戦いのその後
「あんたも少しは休んだ方がいいぜ」
クラウスがアリスの肩に手を置いて言った。二人はウィベック城の一室、ベッドが2つ並んでる部屋にいた。2つのベッドの内、1つに悠真は寝ていた。その傍らでアリスは悠真の看病をしていた。悪魔を倒してすぐ気絶した悠真は空中で気を失ってしまい、空中から地面に落ちる前にクラウスに助けられていた。あの日から丸2日経っていたが、悠真はまだ目を覚ましていなかった。
「う……ん」
悠真が唸り声とともに目を開けた。
「ユーマさん!」
アリスが身を乗り出して悠真に声をかける。
「目を覚ましたか!」
クラウスが声を上げた。
「アリス……?ここは?」
悠真が上半身を起こしてあたりを見回した。
「ウィベックの城内です。大丈夫ですか?」
アリスが悠真の身体を支えた。
「ウィベック?ああ……、そうだ!あの悪魔は?」
「消滅しました。ユーマさんのおかげです」
アリスの目に涙が浮かんでいた。
「そうか……よかった」
悠真はホッと胸を撫で下ろした。
「本当に、なんとお礼を言って良いか……」
アリスの目に辛うじて留まっていた涙が、一筋こぼれ落ちた。
「まだ色々と状況が掴めてないんだけど、説明してもらっていいかな?」
悠真は成り行きで戦ったものの、なぜこのような状況に陥っていたのか全くわかってなかった。ヴォルツを急に魔族が襲い、転送して逃げてようとする魔族を止めようとしたら、一緒にどこかに転送されてしまい、そこにはアリスとクラウスがいた。アリスのお父さんらしき人が重症で、突然おっさんが悪魔になって……。まったく、どんな説明をされても理解できる気がしなかった。
アリスとクラウスが順を追って今までの経緯を悠真に説明する。時折、悠真から質問し、アリスとクラウスがそれに答えていく。
「なんだか、すごい状況だったんだな」
全てを聞いた悠真がため息混じりに言った。
「ああ、ほんとにとんでもないタイミングで現れてくれたぜ、ユーマは」
クラウスがカラカラと笑いながら言った。
「本当に、感謝し切れません」
アリスが優しい笑顔で言う。
「もういいって」
悠真は顔の前で手を振り、少し困ったように笑った。
「それより、アリスってお姫様だったんだな」
「ええ、すみません黙っていて」
「いいよ、狙われてたんだもんな。って、姫様にこんな口聞いたらやばいな……」
「そんな、今まで通りにしてください。ユーマさんに姫様だなんて呼ばれると……」
アリスを自分の両頬を手で抑えた。心なしから頬に赤みが帯びている。
「そう?それなら、おれのこともユーマでいいよ」
アリスは一瞬キョトンとしたが、すぐに満面の笑みになって言った。
「はい!ユーマ」
「そうだ!ヴァンはどうなったんだ?」
「それが……」
アリスの顔に影が落ちる。
「どうやら死体は見つかってないらしい」
クラウスがピシャリと言った。
「そうか……」
悠真は、直感的にまだヴァンは生きてるんだと思った。
「街の様子はどうなんだ?」
悠真がその場を仕切り直すかのように質問した。
「上がってた火の手は鎮火した。今回のことは魔族が引き起こしたことっていうのも、国民には伝わってるようだ。なにせ皆あの悪魔を目撃してるからな」
クラウスが答えた。
「ただ、国民への被害は甚大です。死傷者の数も確認中ですが、かなりの数に上るでしょう。国の兵士もかなりの人数が戦死しましたし、この街から離れていった冒険者も容易には戻らないでしょう……」
アリスの手が震えていた。歯を食いしばって、今にもギリリと歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。
「そうだ、ユーマが目を覚ましたらお父様が会いたいと仰っていました。構いませんか?」
アリスが顔を上げて言った。できるだけで明るく振舞おうと無理をしているのがわかる。
「ああ、いいよ」
「クラウスさんも一緒に来て欲しいとのことでしたが」
アリスはクラウスの方を見て言った。
「おれも?」
クラウスは自身を指差し、惚けたように言った。
「ユーマ殿、クラウス殿、国を救って頂いたこの大恩、感謝の言葉もない」
ウィベック国王が悠真とクラウスに頭を下げ、言った。
「い、いや、まあ成り行きなんであんまり気にしないでください」
悠真は国のトップに頭を下げられ、どうしていいかわからずあたふたしていた。王様と面と向かって話すときの礼儀すら知らないのに、頭を下げられた時にどうすればいいのかわかるわけない。「王様に頭を下げられた時のマナー」的なの、マナー講師が出したりしてないかな、などとどうでもいい事が頭をよぎったりしていた。
「おれも、ヴォルツ国王に押し付けられただけなんで、ヴォルツ国王からたっぷり搾り取りますよ」
クラウスは国王の前でもいつもの調子だった。
「本当に、魔族に襲われてこの国がまだ滅んでいないのが信じられんよ」
王様がふーっとため息を吐いて椅子に座る。
「なぜ『従魔の腕輪』なんて物騒なものがこの国にあったんですか?」
魔族がそんなに脅威なら、そんなに簡単に魔族を呼び出せるような道具が存在したのか、悠真は気になっていた。
「本来、あの道具は魔神と戦うための勇者への助けとして神が作られたものと伝えられている。勇者しか扱えんものなのだ」
国王の答えを聞いて、一同が驚いた。
「それをなぜ大臣が?」
思わずアリスが尋ねた。
「おそらく、勇者があの魔族を召喚した後、魔族のマスター権限を大臣に譲渡したのだろう」
「勇者はなぜそんな事を?」
今度は悠真が尋ねた。
「わからん……。勇者はこの国の『火のオーブ』を狙っていたようだったが……」
「『火のオーブ』というのはどういうものなんですか?」
再び悠真が質問をした。
「『火のオーブ』にもいくつかオーブはあるらしいのだが、それを全て揃えると『何か』が起こるらしい。その『何か』というのが何の事かはわからんが、この世界に取って良くない事と伝えられている。そのため、この国で厳重に保管し、何人たりとも持ち出してはならないと、代々伝えられている代物だ」
「この世界にとって……?」
なんだか妙な言い方だな、と悠真は思った。
(この世界なんて言い方、別の世界が存在している事を知ってるような感じじゃないか……?考えすぎか?)
「おれの『風のオーブ』も勇者は奪っていきやがった」
クラウスが苦々しい顔で言った。
「そうなのか?勇者は少なくとも2個のオーブを揃えたってことか……」
悠真がクラウスの方を見て言った。
「それで、勇者はどこに向かったんですか?」
クラウスが少し前のめりになって問いただした。
「わからん……。洗脳されていた時の記憶はぼんやりあるのだが、次の目的地などは一切に話してなかったように思う。だが、これまでの事を考えれば残りのオーブを狙っているのだろう」
「そうですか……」
クラウスは肩落とし、また質問する。
「残りのオーブの場所はわかってるんですか?」
「それが、他のオーブに関しては一切の情報が伝えられていないのだ。全部でいくつあるかもわかってない。おそらくはオーブを簡単に揃えさせないための防御策だと思うが……」
「地道に情報を集めるしかないってわけか……。くそっ!」
クラウスは焦りからか、地面を拳で殴った。
「ひとまず、今日はここで休んでいってくれ、明日また話がしたい。国がこんな状況なので大した礼はできないが。ユーマ殿は2日も寝ていたのだ、腹も空いてるだろう。すぐに食事を用意させよう」
そうして、一行は部屋に戻った。




