竜の山
その大きな岩山の頂上は雲で覆われていた。山の中腹には不気味な霧がかかっている。なるほど確かに、ドラゴンでも棲んでいそうな山だった。
アリスとクラウスは山を見上げた。子供の足だとそんなに高くまでは登れないだろうと思った。
「さて、アリス。準備はいいか? モンスターも出るって話だぜ」
「はい!準備万端です」
二人は子供が歩けそうな道を選んで、ひたすらに歩いて行った。
「なんだか静かだな。モンスターの気配がない……」
「確かに、モンスターどころか他の生き物の気配もないです」
山の中はシンと静まり返っていた。二人の足音だけがザクザクと聞こえている。
「ん? これは……」
クラウスがしゃがみこんで地面を見た。小さな子供の足跡だ。
「これは、もしかしてエマちゃん?」
アリスもクラウスの横でしゃがみこんだ。
「どうやら、ここを通ったのは間違いないな。この足跡を追ってみよう」
「はい!」
二人の足が無意識に速くなる。
そこから更に進んだところで二人の頭上からガラガラと小石が降ってきた。クラウスとアリスが不思議に思い上を見ると、崖から滑り落ちそうというところを必死に耐えてる少女の姿がそこにいた。
「エマちゃん!?」
アリスは思わず叫んだ。
「だ、だれ? おねがい!たすけて!」
エマの態勢では振り向くことができず、だれが来たかわからない様子だったが、必死に叫んでいた。
「待ってて!すぐ助けるから!」
「ここから直接あそこは高過ぎて無理だ!回り込まないと!」
クラウスが急いで駆け出した。——とそこにこの世の物とは思えない咆哮が響いた。周りの空気がビリビリと響く。その振動でエマが数センチほど滑ってしまったが、まだなんとか耐えている。
「なんだこれは!?」
「いったい……!?」
クラウスとアリスは辺りを見回したが、何もいない。ふと二人の立っている場所に影が覆った。雲が太陽を遮ったと勘違いするほどの大きな影だ。
二人が上を見ると大きな翼を広げた竜が旋回しながら近づいてくる。
「嘘だろ……」
「本当にいたなんて……」
二人は口を大きく開けて驚いた。まさか本当にいるなんて、この大陸には長い間いたが、影も形も、噂すら聞かなかったのに。
「ど、どうしたの?」
崖に捉まるのに必死なエマには状況が見えていなかった。
「うわああっ!?」
「エマちゃん!?」
「おい! くそっ!」
竜はゆっくり旋回しながら下降して、エマをがっしり掴んで山の上の方に飛んでいってしまった。
「やばい! 追いかけるぞ!」
アリスがあまりの状況に混乱している中、クラウスが駆け出した。それを見たアリスはハッと我を取り戻して急いでクラウスを追いかける。
「あれって、ホンモノですよね?」
息を切らしながらアリスがクラウスに声をかける。
「見た感じ、間違いよな。この大陸に竜だぜ、竜!」
強がりからか、クラウスの口元は笑っていたが、額には一筋の汗が流れていた。
「だめだ!見失う!二人ならなんとかギリギリいけるはずだ。風魔法を使うぞ」
「えっ」
アリスが返事する前にクラウスとアリスの周りを風が覆う。
「風の鎧だ!」
二人の身体がフワッと持ち上がり、そのまま上昇する。
「これは……! ウィベックで魔族を倒した時にクラウスが使ってた魔法……?」
「ああ、おれの適性は風なんだ」
そのまま一気に山の中腹まで上昇したが、霧に阻まれてしまった。
「くっ、この霧で飛び続けるのは危ないな。一旦降りよう」
「は、はいっ」
二人は一旦に山道——とも言えない歩けそうな道に降りて、進もうとしたが、やはり霧に覆われていて前方が全く見えなかった。
「風の息」
クラウスがそう言うと前方が少しだけ開けた。
「風の魔法、便利ですね!でも……飛びながらその魔法を使えば良かったのでは?」
「おれは魔力量が多い方じゃないからな、それに制御も苦手だから複数の魔法を発動するのは苦手なんだ」
「そうでしたか」
アリスの火魔法で灯りをともし、クラウスの風魔法で前方の霧を避けながら二人は少しずつ山を登っていった。
やがて霧のある中腹を抜けたようで、視界がひらけてきた。
「ふう、これは帰りが大変だな」
クラウスが岩壁から下を覗き込むと、霧で覆われており山の麓の様子が全く見えなかった。
「さあ、急ぎましょう!エマちゃんが心配です!」
「そうだな」
二人は頂上まで一気に駆け抜けた。
頂上はひらけており、広い台地のようになっていた。そこにさっきエマを連れ去った竜が背を向けて座っている。
アリスとクラウスはそろりそろりと竜に近づいていく。
「人間よ、この山に何の用だ」
喋った!? とっさに二人は顔を見合わせる。
「その少女を返してもらおうか」
どうせ見つかったのなら仕方ない、と言わんばかりにクラウスはさっきまでのコソコソした態度を改めて堂々と竜に向き合った。
「だめだ。この人間の子供はわたしの縄張りに入り、眠りの邪魔をした。数日前にも人間の子供がわたしの眠りを邪魔している。これで二度目だ」
竜が喋るたびに空気がブルブルと振動する。どういう声帯をしてるのか。
「お願いします!もう二度とこの山に入らないようにしますから!」
アリスが一歩、二歩と前に出る。
「だめだ。それに、貴様らも村人も同罪だ。すでに猶予はない」
アリスとクラウスがガクッと膝をつく。なんだか呼吸が荒い、それに身体に力が入らない。
「これは……。まさか村の大人たちの症状か?」
クラウスが息を切らして、今にも倒れこみそうだ。
「村の大人たちには子供の責任を取ってもらう」
「白い霧というのは……この……竜が生み出したものだった……んですね……」
アリスは今にも気を失いそうだった。
——このままでは、エマちゃんも、村の人たちも……。ユーマ……。




