混沌の戦場
アリスは牢屋を出てまっすぐに走っていた。牢屋は城の地下にあったので階段を登っていき辺りの様子を確かめる。
「お父様は……?大臣はどこなの?」
キョロキョロと辺りを見回すが、城の中にはだれもいなかった。外がやけに騒がしかったので外に出てみる。
アリスが外に出ると、兵士と民衆が入り乱れ、建物は炎に包まれている。アリスの知る王都の姿はそこにはなかった。
「なんてこと……」
アリスの足から力が抜け、ガクッと膝が折れる。
「あれは……!」
市民をなんとか逃がそうと兵士たちと戦っていたクラウスが城の入り口で座り込んでいるアリスを視界に捉える。
「おい!あんた姫様だよな!おれはヴォルツ国王に頼まれてあんたの護衛に来たんだ!」
クラウスがアリスに向かって叫んだ。アリスはクラウスに気付き、気力を振り絞って立ち上がる。
「ヴォルツ国王様が……」
「あんたの親父さんの様子がおかしいんだ!なんとか止めれないか!」
クラウスがそう言って上を見上げた。王様は二階から無表情でこの惨状を見下ろしている。
「お父様……。あんなところに!」
アリスは父を視界に捉えると振り返って城の中に走っていった。
「くそっ!倒しても倒してもキリがないな」
クラウスが兵士にやられることはなかったが、圧倒的な数の兵士たち相手にクラウスはなかなか身動きが取れずにいた。
アリスは城の中の階段を登って父の元に向かっていた。あまりに色んなことが起こりすぎて身体が思うように動かなかったが、息切れしながらも足を止めるわけにはいかなかった。
「そろそろわたしの出番だな」
大臣の影が王様の影に忍び寄っていた。その手に持つ剣の刃が鈍く光っている。
「お父様っ!」
そのさらに背後からアリスが叫ぶ。階段を一気に駆け上がってきており、息切れした身体をかがめていた。
「これは姫様、少し来るのが遅かったですな」
大臣はちらりと背後を振り向きそう言うと、すぐに王様の方に歩いていき、手に持っている剣で王様を背中から一突きした。
「がふっ!」
ウィベック国王の口から赤い血が舞い散った。その様子は全てアリスの目に鮮明に映っていた。
「お父様ぁぁぁぁ!!!!!」
アリスが叫ぶも虚しく、大臣がウィベック国王から剣を抜くと国王はそのまま崩れ落ちた。
「国王は乱心なされた!わたしは国民が理不尽に殺されていくのを黙って見ていることなどできなかった!国王はこのアルバンが討ち取った!兵士たちよこれ以上を民に危害を加えるのをやめるのだ!」
大臣が芝居がかった口調でそう叫ぶと兵士たちは武器を起き、一切の動きを止めた。まるでゲームの操作キャラクターがコントローラーからの入力がなくなったかのように、何も動かなかった。
国民たちが大臣を見て一気に歓声を上げた。
「大臣が助けてくれた!」
「国王様は乱心されたんだ!アルバン大臣がやってくれた!」
各々が大臣を見上げて讃えてる。
「なんてこった……」
兵士たちの相手をする必要がなくなったクラウスが二階を見上げ、崩れ落ちた国王を見た。
「あいつが黒幕かよ!」
そう言うと、クラウスの周りを風が纏い始め、クラウスの身体が持ち上がった。そのままクラウスは一直線に王様がいる足場に飛んでいった。
「お父様!お父様!」
アリスは父を抱え一生懸命話しかけている。
「がはっ!アリスか……」
「お父様!?しっかりしてください!」
「すまなかったなアリス……。早くこの場から逃げなさない。このままではアルバンにいいように使われてしまう」
ウィベック国王は致命傷を負った結果なのか、洗脳が解けている様子だった。
「そんな……!」
アリスの涙が国王の顔にポタポタと落ちていた。
「てめえがこの騒ぎを起こしたんだな!」
クラウスが空中から大臣に切りかかった。大臣は持っている剣でその攻撃を受け止めた。
「なんだこの赤髪は!」
クラウスがそのまま着地すると大臣に向かい合った。
その時、クラウス背後に突如黒い影が現れた。
「危ないっ!」
アリスが叫ぶと同時にクラウスの背中が切り裂かれる。クラウスの背中から血が吹き出した。背中に走った強い痛みにクラウスは思わず膝をついた。
「なにぃ?」
クラウスは膝をつきつつも振り返った。
「この戦場で一番強いのは誰だぁ?」
アリスはニタリと笑うその顔に見覚えがあった。
「ヴァン!」
「よーう、お姫さん」
ヴァンはアリスとクラウスを交互に見て、最後にクラウスを見て言った。
「ああん?お前そんな顔だったか?」
ヴァンはどうやら悠真と勘違いしてるらしいが、クラウスにはなんのことかわからなかった。
その時、一行の上空が光り始め、だんだん強い光となっていった。
「次はなんだよ!?」
クラウスが叫ぶ。
「シュルヴェステルが帰ってきたか。これでお前たちは万に一つも生き残ることはできまい!」
大臣は高笑いした。
強い光が収まり、代わりに人影が2つその場に落ちてきた。落ちてきた衝撃で白い煙が上がっていた。やがて白い煙の中から魔族の顔が姿を現す。
「ご苦労だったな。シュルヴェステル!」
大臣の顔に下品な笑顔が浮かんでいたが、徐々にその顔が曇り始める。魔族の身体が見え始めると、その腹には大きな穴が空いてた。
「申し訳ありません。アルバン様。失敗……しま……し……」
魔族が言い終わる前に身体が崩れていき、やがてちりになって消えてしまった。
「なに!?」
今までの大臣の下卑た笑い顔は完全に崩れていた。
「なんだ、やっぱり致命傷だったんじゃないか。焦って飛びついて損したよ」
白い煙の中から声が聞こえてくる。
「な、なんだ!?誰だ!」
大臣が慌てて叫んだ。白煙がゆっくりと晴れていき、その姿がはっきりとわかるようになった。
「ユーマ!?」「ユーマさん!?」
アリスとクラウスが同時に声を上げた。
「ん?アリス!と、クラウスか!」
悠真がアリスとクラウスを交互に見て言った。
「おいおい、お前どうやってここに来たんだよ?」
クラウスの口元は自然と緩んでいた。こんな地獄のような状況で一筋の光が見えたようだった。
「ユーマさん!お父様が、お父様が……!」
アリスは目に涙をいっぱい溜めてすがるように悠真を見た。
悠真は冷静に状況を確認していた。もはや悠真の心に恐怖の感情はなかった。
アリスが抱えている男性を見る、明らかに致命傷だった。こちらは急がないと取り返しのつかないことになりそうだ。クラウスも怪我をしているようだが、まだ動けるようだ。そして、魔物の森で襲ってきた追っ手もどうやらいるようだった。ヴァンとか言ったかな、狂った男だった。
悠真は大体の状況を掴むとまず、『収納』からポーションとハイポーションを1つずつ取り出し、ハイポーションをアリスの方に投げた。
「これを飲ませるんだ!」
「これは……?」
アリスが受け取ってその瓶を見る。
「いいからはやく!」
「は、はいっ!」
アリスは悠真の迫力に押され、国王の口にハイポーションを入れた。国王は血を吐きながらも、少しずつそれを飲み干した。
するとたちまち傷が治っていき、荒かった国王の息が整い始めた。
「お父様!お父様!」
アリスが呼びかけると国王はゆっくりと目を開けた。
「アリス……。これは?」
さっきまでの怪我が嘘のように治っていた。国王が上半身を起こし始める。
「お父様ーーー!」
アリスは泣きながら国王に抱きついた。抱きついてきたアリスの身体を支えれるぐらい、国王はすっかり回復していた。
「ばかな……!」
一部始終を見た大臣が目を丸くしていた。
「おいおい、あれはまさかハイポーションかよ」
クラウスが尋ねると同時に今度はクラウスにポーションを投げる。
「お前もそれを」
「あ、ああ」
クラウスがポーションを受け取り、飲み干すと背中の傷がみるみる治った。
「助かったぜ」




