空中戦
黒い影が動いたかと思うと、一閃、一筋の太刀が悠真に襲いかかった。悠真はそれを持っていた銃でとっさに受ける。金属がぶつかり合う音があたりに鳴り響いた。
「やっぱりお前が一番強いなぁ?ユーマとか言ったかぁー」
ヴァンだった。凄まじいスピードで悠真に切り掛かっていたのだ。
「くっ、ヴァン!」
剣を防がれたヴァンは後ろに飛び跳ね、また悠真との距離を取った。
「ユーマさんっ!」
アリスが心配そうに声を上げた。
クラウスがヴァンに向かって一歩を踏み出した。すると一瞬でヴァンとの距離を詰め、剣で横に薙ぎ払った。
(『加速』!)
クラウスのスピードはヴァンにも負けていなかった。ヴァンが咄嗟に後ろに躱すが、剣自体は躱したはずが、ヴァンの腹部から血が飛び散った。
「なにぃ〜?」
傷は浅かったが、躱したはずの剣に切られたことに戸惑うヴァン。クラウスは風魔法で剣から風の刃を飛ばしていたのだ。
「さっきの不意打ちの礼だ!」
クラウスがニヤリとした。
その隙を見逃さなかった悠真は魔銃に霊力を込めていた。銃は光り輝いており、銃口はヴァンに向いている。
「いまだっ!」
そう叫ぶと、悠真は銃の引き金を引いた。轟音と共にヴァンに光熱線が襲いかかった。
「うおおおぉ!」
ヴァンは持っている剣で光を防ごうとしたが、その衝撃に耐えられず空中に投げ出され、燃え盛る街の炎の中に落ちていった。
「す、すごい……」
アリスは悠真の攻撃の威力に目を丸くしていた。
「おいおい……」
クラウスはあまりに規格外のその力に顔を引きつらせていた。
視線を下に下ろすと、先ほどまでピクリとも動いていなかった兵士たちが意識を取り戻しているようだった。一様に街の惨状を見て混乱している様子だ。
「おれは今まで何を……?」
「くっ、頭が痛い」
「なぜ街が燃えてるんだ」
「兵士たちも正気に戻ったようだな」
クラウスが兵士たちの様子を見て言った。
「おそらく、あの魔族が死んだからだろう。わたしも兵士たちもあの魔族の魔術にやられていた」
王様がふらりと立ち上がりながら言った。
「ぐっ、うああああ!」
ヴァンを撃退したのも束の間、大臣が胸を抑えて苦しみ始める。
「な、なんだ?」
大臣の様子が明らかにおかしかった。苦痛の悲鳴がだんだん大きくなり、そのうち人間が発する声とは思えないおぞましい、猛獣の鳴き声のような悲鳴に変わっていった。それと同時に体つきがどんどん変わっていく。肌の色が深い青色に変わっていき、背中からコウモリのような羽が生え始める。まるでゲームや漫画に出てくる悪魔のような様相に変わっていった。アリスと同じぐらいだった身長も、2メートル近くまで大きくなっていた。
「どうなってるんだ……」
思わず悠真が呟くと、王様が何かに気づいたように答える。
「あれはまさか、『従魔の腕輪』の副作用か」
「『従魔の腕輪』?」
クラウスが問いただすように王様を見た。
「左様、アルバンはこの国に保管されていた『従魔の腕輪』を持ち出し、悪用していたのだ」
そこで言葉を切ってさらに王様は続けた。
「『従魔の腕輪』は魔族を一体召喚し、それを使役することができるものだ。しかし、召喚した魔族が死んだことにより、魔族の魔力が主人であるアルバンに逆流してしまったようだ。アルバンは逆流してきた魔力を受け止めることのできるほどの器ではなかった。あれは熟練のものが使わんと危険なアイテムなのだ。逆流した魔力によって魔族へと変化してしまったのだ。」
「そんなものがこの国に……」
アリスはどうやら『従魔の腕輪』の存在を知らなかったようだ。
「まじかよ……」
悠真は本日2体目の魔族と戦うことを覚悟した。
大臣の悲鳴が止むと、あたりは一気に静かになった。かつて大臣だった悪魔がニヤリと笑った。
「この力!素晴らしい!」
悪魔はそう言うと背中の羽を使って飛び上がった。上空で手を上にかざすと、黒い太陽のような球状の塊が頭上に現れた。悪魔が手を振り下ろすととんでもない大きさのそれが悠真たち目掛けて落ちてくる。
「くっ」
クラウスもアリスも王様もその大きすぎる魔法に太刀打ちするすべはないようだった。逃げることも叶わずただその黒い塊を見上げていた。
だが、悠真だけはそれに対抗する術を持っていた。悠真が3人の前に立つと黒球に向かって手を伸ばす。
「ユーマ!何をするつもりだ!」
「ユーマさん!?」
クラウスとアリスが悠真の行動を見て声を上げた。
(『収納』)
悠真が心の中で念じると黒球は跡形もなく消えてしまった。
「なにぃ!?」
悪魔が自分の最大級の攻撃をいとも簡単に消され戸惑っている。
「なんだかユーマの方がよっぽどバケモノに見えてきたぜ」
クラウスがははっ、と乾いた笑い声を上げた。
アリスは口元に手を当て、固まっていた。声にならないほど驚いたようだった。
「あの青年は一体何者なんだ」
王様も同様に驚きを隠せない様子だ。
「くっ」
悠真は『収納』に黒球を入れると同時に膝をついた。どうやら魔力を大量に消費してしまったようだった。『収納』からエーテルを出して飲み干す。すると一気に身体が軽くなった。
悠真は悪魔を見上げた。悪魔はまだ上空に浮かんでいる。ただ魔銃を撃ってもおそらくこの距離では回避されてしまうだろうと考えた。
「アリス!」
「は、はい!」
「動けるか?」
「だ、大丈夫です!」
「あいつに向かって出来るだけでかい炎を放つことはできるか?」
「やれます!」
「よし!」
悠真は口の端を少し上げて笑った。
「クラウス!」
「おう」
「アリスが炎を放ったら、その炎に隠れてやつに接近して切り掛かってくれ」
「わかった!」
クラウスがニヤリと笑った。
「よし!アリス!やってくれ!」
悠真の声を合図に、アリスはありったけの魔力を込め、炎を発生させた。ドラゴンのような炎が悪魔に襲いかかる。
それと同時にアクセルは自身の身体に風を纏わせた。
(『加速』!)
クラウスがそう念じて地面を蹴ると炎に負けないスピードで上空に舞い上がっていく。
「そんなものが効くとでも思ったか!」
悪魔が炎を手で払いのける身振りをすると、炎が散って消え去る。炎が消え去るとそこに炎に隠れていたクラウスが姿を現した。そこはもうクラウスの間合いだった。
「なっ!?」
突然姿を現したクラウスに、悪魔は反応しきれないでいた。
「うおおお!」
クラウスの剣が悪魔を捉えた。しかし、悪魔の身体が刃を通すことはなかった。それほどまでに悪魔の身体は硬かったのだ。
「ぐぬ……」
刃を通さないにしてもクラウスの剣の衝撃は確実に伝わっていた。悪魔が空中で完全に体制を崩していたのだ。
そこに悠真の魔銃の光のビームが悪魔を襲った。悠真は完璧なタイミングで引き金を引いていたのだ。
「ぐああぁぁぁ!」
悪魔の獣のような叫びが響き渡った。
「やったか!?」
「それはやれてないってことだよ!」
クラウスの耳に悠真の声が聞こえた。いつの間にか悠真が空中の悪魔の背後にいる。引き金を引いてすぐに身体能力常時10倍の脚力でジャンプしていた。
悠真の言った通り、悪魔は深手を負っていたがまだ致命傷には至ってなかった。
(そういえば、悪魔を倒せそうな剣があったよなぁ!)
悠真は『収納』の中にあった剣を覚えていた。悠真は目的の剣を取り出すようにイメージする。
(『光の剣クラウ・ソラス』)
悠真の手に光の剣が現れた。途端に、悠真の身体が急激に重くなる、意識が飛びそうだった。
(この剣を取り出すだけでどんだけ魔力消費するんだよ……!)
悠真は失いそうになる意識を気力で繋ぎ止め、悪魔を見た。その目は獲物を狙うよう鷹のようだった。獲物しか目に入ってない、それ以外になんの感情も込められていない冷たい目だ。
それを見たクラウスとアリスは思わず背筋をゾクッとさせた。今まで悠真が見せたことのない殺気だった。
悠真は光の剣で十字に切り掛かった。すると悪魔は切り刻まれ雄叫びを上げながら崩れていき、最後はちりになって消えていった。
悪魔が消えた瞬間、プツンと電源が切れたように悠真の視界が真っ暗になった。




