目のやつがいてさ。あいつは絶対危ないやつに違いないよ!」
「もう。何かされたわけじゃないんだから悪く言うのはやめなよ。いい人かも知れないじゃない」
と、女の冒険者が男をたしなめた。が、おれたちには心当たりがある。そいつは絶対いい人なんかではない。国を滅ぼそうとしたの男に加担したやつだ。
「そろそろ追いつけそうだな」
クラウスが強気に笑ってそう言った。
「そういえば、その少し後に猫耳の獣人が一人で通っていったね」
「猫耳……」
悠真には猫耳の獣人に覚えがあった。まあ猫耳なんていくらでもいるだろ。
「じゃあおれたち行くよ。次からあまり難易度の高い依頼は受けるなよー」
勇者が近いということを知って、悠真達の足がさらに速くなった。
山を越えるまでもう少しだ。




