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めんどくさがりの英雄

「さて、たぶんここから北にいったところだよな」

 悠真は少年が馬車の前に飛び出した地点まで『転送(テレポーテーション)』していた。悠真はここより北には行ってないからこれ以上先には『転送(テレポーテーション)』できない。


「レベルが上がったから走るのもだいぶ速くなってるはず……!」

 悠真のスキル『身体能力常時10倍』はその名の通り元の身体能力から10倍になるというものだ。レベルが42まで上がった悠真の身体能力はかなり上がっていたので、そこからさらに10倍となると、今までの比ではない力が出せるだろう。


 悠真は地面を思いっきり蹴って走り出す。一歩目で強く蹴りすぎて地面がえぐれた。

「これは……。力加減が難しいな」

 加減を調整しながらノーフェルト村に向かったが、あっという間に着いてしまった。ここまでで少し身体の使い方は慣れてきたみたいだ。


 村に入ってキョロキョロとあたりを見回す。

「あ、にいちゃん! アリスと一緒にいたにいちゃんだろ?」

 駆け寄ってくる少年は、馬車の前に飛び出してきたあの少年だった。


「お、いた。君、アリスたちはどこ行ったの?」

「君じゃなくて、エミルだよ」

「ごめんごめん。エミル、アリスたちは?」

「おれたちを助けるために竜の山に入っていった……」

「さんきゅ。あ、そうだ」

 悠真は収納(ストレージ)から魔女にもらった薬草を一つ、取り出した。


「この村にも医者はいるよな? これをお母さんに飲ませてあげるように医者に頼むといい」

「これは……?」

「竜の山に生えてる薬草だ。残りの村人の分は今から取ってくるよ」

「あ、ありがとう! にいちゃん山に行ってくれるんだろ? いもうとを、いもうとをおねがいします!」

 エミルは深く頭を下げた。

「……アリスたちに頼んだんだろ? じゃあおれに頼むまでもないな。おれはちょっと様子を見に行くだけ!」

 顔をあげた少年の顔は泣き顔から笑顔に変わっていた。

「にいちゃん……! ありがとう!」

「おれの名前はユーマだよ」

「ユーマ!」

 悠真はコクリと頷いて山へ急いだ。


 悠真はぴょんぴょんと、まるでカモシカのように岩山を登っていった。十数メートルの岩壁も悠真がジャンプすると軽々超えられたのだ。

 この調子だと頂上まですぐ辿り着けそうだ。まあ、頂上にいるとは限らないけど、上まで行ったら徐々に降りていけばいいだろう。


 ****


 ——その頃、頂上では竜の毒息でアリスが気を失いかけていた。

「ユーマ……」

 アリスは無意識のうちに悠真の名前を呼んでいた。


「くそ、身体が動かない……」

 クラウスはまだ意識を保っていたが、それでも動けずにいる。


「お前たちはそのまま朽ちていく。村の子供を殺さないだけ優しいと思え。もっともこの子供は無事ではすまないが」

 竜はそう言うとすぐ側に倒れてるエミルの妹、エマを見た。


 アリスの視界がぼんやり霞む。

 ——もう、これまでなの……?


 すると竜の後ろ、崖になってるはずの下から人影が急に飛び出してきた。

「うお! ほんとに竜がいた!」

 悠真が頂上まで登ってきたのだ。


「ユーマ……!」

 アリスは声にならない声で言った。すでに声を出せるほどの力はなくなっていた。

「ったく……遅いっての」

 クラウスがふっと笑った。


「まだこの山に入る人間がいるとは」

 竜が悠真の方を見て言った。まるで虫でも見るような目だった。


「大丈夫か!?」

 悠真はアリスとクラウスに駆け寄る。どうやらアリスの方が重体のようだ。すでに気を失ってる。

「クラウス! これを食べろ」

 収納(ストレージ)から薬草を取り出した。

「これは……?」

「竜の毒を治す薬草だよ」

「お前、なんでそれを?」

 クラウスは受け取った薬草を口にした。


 悠真はクラウスに薬草を渡しながらも、アリスを腕で抱えて口に薬草を放り込んだ。

「ほら、アリス。食べれるか?」

 アリスは気を失っていて薬草を食べることができなかった。

 ——くそ! どうする?


「仕方ない……」

 悠真はそう言うと、薬草を自分で咀嚼し、アリスに口移しで流し込んだ。収納(ストレージ)から水を取り出し、さらにアリスの口に流し込む。

 クラウスがそれを見て冷やかすように口を鳴らしていたが、気にしない。だって仕方ないじゃんか。


 アリスの喉でゴクリと飲み込む音が聞こえて、ものの数秒でアリスがゆっくりと目を開けた。

「ユーマさん……?」

「遅くなって悪かった。もう大丈夫だ」

「ユーマさん!」

 アリスが悠真に強く抱きついた。胸が当たってるが悠真はなるべくポーカーフェイスを貫いて、アリスの頭を撫でて落ち着かせた。

「大丈夫、大丈夫……」

 なんだか妹をあやしてるような気分だった。


「ごめんなさい、わたし……」

 アリスは悠真をパッと見つめた。その目からは涙が溢れていた。

「いいってもう。それより……」

「ああ、そんな場合じゃないぜ」

 クラウスもすっかり良くなったようで立ち上がって竜から目を離さないようにしていた。


「そうだ、エマちゃん!」

 アリスは涙を拭って立ち上がる。


「まったく、まためんどくさいことになってるみたいでなによりだ……」

 悠真は頭を抑えながらやれやれと言った様子で立ち上がった。

「素直になれよ。『アリスを助けることができて良かった』だろ?」

 クラウスがニヤニヤ笑っていた。

「うるさいな……」

 悠真が顔を引きつらせる。


「あんた、クエレブレって言うんだろ?」

「ほう、わたしの名を知っているか」

「まあな。なあ、なんとか許してくれないか?」

「だめだ。人間の子供がわたしの安眠を妨害した。許すことはできない」

 竜は目には殺気がこもっていた。これだけ大きい生き物と対峙するのは怖い。はっきり言って力を入れてないと足がガクガク震えてきそうだ。


「まあ、眠りを邪魔されるのは嫌だよなー。わかる、わかるよ。子供はうるさいもんなー」

 悠真はうんうんと頷いた。

「でも、それを許してあげるのが大人ってもんじゃん? たぶんさ」

 悠真は精一杯、余裕のある振る舞いを演じた。内心は怖くてたまらない。


 悠真のその調子に、竜の目に違う人間の影が重なった。

「この男。似てる——」

「ん? なに?」

「いや、だめだ。許すことはできない」

 戦うしかなさそうだ。しかしこんな大きい生物相手にどこまで戦えるのだろうか。


 悠真は『光の剣クラウ・ソラス』を抜いた。刀身が光り始める。

「——!? その剣は?」

 光る剣を見ると、竜の様子が変わった。

「その剣をどこで手に入れた?」

「どこって言うか、気づいたら持ってたっていうか」

 悠真は竜の様子が変わったことに不思議な様子だ。


 ——この男、この雰囲気といい、『クラウ・ソラス』を持っていることといい——。

 竜が何かを考え込んでしまった。悠真はこの隙に切り掛かっていいものかどうか迷って、挙動不審になっていた。


「人間よ、名はなんという?」

「——? ユーマだけど」

「ユーマか……。いいだろう、ユーマ。お前に免じて今回の件は不問にしてやろう」

「……え!? 嬉しいけどなんで?」

「お前はわたしの唯一の人間の友人にそっくりだ。そいつは二年前にこの山に来て、さっきのお前と同じようにわたしに説教をした」

「へー。そいつはいまどこにいんの?」

「わからん。聞こえてくる噂によると、死んだという話もある」

「そう……か」

「ふっ、竜にとっては長い人生のうちのほんの些細な出来事だ。そう気にしなくていい」

 竜の口角が上がり、目をつむり柔らかい表情になった。竜の笑い顔ってのもちゃんとわかるもんだ。


「エマちゃん!」

 竜に返してもらったエマをアリスが抱きしめた。

「あれ? ここは……?」

 エマが目を覚ましたようだ。


「村の大人たちにもここに生えている薬草を与えてやると良い」

 竜はすっかり戦闘態勢を解いてくつろいでいた。よく見ると竜の周りにたくさんの薬草が生えていた。

「ああ、持っていくよ」

「そうだ、ユーマ。なんでお前が薬草持ってたんだ?」

「大人だけがかかる病気ってのが気になって、ベーゼルで情報を集めてたんだ。ベーゼルいた魔女がくれたよ」

「なるほど、気になることって言ってたのはそれのことか」


 悠真は大きなため息をついて、座り込んだ。

「疲れたーー!」

 さっきまでの緊張が解けて一気に身体が緩んでしまったのだ。


「おいおい、どうしたんだよ」

 薬草を採集していたクラウスが駆け寄ってくる。

「こんな伝説上の生き物とやり取りするなんて、本当にめんどくさいっ!」

 その様子を見て、クラウスがやれやれと息を吐いた。


「でも、ユーマはわたしの英雄ですよ。いつもわたしがピンチの時に助けてくれますね」

 アリスが悠真の手を握ってまっすぐ目を見つめた。

「たまたまだよ。おれはめんどくさいことは嫌いなんだ」

 悠真は顔を赤くして照れ隠しにプイッと顔をそらす。

 アリスがふふっと嬉しそうに笑った。

「クラウスがよく言ってた、ユーマが素直じゃないって意味、よく分かりました」

 クラウスが声をあげて笑った。


「なんだよそれ……。もういいよ、早く降りようぜー」

 そう言って悠真は顔を赤くしたまま立ち上がった。

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