東へ
「そういやユーマ、一度ベーゼルの街に行ったんだよな?」
「ああ、行ったよ」
ユーマたちはノーフェルト村を出発してベーゼルに向けて歩いていた。ノーフェルト村からは馬車は出ていないので歩くほかなかったのだ。
「じゃあさ、転送魔法で行ったらよくないか? 戻ってくるときは転送魔法を使ったんだろ?」
確かにクラウスのいう通りだけど——。
「転送魔法って、複数人いけるのか?」
「ウィベックに来たときは、魔族の転送魔法に巻き込まれたと言ってましたよね?」
「ああ、魔族の転送魔法はなんか魔法陣みたいなのが発生してたから、おそらくその上にいるやつが転送される仕組みだったんだろうな」
そう考えると、おれの転生魔法とあの魔族の転送魔法ってなんか少し違うよな。おれの転送魔法は魔法陣なんて発生しないし。
「一度やってみてくれよ。魔法はイメージ次第で進化するって聞くしな」
「確かに、魔法にイメージは大切ですね。自分の頭の中を広げることで魔法は進化すると言われています」
クラウスとアリスのいう通りやってみてもいいけど、転送魔法って失敗したとき怖そうだよな。どっかの次元に置いてけぼり——とかないよな?
「わかったよ、確かにベーゼルまで歩くのもめんどくさいもんな。やってみるか」
「めんどくさいって、そこじゃねえだろ! 勇者に追いつけるかもって話だよ」
クラウスに突っ込まれてしまった。なるほど、勇者に追いつくためだったな。
「じゃあ、とりあえず二人ともおれの身体に掴まってくれ」
「りょうかーい!」
「え……と」
クラウスはガシッと背中に飛びついて来て重かったが、アリスは遠慮がちに袖をつまんでた。
「アリス? クラウスほどとは言わないが、もう少し腕に掴まるとかした方が良いかも」
「あ、はい……」
アリスが顔を赤くして腕に掴まってきた。なんか竜の山から帰って以来たまにこうなるんだよな……。
「よし!」
(『転送』)
悠真がそう念じると三人は瞬く間にベーゼルの門の前に着いていた。門番が突然現れた三人組に、幽霊でも見たかのようにびっくりしていた。
「やった! 成功だ!」
「すごいです! ユーマ」
「おおー、さっすがだなー」
身体を触られてる相手を意識しながら発動してみたけど、うまくいったな。もの要領でやれば、大きい荷物と一緒に転送することも可能かもしれない。まあ収納があるしそんな使い方する必要はないだろうけど。
「とりあえず宿を取らないか? すぐに出発ってことはないんだろ?」
街に入るときは門番にかなり怪しまれたが、転送魔法のことを説明してなんとか納得してもらえた。
「ああ、勇者の情報を集めなきゃいけないからな」
「わー、ほんとに獣人が住んでるんですね、わたし初めて見ました!」
悠真とクラウスの会話をよそに、アリスは興奮していた。
「アリス、獣人をみるのは初めてなのか?」
「はい、ウィベックには獣人は来ませんから。子供の頃からたまにヴァレタ行くことはありましたが、この街は初めてです」
そんなもんなのか。そういやあの猫耳の獣人の差別がどうとか言ってたけど、何か関係あるのかな。
「獣人を受け入れられないってやつもいるからな。ヴォルツ国王はそこんところしっかりしてるよ。獣人が住む街ってことで表明してしまえば、獣人嫌いがこの街に来ることもないから揉め事は少ないって聞いたぜ」
なるほど、確かに考えたなー。でもその代わりにヴァレタやウィベックには獣人は行かないってことか?
「あ、この宿良さそうですね」
「お、いいね。ここにするか」
悠真の意見を聞かずにクラウスが宿のドアを開けて入っていった。ま、いいけどね。
悠真が後から入ると、クラウスがすでに宿の手配を済ませていた。速すぎる。
「女将さん、ちょっと聞きたいんだけど、この街に勇者が来なかったか?」
ついでに勇者の情報も聞き出してるようだ。ちゃっかりしてるな。
「ああ、確かに勇者と名乗る連中が来てたね。なんか騒ぎになってたし嫌な感じだったよ。ほんとに勇者か怪しいところだよ」
「ほんとか!?」
ビンゴ。しかし、また騒ぎを起こしてたのか。静かに旅できない連中だな。
「あの、騒ぎというは?」
アリスが勇者が起こした騒ぎが気になるようだった。
「なんか獣人と揉めてたんだよ。猫耳の女の子だったねえ、あれは」
猫耳の獣人か、まさかね。
「それで、勇者はまだこの街にいるのか?」
クラウスが身を乗り出す。
「いや、もう出てったみたいだよ。東の門から出てったようだから、山の向こうのゼンブルグに向かったんじゃないかい?」
「ゼンブルグ、って?」
「東の山を越えた先にある港町だ。そこから船が出てる。もしかしたら勇者の野郎、海を渡る気かもな」
ほんとにクラウスはなんでも知ってるなあ。こいつずっとヴァレタにいたわけじゃなさそうだな。
「では、今日はこの街で山越えの準備をして、明日出発しましょうか」
「そうだな」
「ええー!」
アリスとクラウスに反抗の意味でわざと声を上げてみたが、取り合ってくれそうにない。
ゆっくりできない旅だな。




