ぶらり一人旅
「お客さん、ベーゼルに着きましたよ」
悠真を乗せた馬車がゆっくりと止まって、御者が悠真に声をかけた。
少年が飛び出して来た場所から、そんなに時間はかかっていなかった。
馬車を降りて、街の入り口を見る。どうやらヴァレタほど大きい街ではなさそうだ。まあ城があるわけでもないもんな。
街の入り口にはヴァレタと同じように門番が立っていたが、今度はちゃんとプレートがあるから身分の証明はできるだろう。
「さて、まずはギルドかな」
案の定、門番はプレートを見せるとあっさり通してくれた。やっぱりレベルの高さにはびっくりしてたけど。
悠真が街を歩いていると、猫の耳に尻尾が生えた女の子や、トカゲの鱗のようなものがついた屈強な男が歩いていた。
「おー、確かに獣人の街だ。あの耳もふもふしたい……」
街の様子からするとだいたい半分の住人が獣人といった感じだろうか。ぶらり一人旅でゆっくりしたいところだけど、そういうわけにもいかないな。
「あれ? 迷った?」
悠真は立ち止まってキョロキョロとあたりを見回した。適当に歩いたらそれっぽい建物が見つかると思ったんだけど……。
「一度戻るか」
クルリと踵を返し、元来た道を戻っていく。
すると、なにやら騒々しい声が聞こえてくる。揉め事だろうか。なにやら人だかりができていた。
悠真は興味本位でその騒ぎを覗いてみることにした。
——こういう余計なことするから厄介ごとに巻き込まれるんだろうな。
そんなことを思いながらも好奇心が止められない悠真だった。
人だかりの中心には、さっき見た猫耳の獣人がいた。なにやら三人組の男と揉めてるようだった。地面にはうさぎの耳の女の子が座り込んでる。
「ちょっと、謝りなよ!」
「ああん、獣人がチョロチョロと目障りに動き回ってるからだろうが。大人しく道の端っこ歩けばいいんだよ!」
「この街では獣人の差別なんてないんだよ!どこから来たか知んないけど、そういうのやめてよね!」
「ああ!知るかよ!」
男たちと猫耳娘が言い合いをしていた。
「なにがあったんです?」
悠真は隣の男に尋ねた。
「ああ、なんかあの兎の獣人に男が思いっきりぶつかって、怪我させちゃったみたいで」
なるほど、よくあるパターンね。とばっちり食うのも嫌だしさっさと行こうかな。——と悠真が思ったところに男が吹っ飛んできた。
「うわっ」
悠真はあまりに突然飛んできたので避けることができなかった。
猫耳娘が男を吹っ飛ばしたらしい。見かけによらずパワーがあるようだ。
「や、やりやがったな……」
吹っ飛ばされた男が立ち上がっていた。その手から炎が上がってる。こいつ魔法を使う気だ。
猫耳娘は残った二人の男とやり合っていた。最初に吹っ飛ばした男は倒したと思ってるのか、背中を向けている。
その背中を目掛けて、男が炎の魔法を放とうとしたその時——その男は再び吹っ飛んだ。それも尋常じゃないほどのスピードで。
猫耳娘の横をかすめるように物凄い勢いで吹っ飛んでいった。
「あら……。やっちゃった」
悠真は反射的に男に蹴りを入れていた。まだ蹴りの体制で足が上がった状態のままだ。
(それにしても、最近は加減ができるようになったと思ってたけど……)
——そうか! レベルが上がったから基礎能力が向上してるんだ。そこから10倍になるから……。
もはや加減することを諦めそうになる。
「ありがとう!助けてくれたんだね!」
猫耳娘が悠真に駆け寄り、満面の笑顔でお礼を言った。残りの二人はすでにやっつけたようだった。
「いや、なんか勢いでね……」
ははは、と悠真は乾いた笑い声をあげた。
「君、すごいんだねー!あーんなに吹っ飛んでいったよ、あいつ!」
猫耳娘は大げさに手でジェスチャーをしてそう言った。なんだか元気な子だな。
「まあ、そこそこね」
「この街では見ない顔だねー。最近来たの?」
「ああ、たった今ね。それよりギルドってどこにあるのかな?」
「お、ギルド探してるんだー!じゃあ案内するよっ!」
猫耳娘はピョンっと飛び跳ねて、「こっちこっち」と言ってギルドに案内してくれた。
「ここがギルドだよっ」
「助かったよ。ありがとう」
悠真がお礼を言うと、猫耳娘は「いいのいいの」とバシバシ悠真の背中を叩いた。
「わたしはフリーダ。君は?」
「ああ、おれはユーマ」
「ユーマ。じゃあまたね!ユーマ!」
そう言ってフリーダは走り去っていった。
「ようこそ、依頼の受注ですか?」
悠真がギルドのカウンターに行くと、獣人娘がそう言った。この街はギルドの受付も獣人なんだな。
「いや、情報が欲しいんだ」
大人だけがかかる病気だっけ。
「この街で病気に詳しいやつはいないかな。大人だけがかかる病気について知りたいんだけど。もしかしたら呪いの類かもしれない」
「うーん、呪いだったら、この街には魔女様がいますよ。とっても博識で色んなことを知っておられます」
獣人に魔女か。なかなかバラエティーに富んだ街だ。
「ごめんくださーい」
悠真は魔女の家を訪ねていた。思ったより普通の家だ。なんだかおどろおどろしい見た目の家を想像していたが、いたって普通の家だった。
「はいはい」
出てきたのは白髪の老婆だった。魔女本人はいかにもといった格好だった。黒いローブを着ている。
「突然訪ねてすみません。大人だけがかかる病気について知ってることはないかなと」
「まあ立ち話もなんだから、入りなさい」
魔女は優しく笑うと、悠真を家に招き入れてくれた。
「大人だけがかかる病気ね」
二人は向かい合ってテーブルに座っていた。魔女様はご丁寧に紅茶まで出してくれた。
「はい、ここから西にある村で流行っているようなんですが」
「——!? それはノーフェルト村かい?」
「たぶん……」
「他にはなにか聞いてないかい?」
「うーん、竜の山の薬草で治るって噂があるとかなんとか」
魔女は紅茶をコンっとテーブルに置いて目を見開いた。なにやら動揺しているようだ。
「まさか……。竜が目覚めたのか……」
「竜って、ほんとにいるんですか?」
「ああ……。あそこにはクエレブレと言う竜が棲んでいるのさ」
「クエレブレ……」
「毒の霧を吐く竜さ」
そんなプロレスラーみたいな。と悠真は思ったが、ゲームとかでは毒のブレスとかよくあるか、と思い直した。
「その毒の霧は大人が吸い込むとやがて衰弱して死んでしまうの」
「——! じゃあそれが病気の原因?」
「おそらくは……」
「それを治す方法はないんですか?」
「さっきあんたが自分で言ってただろう。竜の山に生えてる薬草を飲ますことだ」
なるほどね。あとはその毒の霧を吸い込む前に薬草を見つける必要があるってところか。竜に遭遇せずに見つけることができたら一番いいけど……。
「わたしもその薬草は少し持っている。村にいくんだろ? 持って行くといい」
「それは助かります!」
「その竜、目覚めたって言ってましたけど、もう一度眠らせることはできないんですか?」
「難しいかもね……。昔の国王が、竜の安眠を約束する代わりに人間に手を出さないようにと竜と約束を交わしたと聞く。それ以来、山に人が入らないように村を設けて、村人が山の出入りを禁ずるようにしたんだ。ノーフェルト村以外の民には竜のことを一切漏らさないようにしたのも、竜の安眠を守るためだ」
この国では竜の話は隠されてきたってことか。
「話が通じないってわけじゃないんですよね。なんとか説得してみるしかないか……」
「竜と正面切って話そうってのかい? なかなか肝が座ってるじゃないか」
魔女は楽しそうに笑いながらそう言った。
「仲間が村を助けに行っちゃったからね。めんどくさいけどさ」
悠真は口元だけニッと笑って虚勢をはった。
「素直じゃないんだねえ。そんなんじゃ女の子にモテないよ」
余計なお世話だ。
「色々とありがとうございました」
魔女の家の玄関先で悠真はお礼を言った。
「ちゃんと無事に帰ってくるんだよ」
(転送)
悠真がそう念じるとその場から悠真の体は消えていった。
「おや、『転送』とは。あの子いったい何者だい……」




