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ノーフェルト村の厄災

「まったく!信じられません!」

 アリスは頬を膨らませて歩いていた。ドスンドスンと大きい足音が聞こえてきそうな歩き方だ。

「良い人だと思っていたのに!」

 アリスの怒りは当分収まりそうにない。アリスと並んで歩いている少年は怖いものでも見るようにアリスを見上げてる。

「まあまあ、あいつにも何か考えがあるみたいだから。ほら、少年もビビってるぜ」

「あ、ごめんなさい……。そういえばお名前を伺ってませんでしたね」

 アリスはいつもの調子に戻って少年の顔を見た。


「おれはエミルだよ」

「わたしはアリスと言います。よろしく、エミル」

「おれはクラウスだ」

「もう一人の兄ちゃんはどこ行っちゃったの?」

「あんな人は放っておいていいんです!」

 またアリスの怒りが蘇ってしまった。クラウスが慌てて話題を変える。

「で、もしかしてお前の村は山の麓のところか?」

「そうだよ、ノーフェルト村っていうんだ」

「その、病気の方はどれくらいいるんですか?」

「もう村の大人の半分ぐらいが倒れてるよ。どんどん弱ってきてるみたいなんだ。ただ、村の教えで竜の山には入っちゃだめって言われてて、モンスターもいるし、でも村にはギルドもないし、それで」

 少年の声はしょぼしょぼと小さくなって最後の方は聞き取れなくなってしまった。

「村に戦える大人はいないのか?」

 クラウスが少年に尋ねる。どこかいつもよりは優しい口調のように聞こえる。

「何人かはいたけど、病気で動けなくなっちゃった……」

「そうなのですね……」

 アリスは自分のことのように悲しい顔をしていた。


「あ、村が見えてきたよ!」

 3人の目の前に小さな村が見えてきた。どうやら小さな塀で囲まれているが、城壁のような頑強さはなさそうだ。モンスターからは到底守れそうにない低い塀だった。

 村の中はシンと静まり返っていた。村に入ってすぐに男がやってきた。

「エミルじゃないか!どこに行ってたんだよ!エマに続いてお前までいなくなったと思ったよ」

 男の語気は強かったが、怒りではなく安堵しているのだというのは表情を見てわかった。

「ごめんイゴルさん。街道まで出たら冒険者を乗せた馬車が通ると思って、ずっと待ってたんだ」

「まったく心配かけるなよなー。ということはその人たちは……」

 はあ、とため息を吐いた後、イゴルと呼ばれた男はアリスとクラウスを見て言った。


「エミルに事情を聞きました。病人の方々はどんな症状なのですか? お医者様は?」

「ああ、この村にも医者はいるんですが、まったく原因がわからないそうで……」

「死人は出てないのか?」

 クラウスが冷静に言った。

「とうとう二日前に三人息を引き取りました……」

 イゴルは声を抑えてそう言った。拳を固めて身体を震わせている。

「そんな……」

 アリスは悲しそうに顔を曇らせた。


「竜の山にある薬草で治るって聞いたんだけど、原因不明なのに治し方はわかるのか?」

「ああ、ただの言い伝えだよ。竜の薬草は万能薬になるってね。それを信じてエマは……」

「誰も探しに行かないのかよ?」

 クラウスの語気は若干の怒りがこもっているようだった。

「村の大人の半数以上が倒れているんだ。看病だけで手一杯なんだよ……。俺も行けるものなら行きたいけど、山にはモンスターもいるし、昔から立ち入り禁止になってるんだよ。竜の山に入ると村に厄災が降りかかるという言い伝えがあるから、早く連れ戻さないといけないんだけど」

 イゴルは後ろめたいような心苦しいようななんとも言えない顔をしていた。

「厄災……ですか?」

「ああ、その言い伝えもあって、村人で山に入ろうとするやつはいないんだ」

「ふーん、だけど連れ戻さないわけにもいかないだろ、おれたちが行ってくるよ」

「そうですね。その前に少し村の様子を見ませんか? 病気の人たちも気になります」

「しかし病気はさすがにおれたちではどうしようもないぜ、アリス」

「でも、なにか力になれることがあるかもしれません」

 アリスの凛とした顔でそう言った。この姫様もなかなか頑固だな、とクラウスは思った。


「じゃあこの村の医者のところに連れて行こう。ちょうどエミルの母親を看に行ってるはずだ」

「お願いします!」

「そうだ、母ちゃん!」

 エミルが先に駆け出してしまった。


 アリスとクラウスがイゴルの案内でエミルの家に入ると、一人の女性がベッドで寝ていた。側には丸メガネをした中年の男が薬を処方しているようだった。エミルが心配そうに女性を覗き込んでいる。

「こんにちわ」

「おお、イゴルか」

 丸メガネの男が振り返って言った。

「エミルが連れてきてくれた冒険者の人たちです。助けになってくれると言ってくれてます」

 アリスとクラウスは簡単に自己紹介をした。

「おお、そうか。しかし不甲斐ないことに原因がわからんのだ……。とにかく体力を回復させる薬草を飲ませることしかできることがないのだよ」

「薬草ならわたしも少し持っています。使ってください」

 アリスは薬草を医者に手渡した。

「ありがとう、助かるよ」

 医者は薬草を受け取ってそう言った。

「どんな症状なんだい?」

「身体に問題はないのに日に日に衰弱していってるんだ。このままでは衰弱死してしまう」

「母ちゃん……」

 エミルが寝ている母親を心配そうに見ている。悲壮感が漂う空気の中、アリスはなんとか自分にできることはないかと考えていた。


「この病気はいつからこの村で発生したのですか?」

「確か六日前だよ。最初の一人が倒れたのは。その日から次々と大人たちが倒れていった」

 イゴルがそう言うと、エミルのからが小刻みに震え始めた。顔を見ると青ざめている。クラウスはエミルの様子がおかしいことに気づいた。

「どうした? エミル」

「いや、なんでもないよ……」

 明らかに声が震えていた。

「母親が病気で妹が行方不明なんだ、エミルが参るのも仕方ない」

 イゴルがそう言って、エミルの頭を撫でた。


「そうですね。エミルの妹さんを探しに行きましょう!」

「ああ、そうだな」

 クラウスはイゴルをチラッと見てそう言った。クラウスは納得いかない様子だったが、アリスと一緒に家をでた。


「早く竜の山に向かいましょう」

「ああ、その前にちょっと待ってくれ。エミルに話がある」

「エミルに?」

 クラウスはどうしてもさっきのエミルの様子が気になっていた。おれたちの会話に反応するように様子が変わっていたようだった、とクラウスは思っていた。


 二人はエミルの家から少し離れたところでしばらく様子を伺っていた。

「一体何があるって言うんです?」

 アリスが眉を潜めてそう言った。

「まま、いいからいいから」

 クラウスがあしらうようにそう言った。

「お、医者が出ていったぞ」

 そう言うとクラウスは再びエミルの家に入って行く。アリスはクラウスを追っていく。


 エミルの家の中にはエミルの母親とエミルだけになっていた。

「エミル、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 クラウスの声を聞いてエミルは肩をビクッと震わせた。

「な、なに?」

 エミルの声は小さく震えていた。

「『六日前』、何があった?」

 クラウスは腕を組み、扉にもたれかかるようにして立っていた。その質問を受けてエミルの顔は青ざめる。アリスは不思議そうにそのやりとりを見てる。

「怒ってるわけじゃないから、話してみろよ」

 エミルは覚悟を決めたように口をギュッと結んでから喋り始めた。

「実は……おれ六日前に竜の山に入っちゃったんだ……」

「そうだったんですか……」

「それで、たぶん竜を起こしちゃったんだよ!」

 顔を上げたエミルの目には涙が溜まっていた。今にもこぼれ落ちそうだった。


「どういうことだ?」

「おれ、どうしても竜の山に行ってみたくて山の中に入っていったんだよ。朝から結構登ったんだけど、途中で竜の鳴き声を聞いたんだ。グアアって、思わず耳を塞いじゃうぐらい大きな鳴き声だった」

 エミルはそこで言葉を切って下を向いてしまった。クラウスたちは辛抱強く続きを待った。

「それで、その後急に白い霧が村の方に向かっていって、村を覆ったんだよ。みんなには見えてなかったみたいだけど……」

「それで?」

 クラウスは先を促した。

「急いで村に帰ったら、村の人が倒れたって……。おれが山に入って竜を起こしちゃったからだよ!だから竜が怒って村に厄災を振りまいたんだ!」

 エミルは話していくうちにだんだんと興奮して息切れしていた。目から溢れた涙が次々とこぼれ落ちる。

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 アリスはエミルをなだめるようにギュッと抱きしめ、背中を優しくさすっている。

「竜の鳴き声ってのも気になるが、その白い霧の正体を探れば、この村の病気も治すことができるかもしれないな」

「そうですね!竜の山に向かいましょう」

「アリス、クラウス。お願いだよ」

 エミルは涙声でそう言った。

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